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捨てられない玩具と大叔父の話


20代半ばになっても、捨てられない玩具がある。幼児が喜ぶくらいのクオリティの電車の玩具だ。しかも片っぽは行方不明、線路も踏切もあったけど、それも記憶の彼方。

JR205系の出来損ないのような前面に京急線みたいな色。このような鉄道車両は全国に存在しないし、何をイメージして作ったのかもわからない。そしてこれは僕が2〜3歳くらいの時に買ったものだから、とっくに廃盤になっていると思う。

ただ、これを買った時の記憶は今でも残っている。脚色と解釈が付け加えられているのかもわからないが、それが捨てられない理由になっている。

僕はその時2〜3歳くらいで、50歳くらいの男性と出かけていた。この人は祖父ではないことは覚えている。後年になって祖父に確認したら「違うと思うな」みたいなことを言っていたし、そのころの僕がその人に対してある種の近付きがたさみたいなのを感じていたからだ。
僕とその人が向かった先はファッションセンターしまむらだった。おそらく服か何かを買いに来たんだと思うが、当時の僕はそれが退屈で仕方なかった。
僕の退屈を慰めてくれるのは片隅にある玩具売場だった。殆どがクオリティの低いものだったし、トミカやプラレールといったものの方がランクは上だった。それでも服飾雑貨を見るよりはいくらかましだった。
買い物が終わり、僕を見つけてくれたその人は追加で玩具を買ってくれた。じーっとへばりついてた僕の様子を見て、買ってくれたのだろう。それがこの真っ赤な電車の玩具だった。

こんな些細な記憶がなぜかずっと残っていた。そして、僕はこの男性のことを大叔父(母方の祖母の弟)だと長年思っていた。大叔父の家と実家は歩いて行ける距離だったからだ。ただ、その大叔父は脳出血による後遺症で僕が物心ついたときから入院生活を送っており、病院を転々としていた。そのため、確認のしようが無かった。また、大叔父と大甥という遠い関係性のこともあったと思う。
月日が流れ、僕が中学生の時、大叔父は亡くなった。葬儀の際、親戚との会話でしまむらでの件を話した。すると、母も祖父、大叔父を知る親戚中から「それはありえない」との声が。母からは「あんたとおじちゃんが二人きりで出かけるなんてことは絶対になかった」と。当時から過保護気味だった母の言葉はおそらく正しい。

じゃあ、一体誰だったんだ?あのおじさんは?
もしかしたらその時、誘拐されていたのかもしれない。2〜3歳の男の子を誘拐し、しまむらで玩具を買ってあげて、家に帰す誘拐犯。それは誘拐犯ではないし、単なる優しい他人…。


謎は解けたのは、大学生になってからだった。
ふいに、この話を僕が母にしたことだった。

「小さいころにさ、じいちゃんより年が下ぐらいのおじさんと二人きりでしまむらに行ってさ…、その人のことをずっと○○おじちゃんだと思ってて、そんな話をかつてしたら違うって言われたんだけど、俺、誘拐されてたのかな」

母は苦笑いをしつつ、覚えてないような素振りを見せていた。
「まず、誘拐は絶対にないとして。いつぐらいのことなの?その話?○○おじちゃんは絶対にありえないと思うけど」
僕はその時のことだけでなく、その時の家庭を取り巻いていた環境を分析した。
・2〜3歳のころと言ったが2歳の記憶より3歳の記憶かもしれないこと
・もしかしたら3歳〜4歳くらいの出来事かもしれないこと
・その頃実家には祖父が一人で暮らしていて、僕と両親は隣町のマンションに住んでいたこと
・その頃妹が生まれる前くらいで、もしかしたら母は身重だったかもしれないこと
・家に当時50代ぐらいの男性が遊びに来たこと

よく思い出してみてと言ったところ、思い当たる人がいたと母は言った。
「たぶん、それ、○○ちゃんだよ。確かこの家を建て直す前に来たんだよね。しまむらまで行ってもらったような気がする。その時妊娠してあまり動けなかったし。○○ちゃん、子供好きだったからね」

○○ちゃんというのは母方の祖父の末弟。つまり僕の大叔父にあたる。同じ埼玉県内に住んでいた。
ただ、この人は丁度僕が3〜4歳くらいの時に亡くなっている。50代半ばだった。
「それからすぐに○○ちゃんが亡くなって…」
続けた母の言葉に何か刺さるものを感じた。その人のことは知っていたが記憶に無かった。いや、あったのを忘れていた。

早い話が、僕は大叔父との記憶を、別の大叔父と勘違いしていた。
とうの昔に亡くなった人との記憶が実は残っていて、その記憶がその人の最晩年だった。大叔父との記憶が微かに残っていること、母がふっと記憶を思い出したこと、何か不思議なものを感じた。大叔父の顔は思い出せないが、あの時しまむらにいたことが異様に焼き付いている。

今は亡き2人の大叔父さん、勘違いしてしまってごめんなさい。

そんな気持ちが、この玩具に込められている。

サポートありがとうございます。未熟者ですが、日々精進して色々な経験を積んでそれを記事に還元してまいります。