廃墟の「サイレントヒル」から、安倍元首相銃撃事件を考える
かつて古代に「道路に乱れ出てみだりに罪福を説いて、家々を説教して回り、偽りの聖の道と称して人民を妖惑している」として国家の弾圧を受けた僧・行基は、渡来系の父と母を持つ、いわば国家にとっての“内なる他者”であった。行基に従った職工集団として後に菅原姓を賜わる土師氏が造成したといわれるのが、西大寺の南に位置する宝来山古墳(伝垂仁天皇陵)で、皇大神社はその西に隣接する。本殿裏の森に巨岩があり、垂仁天皇陵の陪塚の跡と伝わり、正月には注連縄が張られるという。一帯は菅原土師氏の本拠地であった。
山上容疑者の実家のある集落の郷社であるこの皇大神社を、以前にも訪ねたことがあった。平城京遷都1300年祭の一環として平城京跡周辺の集落の神輿が大極殿の前に参集するというイベントのために、市役所から出向していた事業協会のMさんと神輿の事前調査に来たのだった。自治会長さんが神輿蔵を開けて、毎年秋祭りで集落を練り歩く布団太鼓を前にひとしきり説明をしてくれた。2010年のことだから、山上容疑者はすでに自衛隊を任期満了し、奈良へもどってきていた頃だ。前年、母親が父から継いだ建設会社を解散・整理している。
古墳の西の端にちいさな森を抱いて鎮座する皇大神社は、観光客も滅多に訪れることもない長閑(のどか)な社だ。人気のない社務所の軒下の蔭にすわり、鳥の声を聞いている。ときおり、風が吹きぬける。布団太鼓は秋祭りに集落の人々によって担がれ巡行するが、子どもの頃の山上容疑者は祭りに参加したことはあっただろうか。宵宮の縁日くらいは、兄や妹と連れ立ってやってきたか。しずかな昼間の境内はまるで陽炎のようにゆらいで、時空がずれるような妙な心地がする。
皇大神社からわずか2キロ先の大和西大寺の駅前で安倍元首相が撃たれた7月8日、昼にニュースを知ったわたしは数時間後に現場を見に行ったが、不思議なことに何の感興もわいてこなかった。現場周辺はすでに警察によって規制線が張られ、道路を寸断した警察車両の前やシースルーの駅の階段には多数の報道陣が陣取っていた。自転車で走ってきた男が「なにか、あったんですか?」と呑気な問いを、階段上のだれかに投げかけていた。
その日から、テレビや新聞では「政治テロ」や「民主主義への挑戦」といった言葉が強い憤りと共に語られたが、後に容疑者自身の「自分の家族が統一協会に関わっていて、霊感商法トラブルでバラバラになってしまった。統一教会がなければ、今も家族といたと思う」「統一協会は、安倍と関わりが深い。だから、警察も捜査ができないんだ」といった言葉が週刊誌によって伝えられ、かれの撃ちたかったものがおぼろながら見えてきた。かれは絶望的な孤立無援の場所から、手に負えないほどの巨大なものを、「家族」というかれにとって大切な最後のキーワードをよすがに撃ったのではなかったか。
あの9.11からアメリカ軍によるアフガニスタン侵攻に至る頃、インドの作家アルンダティ・ロイが「これでよくわかった。豚は馬であり、少女は少年である。戦争は平和である」と記した、まさにその通りのアベコベの風景がいま、わたしたちの目の前にある。蛮行自身が蛮行だと叫び、暴力自体が暴力に屈しないと叫び、民主主義を破壊し続けてきた者が民主主義への挑戦だとうそぶく。一方で山上容疑者の供述する、かれの家庭を滅茶苦茶にした宗教団体とこの国の政治家たちとの蜜月は封印され、それらはなべて容疑者の「妄信」「思い込み」「論理の飛躍」「不可解」であると繰り返し報道される。
メディアは盛んに山上容疑者が安倍氏をターゲットにした動機が分からないと書くが、わたしの友人はSNSで、高校生の息子たちの間では「容疑者は個人で行える最大の攻撃を統一協会に一撃必殺で行った。そうでもしなければ、巨大宗教はダメージを受けない。偏執でもなんでもない、極めて合理的な選択」と言っていると書いた。どちらが真実に近いだろうか。
新聞各社は安倍氏の死を伝える紙面の見出しを一言一句に至るまで、見事なほどに揃えて書いた。まるで示し合わせたかのように。そして旧統一協会(現・世界平和統一家庭連合)の名を知りながら、選挙期間中はひたすら「ある特定の宗教団体」と伏せ続けた。旧統一協会の名を出したのは選挙終了後に、協会が記者会見を開いてからだった。
かつて明治の代に桐生悠々が「雪隠の中にいるものは、糞尿の悪臭を感ぜぬが、雪隠の外にいるものは、鼻つんぼにあらざる以上、其の悪臭を感ぜずにはおられぬ。之が即ち新聞記者―――事実の真相を得て之を評論する新聞記者―――に「独立の地位」なるものが、最も必要なる唯一の理由である、原因である、基礎である」(「独立者の語る真理」明治45年5月)と書いた。「独立の地位」は、果たしてあるか。
その後、旧統一協会に対する批判的な記事をブログに投稿している松江市のフリージャーナリストに山上容疑者が事件直前に投函したという手紙の内容や、かれ自身のツイッターと思われるIDが判明してその投稿内容がネット上に拡散した。「考えてみりゃ世の中テロも戦争も詐欺も酷くなる一方かもしれない。信じたいものを信じる自由、信じるものの為に戦う自由。麻原的なものはいずれ復活すると思う。それがこのどうにもならない世界を清算するなら、間違ってはいないのかもしれない。人は究極的には自分が味わった事しか身に沁みないものだ」
かつて作家の宮内勝典氏はオウム真理教について記した著書の中でオウム信徒たちについて、「単純に社会復帰すればよいというものではない。我々の社会はそれほど立派なものだろうか」と記し、また「だが意味への渇きが、オウムという未曾有の怪物を生みだしたのだ」と記した(「善悪の彼岸へ」集英社)。わたしは山上容疑者は、群れることのなかった「一人オウム」ではなかったか、と思う。かれの悲惨な家族の風景は、間違いなくわたしたちが暮らすこの社会の写し鏡である。オウムは集団でサリンを撒いたが、かれはたった一人で安倍氏を撃った。かれを完全に否定できるほど、わたしたちの社会は果たして「それほど立派なものだろうか」。
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