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【日記】大阪歴史博物館で戦争遺跡とエコミュージアムについて考える(22.11.24)

 大阪城の南、JR鶴橋駅からもほど近い真田山はかつて真田信繁(幸村)が1614(慶長19)年、大阪冬の陣の折に出城(真田丸)を築いたと伝えられることでも有名だ。その丘陵地に1871(明治4)年、日本ではじめて設置された軍用墓地が旧真田山陸軍墓地で、後に小学校の建設によって一部の敷地が縮小されたが、いまでも広大な敷地に5千を超える墓標が整然とならび、訪れる者を圧倒する。

 ここには西南戦争から日清・日露、第1次世界大戦、第2次世界大戦における戦没者が眠り、中には戦時で捕虜になったドイツ人や清国人の墓標も混じっている。軍人だけではない、軍によって雇われた馬丁・職工・船乗り・看病人・通訳などのさまざまな職種の民間人も「軍役夫」として眠っている。「生兵」といわれる入営したばかりの初年兵が病気で亡くなったり、訓練中の事故で命を落としたと刻まれた例もある。コレラなどの伝染病で亡くなった兵士も多い。

 つまり、明治からの150年のこの国の戦死者たちの声なき声が、この旧陸軍墓地には満ちている。まだ行かれたことがない人は、機会があればぜひ行ってみて欲しい。そして無数の墓標の前でしずかに佇んでみて欲しい。たくさんのことが思われるはずだ。

 長年、この墓地の維持・管理に努めてきたNPO法人「旧真田山陸軍墓地とその保存を考える会」が主催するシンポジウム 『軍事・戦争遺跡を未来に生かす道―近代遺跡保存の条件とエコミュージアムの可能性―』が、大阪歴史博物館で開かれるということで、祝日の午後に出かけてきた。



 基調講演は京都国立博物館副館長の栗原祐司氏が従来のハコモノ、専門家による「テンプルとしてのミュージアム」の枠を超えた、生活環境へ飛び出し、地域の住民が参加するひらかれたミュージアム=エコミュージアムの概念を説明し、各地に残る軍事・戦争遺跡などを地域ごとのエコミュージアムとして活用・保存・継承してゆく可能性について語ってくれた。

 その後は6人のパネラーによる各15分枠のショート講演である。

 在日コリアンや戦争遺跡などで、様々な会場やZOOMですでに何度か拝見している「十五年戦争研究会」の塚崎昌之氏。かつて朝鮮人の強制労働があった軍艦島(端島)では現在、強制連行を否定する展示がなされ、また旧⽇本海軍の練習航空隊の飛行場跡として加西市が「鶉野フィールドミュージアム」として整備を進めている展示が、なにやら戦争賛美の匂いを放ち始めていることなどを指摘した。


 かつて本土防衛のための陸軍の拠点基地であった大正飛行場(現在の八尾空港)の保存運動をしている大西進氏からは、八尾空港周辺に現在も残る飛行機を隠すための掩体壕、分厚いコンクリートでつくられた戦闘指揮所、玉手山や屯鶴峯の地下壕などの説明があった。


 関西でも有数の軍事拠点であり、3千人の戦死者を祀る信太山忠霊塔については和泉市教育委員会の森下徹氏で、この人の論文はかつて『陸軍墓地がかたる日本の戦争』(ミネルヴァ書房 2006年)で拝読した。陸軍の演習場や野砲兵連隊などがあった信太山の経緯、耐震補強の必要性のために一時は撤去も検討された忠霊塔、そして遺族会の高齢化などによる今後の管理上の課題は全国共通のことだろう。


 戦後、荒れ果てていた旧真田山陸軍墓地の整備・継承を日本史学者である小田康徳氏と共に地元住民として尽力してきた「保存を考える会」の吉岡武氏。戦前は軍人が襟を正して参っていた軍人墓地は子ども心にも気軽に立ち入れない静粛な空気があったが、敗戦後は草が伸び放題、墓石も倒壊して無残な姿に変じたという。


 博物館の側から軍事・戦争遺跡とのかかわりあいを語ってくれた大阪歴史博物館の船越幹央氏。『博物館研究』にて「負の歴史を伝える博物館」の特集を組んだ際、公害資料館について林実帆氏が言及した「公害の負の経験は、マイノリティの意見がマジョリティの利益に押しつぶされるところにある」という言葉が印象的だった。


 それぞれの方が「軍事・戦争遺跡」のからみに於いて、とても興味深い内容を語ってくれたのだが、なかでも個人的にもっとも印象深かったのは紅一点、「保存を考える会」の岡田祥子氏であった。

 岡田氏は旧真田山陸軍墓地の近所に住み、「保存を考える会」の人たちが熱心に活動している様を見て入会したという。仕事を定年退職してから大阪大学のアート・プラクシス人材育成プログラムに参加、その受講生企画として「旧真田山陸軍墓地のエコミュージアム化」を応募、採用されて創作を演出家・劇作家の筒井潤氏に依頼した。

 旧真田山陸軍墓地を訪れた筒井氏は、整然と立ち並ぶ無数の墓標を「生きた人間が、軍隊によって石に変えられた姿だ」と思ったという。そして「無数の墓標のどれかだけを取り上げることはできない。全員の名前を呼びたい」と思った。『墓標を視聴する』と名付けられた作品の構造は以下のようなものである。当日のレジメから引く。

・埋葬されている人の名前を時系列で読みあげ、録音する。
・1日を0.08秒にして、同じ日に亡くなった人の名前は同時に再生されるよ   うにプログラムを組む。
・0.08秒では1人の名前が読み切れないので、連続して亡くなっていたら、名前の最後と最初は重なる。
・大量に亡くなった場合は膨大な数の名前が同時に再生されるので、個々の名前は全く聞き取れず、羽音のような爆音だけが0.08秒の間に聞こえる。
・最初の埋葬者から最後の埋葬者の逝去日までの年月を、1日を0.08秒に換算したものが上映時間。
・戦況が激しくなるにつれ、個人の名前は聞き取れなくなる(=個人が消される)。観客は死の歴史を墓地で体験する。

岡田祥子「エコミュージアムとして生かす実践を行なって」

 

 参加者は墓標の間に立ち、各自のスマホからイアホンへ流れ込む音を体験する。はじめは聞き取れた一人びとりの名が、時系列と共に重なることが増え、最後は多くの名前が分厚いコンクリートのように重なった爆音が耳を打つ。わたしも各地の共同墓地で軍人墓を参ったときには、やはり一人びとりの名前を読みあげて手を合わせるようにしているが、それは、名前はときにその人間の生きた証であり、命でもあるからだ。だから宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』で、千尋もハクも湯婆婆から名前を奪われる。

 生きた人間としての無数の名前が分厚いコンクリートの塊のようになって響くというのは、そのまま人間が石(墓標)にされることである。石にされた人間たちがいま、わたしたちの前に無言で坐している。それはすごい体験だと思うのだ。物言わぬ墓標が、はじめて「声」を与えられた瞬間であったかも知れない。

岡田祥子「エコミュージアムとして生かす実践を行なって」

 ちなみに旧真田山陸軍墓地に立つ5千を超える墓標は明治から日中戦争の頃までのもので、戦況が悪化するにつれて一人びとりの墓標を立てる余裕もなくなり、以降は納骨堂(忠霊堂)に収められた。1943(昭和18)年に大阪府仏教会により寄進された堂内には、「1937年7月に始まる日中戦争から1945年9月降伏文書調印によって終結するアジア太平洋戦争まで、大阪に拠点を置いた第4師団管区の戦没者8249人分の分骨が合葬されて」いるが、年代別には敗戦直前の2年間が突出して多い。岡田氏らは5千の墓標につづいて、この堂内の8千の骨壺に記された名前も『墓標を視聴する』で読みあげた。

 ところで基調講演の栗原氏、パネラーの6名、司会役の小田氏を交えたディスカッションの終わりかけの頃、観客席から「ひとこと、言わせて欲しい」と声をあげた者がいた。見ると足もともやや覚束ない、高齢の男性である。「どうぞ」と小田氏から促された男性は通路に立ったまま、「わたしはね、今日は一人で来たんじゃない。大勢の英霊たちといっしょに来たんだ」と声をはりあげる。

「・・わたしはね、般若心経を唱えながら、あの国立医療センターの歩兵8聯隊のところへ埋めに行ったんだよ。むごたらしいものだった。みんな、そうやってお国のために死んでいったんだ。それをなんだ、おまえたちは。陸軍墓地を未来に生かすとか言うから来てみたら、こんなだらしない内容を聞きにきたんじゃない! ミュージアムなんかつくってどうするんだ!」

 ぬきさしならぬ男性の声に、おなじくらい性急な女性の声が反論し、客席をはさんでお互いに叫び合い、とうとう壇上の小田氏が「ここは喧嘩をする場所ではないので」と止め、「そういうご意見も含めて、これからいろいろと考えていきたいと思っています」とまとめて、会場の時間も迫っていたこともあってシンポジウムは何やらざらざらとした雰囲気のままお開きとなり、そのまま壇上の片付けへと移行していった。

 わたしは当初、場を乱した件の高齢男性に対して不愉快な気持ちを抱いたが、国立医療センターの歩兵8聯隊――現在の難波宮公園のあたりへ般若心経を唱えながら埋めに行ったという男性の言葉をあらためて想起した。空襲で亡くなった兵士の遺体を仮埋葬したのだろうか。そのときの死者の記憶はいまだにかれの脳裏から離れ難い。たしかに男性は礼をわきまえぬ闖入者であったが、かれのような思いをこそ、これからの活動は取り込んで、昇華させていかなければいけないのだろうと思った。

 負の遺産を、未来へ生かす。つい数日前、ZOOMで参加した愛知県立芸術大学主催の「芸術講座《災害と文化財》講座シリーズ第7回「原爆の図」-よみがえる想い-」のなかで、「原爆の図」丸木美術館の岡村幸宣氏が最後に言った言葉がふたたび思い出される。

「過去の歴史を呼び起し、現在につなげ、未来への予兆を感じとる」ために。

 そういう意味でも、印象深い一日であった。

会場の入口に並べられたじっさいの軍人墓のレプリカ(ペーパークラフト)


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