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VTuber羽子田チカのオリジナル楽曲の魅力

 こんにちは。2本目の投稿もVTuberの音楽の話題となりました筆者です。Vの音楽界もますます勢いを増していますね。歌ってみたを上げるというレベルにとどまらず、オリジナル楽曲リリース、メジャーデビュー、ライブ開催とアツいコンテンツとなっています。そんなVTuberの音楽に関する記事はいろいろありますが、音楽的な良さを細かく掘り下げられているものがあまり無いように感じます。この記事でも、前回の高峰伊織さんの記事同様、音楽的な視点から楽曲の持つ魅力というものを紹介できればと思っています。

 僕が今回取り上げる羽子田チカさんというVTuberは、今年の4月にたまたま見つけて以来応援している人の一人です。彼女の魅力の一つはやはり歌声で、手嶌葵さんやコトリンゴさんを彷彿とさせるウィスパーで柔らかな質感を持ちつつ、中村佳穂さんや日食なつこさんのようなソウルフルなパワーを感じさせる面もあります。そんな声に惹かれてたまに放送や歌ってみたを見たりしていたのですが、7月に初作曲のオリジナル「きみとメモリー」がTwitterに上げられました。この曲が非常に魅力的で、ボカロロックとEDMばかりのVTuberオリジナル楽曲に飽きていた自分にとってかなり新鮮な印象を与えられました。その後は作曲活動をされている宮橋さんとの共作で「心音」をTwitterに、「モッツァレラ▲トライ▼クッキング」をYouTubeにアップしており、二人の見事なコンビネーションを聴くことができます。今回の記事では、YouTubeにアップされている「きみとメモリー」と「モッツァレラ▲トライ▼クッキング」の2曲に焦点を当てて見ていきます。

1. きみとメモリー

 初作曲のオリジナルにして、「この曲は自分そのもの」だと語る曲。歌詞にはあまり具体的な人物や風景の描写がない曲ですが、ストーリー性がありかえって誰にでも寄り添うことのできる曲のように思います。

 この曲の最も特徴的かつ僕が感心した部分は、曲の拍子です。大まかに言うと、Aメロとサビはシャッフルの2拍子で(あるいは6/8とも言えるかもしれない)Bメロは明確な3拍子のワルツですが、素晴らしいのは1小節の中に6/8と3/4のリズムの感覚が同時に存在している点です。6/8と3/4はどちらも同じ時間間隔を持ちながら、その捉え方は全く異なります。6/8はアクセントが「1・2・3・4・5・6」と1と4に来る拍子なので、3連符が二つ続く2拍子と捉えられます。3/4のアクセントを八分音符を基準に見ると、「1・2・3・4・5・6」となり、1小節の中に3つ四分音符が並ぶ拍子となります。この二つの拍子感覚が同時に存在しているというのは、ジャズワルツでよく見られるのですが、黒人的なポリリズム感覚があるということを示してくれます。僕が言う黒人的なポリリズム感覚とは、ある一つの時間の中に様々に分割された時間が内在している感覚という意味です。その感覚は曲全体を通して見ることができ、AメロとBメロ、サビで6/8と3/4を自由に行き来できるのはもちろん、Aメロは基本6/8で進みつつ間のピアノは3/4のフレーズを奏でたり、サビでベースラインが6/8と3/4のフレーズを交互に弾いていたりします。さらに驚かされたのが、サビ頭の「君の心と~」という部分で3拍4連のニュアンスが出ていることで、6/8の2拍子の中にさらに細かな4拍子の感覚を持っていることになります。そうした潜在的かつ躍動的なポリリズムの感覚が、ピアノ伴奏だけというシンプルな編成によって遺憾なく発揮されていている点が見事です。歌だけでも十分リズミカルですが、ピアノが明確にリズムを打ち出すことで曲のビートがはっきりし軽やかになっています。

 コード進行自体はシンプルですが、単純にコードを弾いているだけになっておらず、歌と互いに反応するような伴奏になっています。歌が入らないスペースにはピアノの気の利いたフレーズを入れたり、Bメロラストの「ひとりぼっちで踊りたい~」の部分では歌の音域が上昇するのと対称的にピアノの右手の伴奏の音域が下降したり、非常に立体的な造りとなっています。アヴォイドノートが入ったり進行が少し不自然に感じられたりと、気になるところが無いわけではないですが、1番と2番で伴奏を変えたりとストーリー性のある伴奏になっていて十分魅力的なものになっています。

 音楽を聴く上で技術の高さというものは気になるポイントではありますが、技術があるからといって良い音楽になるわけではありません。大事なのは技術の先に表現したいものがあるか否かで、その表現が先んじて強く存在していれば、技術的な問題を飛び越えてリスナーに感動を与えることができると思っています。「きみとメモリー」はまさにそんな曲であり、この先も彼女を代表する曲となっていくはずでしょう。

2. モッツァレラ▲トライ▼クッキング

 今月公開された宮橋さんとの共作の楽曲で、羽子田さんの好きなピザを題材にした何ともかわいらしい曲です。初めて聴いたとき、料理というテーマとシャッフルのビートで、「コクリコ坂から」の手嶌葵さんが歌う劇中歌「朝ごはんの歌」を思い出したりしました。

 民族音楽を好む宮橋さんのアレンジらしく、さまざまなジャンルを混ぜたような、まさしく好きなトッピングをあしらったピザのような曲調です。全体としてはカントリー的なムードがありつつ、ギターのカッティングはジプシーっぽさも出しています。アコーディオンの音色はフランス的ですし、食器類はウォッシュボードやカウベルのような使い方で非常に面白いです。

 Aメロから見ていきます。コード進行は |D  |D7 |G |D || となっていて、このD7がブルージーな響きを出しています。曲全体のキーがDmajorなので、トニックとサブドミナントのみというところもまたブルースらしく、2番ではオルガンも入りよりその色が強く感じられます。しかし、ドラムではなくパーカッション(食器)を使っていることやアコギのカッティングから強くブルース色を感じすぎることはなく、軽やかなまま曲が進行していきます。小気味よい伴奏の上に乗るボーカルはのびやかで、高音部への移り方が自然で素晴らしい。Aメロの後半の「とびきりのその顔見せて~」のほうが上がった音が高くなっており、しかもコードに対して6thの音。音高としてもコードとしてもテンションが高くなっています。「一口かじれば~」からはリズムのキメが心地よく、サビ前でようやくドミナントコードのA7が出てきて、次のサビへの期待を高めています。

 サビはイントロのハミングで歌っていたメロディが歌詞を伴って現れます。Aメロののびやかなメロディとは対照的に、リズム隊と一緒の跳ねたリズムで親しみのあるメロディが印象的です。その分コードチェンジは忙しくなり、聴いた感じだと ||G A7 |D Bm7 |Em7 A7 |D D7 ||G Gm |F#m Bm7 |Em7 A7 |D A7 D || という進行になっています。5小節目でGmが入るのが良いアクセントになっていて、メロディが動き回る分コードの流れがきれいに聴こえてきます。個人的にこだわりを感じられるポイントとして、サビ終わりに聴こえるトマト缶とフライパンの音がDとBに近い音になっていて、この曲のキーにちゃんと合わせている点はさすがだと感じました。

 全体で3分に満たない短い曲ですが、羽子田さんと宮橋さんの料理と音楽に対する愛が詰まった曲です。「あなたのすきが見つかる」と曲中にありますが、二人の「すき」に対する素直さを感じて、リスナーも自分の「すき」に向き合えるような、そんな素敵な楽曲だと思いました。

最後に

 VTuberの音楽は数あれど、僕が惹かれるのは単に歌が上手かったり技術があったりするものではなく、素直に音楽に向き合っているものです。もちろん歌の上手さが重要ではないとは言いませんが、何か表現したい世界があって、それを隠さずに真摯に伝えようとしているものにこそ心動かされますし、技術というのはその世界表現のために使うものだというのが自論です。僕がチカさんの歌に惹かれたのは、そういう理由なのだと思います。これからも彼女が描く物語を見ていきたいと思わせてくれる力が、彼女の歌にはあるのでした。

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