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天国と地獄



あたしが看護学生だった頃、といっても既に35歳でしたっけ。でも気分はまわりの高卒の子たちと変わりません。いやもっと若かったかも知れないなあ。

精神科病院の実習が2週間ありました。身体障害者や知的障害者の施設は経験したことがありましたが、精神科は初めてでした。

受け持った男性は閉鎖病棟でしたが、途中、症状が悪化すると更に閉鎖された部屋に隔離されてしまい、実習は格子を挟んで行われました。

面会ができる時間は限られていたし、触れることも出来ないし、話しも噛み合いません。食事を配膳し、様子を観るくらいです。そのため、暇を持て余していました。

「せっかくなので、何か楽しいことをやってくれませんか?」

看護師長がむちゃぶりしてきました。楽しいことって、歌とか踊りとか?実習生は病棟や施設のお祭り要因として駆り出されることが多く、またか、でした。

でも、頼まれたからには張りきるしかありません。もしかしたら、実習の成績にも影響があるやも知れません。

さて、何をやろう。

そういえば、別の実習先で仮装して、踊りを披露したばかりでした。

そうだ、あれなら衣装もあるし、メンバーも揃ってるし、イケる!

☆☆☆

当日、張りきる学生たち、大爆笑してくれる精神科の看護師さんたち。でも、肝心の患者さんたちは、得体の知れないモノを見るかのような目つきでドン引きしていました。

段々と後ろに下がり、やがてフェードアウトしていく患者さん、カムバ~ックと心の中で手を伸ばしたもんです。

スカートをフリフリしながら、足を高らかと上げて「天国と地獄」に合わせて踊るあたしたち学生、まさに天国と地獄のひとときでしたね。

でも、誰も落第点をもらうこともなく、何とあたしなんかは「就職しませんか」と勧誘を受けました。丁重にお断りしましたが、もし就職していたら、違う今があったのかも知れません。

人生の選択、不思議なものです。


喉ごしや朝餉あさげ探して秋の蝶
新米を嗅いで農家に手を合わせ