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情熱的で鮮やかなギターミュージック アシノ「A MOMENT」レビュー

 こんにちは。世間はコロナの影響であわただしく動いている中、皆さまいかがお過ごしでしょうか。僕は外出自粛と仕事の時短に伴い、自宅でVの放送に日々癒しと楽しみをもらっております。

 さて、こんな情勢下でありますから本来5/2~/5に開催予定だったコミックマーケット98も当然中止。しかしながらクリエイターの皆様はたくましく、ネット上で「エアコミケ」なるものを開催。自サークルの作品をTwitterで宣伝し、各種通販サイトでの販売を行う様子が見られました。今回取り上げるトマト組のギタリスト、アシノさんのアルバム「A MOMENT」もそんなエアコミケで発表されたものとなっています。

 アルバムにはアシノさんのオリジナルが4曲入っており、それぞれ歌入りのオリジナル音源とインストアレンジとで合わせて計8曲が収録されています。ボーカリストとして、ホロライブ1期生アキ・ローゼンタール、同じトマト組よりバーチャルジャズボーカリスト高峰伊織、朝ノ姉妹ぷろじぇくとより忍者系VTuber朝ノ瑠璃、ブイアパ所属バーチャルベーシスト花奏かのんの4名を迎えた非常に豪華な内容。インストアレンジもただの歌が入っていないバージョンではなく、それぞれオリジナルとは別のアレンジが施されているという気合の入りっぷりが見事です。

 特筆すべきは、各曲の内容。バーチャル界の流行を無視するかのようなコテコテのハードロックやラテンナンバーが目立ち、ギタリストアシノさんとしての趣味嗜好が全開になっているのが特徴的です。しかしながら、そうした振り切った楽曲のカッコよさとボーカリストの確かな実力により、非常に完成度の高いアルバムに仕上がっている印象です。今回はそれらの楽曲のジャンルやアレンジに着目しながらレビューしていきたいと思います。


1、輪廻るセカイと罪ノ果実(feat. アキ・ローゼンタール)

 タイトルから溢れ出るヴィジュアル系バンド感が凄いこの曲。イントロの神聖なストリングスやグロッケン、ハープシコードのサウンドに突如切り込むヘヴィーなバンドサウンドを聞いた瞬間、まさしくタイトル通りのサウンド感だなと思い、その期待の裏切らなさが少し面白かったです。PVのアキロゼさんが着ている黒く装飾的なドレスもゴシック的で、より一層その世界観を強めています。以前「あくま・ぼっちのRootsをDigるRadio」出演時に、L'Arc〜en〜Cielからの影響を語っていたのも頷けます(ラルクがV系かどうかという話はいろいろ面倒なことになるので置いておきます)。

 ピアノのアルペジオが流れ始めると同時に、アキロゼさんの艶めかしい声でAメロが歌われます。いつもの可愛らしい話し声とは異なる、凛としながらも内に痛みを秘めているような歌声が素敵です。「彷徨って手を伸ばす~」から再びヘヴィーなバンドサウンドが入り、ストリングスの滑らかなフレーズやBメロのピアノの華やかなアルペジオが曲の雰囲気を強固なものにしています。

 ドラムは基本的な8ビートを叩いていますが、曲全体のクラーベとしては3:3:2が基調となっており、ベースが主にそのフレーズを弾いています。これによりヘヴィーなサウンドながらもスピード感があり、アニメのOPのような爽快さも出ています。サビやサビ終わりのキメも、そうした気持ちよさを増幅させています。

 Bメロが終わると、テクニカルで情熱的なギターソロが繰り広げられます。あくまのゴートさんの「品川シーサイド」の記事でも書きましたが、メインストリームの音楽でギターソロが減っている昨今、あえてコテコテのソロをぶっこんでくる姿勢には強いこだわりとギタリストとしての矜持が見て取れます。

 ギターソロ後のアキロゼさんの歌い出しも非常に良い。僕が個人的に彼女の声が好きだというのもありますが、繊細さの表現が巧みでハッとさせられます。ラスサビの入りも待ってましたと言わんばかりの豪快さで、いちいち期待を裏切らないなという印象です。

 この曲の歌詞とイラストは、バーチャルシンガーソングライター鷹森ツヅルさんによるもの。輪廻というタイトルやイラストで懐中時計を持たせているところから、「時間」がテーマのように思われます。「罪ノ果実」=曲中での「禁忌の林檎」が犯してしまった罪のメタファーであり、そのせいで二人の時間が交わることは無くなってしまう。「運命(さだめ)さえ変えられるのなら 罪の名をも刻むわ」と贖罪を乞い、「追憶の星たち」=かつての思い出が残した光をもってしても、二人の未来は照らされることはない。世界が輪廻り長い時を経ようとも、声が届き再び二人が出会うまで「何度でも愛を歌う」が、そのために一度でいいから「私の名前を呼んで 今」と叫ぶ。非常に切ない二人の運命を描いた、強さと脆さが表裏一体となったような歌なのだなと感じました。


2、Color Parade(feat. 高峰伊織)

 2曲目は何とも楽し気で爽やかなサンバのナンバー。伊織さんの伸びやかでソウルフルなボーカルも非常にマッチしています。さまざまなパーカッションやアコギ、ピアノなどが織りなすグルーヴが楽しく、個人的には生音で聴きたいタイプの音楽ですね。

 ピアノのイントロの後、定番の3連符のドラムフィルに導かれて伊織さんのコーラスとサンバのリズムが始まります。ドラムやパーカッションは打ち込みなのでしょうが、微妙なアクセントなどのニュアンスをきっちり出しており、グルーヴの土台を作っています。ギターは坦々としかし切れのあるリズムを打ち出して、そのうえでピアノとボーカルが自由に遊びまわるという理想的なバランスはさすがです。

 本格的なサンバのスタイルを取り入れつつも、ポップに聴かせるためにストリングスを入れて馴染みのない人でも和声の流れを聴きやすくしていますし、歌詞の分かりやすい爽やかさも楽しいです。途中のギターソロはサンバにしては硬質な感じで、どちらかといえばフラメンコギターのようなサウンドに近いように思ったのですが、バックでも別のギターが伴奏を弾いているため、このような音色の方が輪郭がはっきりと浮き立ちます。そういう意図があったのかは分かりませんが、あまり厳密でないみんながイメージする「ラテン感」みたいなものが演出されているのも特徴的です。

 この曲に関しては何か突飛なアレンジやコード進行があったりするわけではないのですが、だからといって平凡というわけではなくて、ある種の普遍的な魅力というものを持っているように感じます。全体的なコード進行の気持ちよさやメロディの美しさは、サンバの名曲「Tristeza」を個人的に思い出させたりします。大きく展開が変わったりせずとも、グルーヴと旋律の美しさで聴かせる、そんな1曲になっているのではないかと思います。


3、情熱のサファイア

 アシノさんが長年試行錯誤していたラテン+ハードロックがやっと形になったと語るこの曲。70年代歌謡曲というエッセンスを元に、ラテンとハードロックの旨味を組み合わせたような印象を受ける、非常にパワーのある曲です。

 ボーカルは力強く芯のある歌声を持つ朝ノ瑠璃さん。「泡沫夢幻」などの和ロックナンバーを持っている彼女の声は、ともすればダサくなってしまう可能性もあるこの曲の格好良さを存分に引き出しています。

 イントロはピアノとギター、ベース(演奏はトマト組より椿田りささんが担当)によるラテンらしいフレーズのユニゾンから始まり、キメの後は歌謡曲的なストリングスが表情豊かに奏でられます。先述のあくま・ぼっちのRDRでは特に言及はありませんでしたが、イントロのフレーズはミシェル・カミロなんかの超絶技巧系のラテンアーティストの影響を感じたりします。

 A・Bメロは比較的落ち着いた印象で、ドラムとベースがグルーヴを作り、ピアノがクールな合いの手を入れています。静かに燃えるような低音のボーカルは中森明菜さんのような魅力があります。息の抜き方も艶やかで素晴らしい。

 Bメロ終わり、歌詞で言うと「サファイア」からピアノやリズム隊のモントゥーノ(厳密に言うとトゥンバオ)と歪んだギターが入ることで、一気に熱量が上がります。このサビ前のセクションにより、否応なしにサビへの期待を高めさせる見事なアレンジです。サビでもピアノのモントゥーノは続きますが、ドラムは8ビートに、ベースはラテン定番の符点のリズムになり、前進するグルーヴはありつつもボーカルをどっしりと支えます。サビのメロディやコードもいかにも歌謡曲的で、サビ終わりのキメのリズムからの「サファイア」の切り込み方にいたってはやりすぎなんじゃないかってぐらいに思えますが、完全にカッコいい方向に持っていけるのはズルいですね。

 2番のAメロは伴奏がアコギのアルペジオとパーカッションに切り替わり、上がった熱を一度冷まします。前からの差で瑠璃姉さんのボーカルがより鮮明に聴こえてきます。サビ前のモントゥーノは無くなりますが、2回やられるとさすがにしつこくなりそうなので良いバランス感。

 2番のサビが終わると、おなじみピアノのモントゥーノとソン・クラーベが鳴り、短いドラムもしくはティンバレスのソロが入ります。そこから徐々に楽器が増えて盛り上がっていくのかと予期していると、突然ギターが豪快に割り込んでソロを展開します。今のところ3曲連続でギターソロが登場しているのが凄い。コメントでノルマ達成とか書かれそうですね。ラテンのリズムの上でこれだけハードロックなソロが鳴っているのはなかなか珍しい感じがしますが、熱量が合っているのか不思議と非常に違和感なく聴こえます。

 その熱量のままラスサビに突入。ギターソロにも劣らない瑠璃姉さんの歌声の太さはさすがといったところ。アウトロはイントロのフレーズをギターとヴァイオリン、ベース(イントロより1オクターブ下になっていて、より厚みが出ています)がユニゾンし、ドラムが暴れまわるようなソロを繰り広げて華麗に終わります。ラテンとハードロックが歌謡曲で繋がれたこの曲、あざとい部分はとことんあざとく、ダサさはパワーで解決というスタイル(実際はそんな雑な考えで作ってはいないでしょうが)は分かっていても熱くなります。


4、poppin' time(feat. 花奏かのん)

 4曲目は花奏かのんさんがボーカルとベースを演奏しているこの曲。歌詞は高峰伊織さんが担当しています。前の3曲と比較すると現代的でキュートな楽曲となっていますが、エレクトロニカ要素はそこまで強くなく、むしろギターとベースによるバンドサウンドが強調されているように感じます(「ねごと」というバンドを思い出したりしました)。他の人が同じメロやボーカルで作るとエレクトロニカ成分がもっと強く出そうな曲ですが、こういうサウンドがアシノさんらしさなのかなと思っています。

 イントロのメロディはロックなオルガンによって奏でられ、ブレイクで挿入されるハードなスラップベースがクールです。Bm7から上昇する進行はRoy HargroveのStrasbourg St. Denisと同様の進行。後半の浮遊感のある進行はメジャーセブンスのノンダイアトニックコードが特徴的で、ジャズ理論的に言うとTadd Dameron turnaroundの一部です。(Ⅱ-Ⅴをtritone substitutionしたもの)。

イントロ、Aメロのコード進行
||: Bm7  C♯m7  | D△7  | F△7  B♭△7  | A△7  C7  :||

 Aメロはスペーシーなリフを埋めるように、少し早口な歌が入ります。伊織さんらしい都会的で前向き過ぎず、されどキュートな歌詞がかのんさんのボーカルの温度感によく合っています。メロディに絡むように入るシンセサウンドも、バンドサウンドに軽やかさを与えています。

 サビは短三度下のF♯majorに転調しますが、頭のコードはⅣ△7のB△7。Aメロの頭のコードがBm7であることを利用し、カラーを変えつつも繋がりのある転調をしています。コード進行自体は王道中の王道4-5-3-6進行。まさしくpoppin' timeな進行です。サビの最後「もう一回朝が来るなら~」の部分だけが4-5-3-6進行から外れているのも、細かいですがにくい演出です。F♯majorのドミナントであるC♯7から、同主短調のトニックF♯mの代理和音Amajorに飛ぶことでイントロのキーに戻ります(コードは耳コピなので間違っている可能性があります)。

「だらしないな自分自身を~」からのコード進行
| B△7  | C♯sus4/B  | A♯m7  | D♯m7  | G♯m7  C♯sus4  | CΦ7  A♯m7  |
| B△7  C#7  | A6 A♯7 B7 C7 ||

 サビでサウンドは厚くなるのですが、かのんさんのブレス成分が多めの歌声は、バンド上ではっきりと存在感を出すというよりもバンドと自然に溶け合うように聴こえるのが印象的。4曲ともそうですが、ボーカルのキャラクターを引き出すアシノさんの采配と、それにこたえるボーカリストが素晴らしい。

 4曲目はギターソロはありませんが、Bメロの後にはサビのコード上でオルガンソロが奏でられます。ラスサビは1サビの繰り返しで、アウトロもなくあっさりと終わります。この曲は全体的に温度感がそれほど変わらない感じなのですが、それもかえって歌詞やボーカルとマッチしているように思えます。個人的に、花奏かのんさんが歌った曲の中では、かなり好みです。


5、Instrumental Arrangements

 最初に触れたように、このアルバムはオリジナル4曲それぞれに、ボーカル入りの音源とは異なるアレンジをしたインスト版が収録されています。既に記事が長くなってしまっているので、4曲それぞれのスタイルに簡単に触れていこうと思います。

・輪廻るセカイと罪ノ果実

 この曲のアレンジが一番原曲のスタイルと異なるのではないでしょうか。元のハードなサウンドから一転、ジプシージャズ(マヌーシュジャズとも言う)のスタイルに変貌しています。ジャンゴ・ラインハルトが創始したこのジャンルは、ギターのカッティングが特徴的。このアレンジはスタイルに忠実で、ギターがカッティングする上でヴァイオリンとギター軽やかにメロディやソロを回しています。

・Color Parade

 この曲のアレンジはオリジナルと同じサンバのスタイル。メロディはフルートとヴァイオリンによって奏でられ、ボーカル版よりも軽やか印象です。日本でサンバというと、リオのカーニバルやマツケンサンバなどの非常にエネルギッシュなものを想像する人が多い印象ですが、実際にはもっと落ち着いていてハーモニーやメロディが美しいものがたくさんあります。

・情熱のサファイア

 こちらのアレンジもスタイルとしては元と大きくは変わっていませんが、ギターはアコギに変わり、メロディがヴァイオリンに置き換わっています。オリジナルのハードロックさは鳴りを潜め、ラテンの香りが強く感じられるアレンジとなっています。メロディは変わっていないのですが、不思議なことに歌謡曲感もそこまで強くなくなったように聴こえます。インストアレンジになったことで、ギター・ピアノ・ベースの各プレイヤーの巧みさもよく聴きとれるようになっています。

・poppin' time

 この曲はエレクトリックピアノトリオにアレンジし直され、カフェのBGMのようなおしゃれだけれど癖の無い感じになっています。アルバム内のインストアレンジ全般に言えることですが、どれもBGMとして使えそうな洒脱さを持っていて、オリジナルとはまた違う印象と魅力を与えてくれます。


おわりに

 アルバムタイトルの「A MOMENT」は、「ちょっとの時間・瞬間」という意味を持っています。このタイトルの真意は分かりかねるところではありますが、バーチャル界の流行に乗らず自分のキャラクターを存分に出した音楽をリリースしたことは重要なことだと考えています。それは、どの曲も流行りの中の一つで終わらない、逆説的に「瞬間」を問わず聴ける普遍的な魅力があると思っているから。ギタリストアシノさんが自らの趣味嗜好やバックグラウンドに向き合い、自分が良いと思うものを作っているような印象を受け、その良さがリスナーにも伝わるであろう良作だと思います。

 僕が今まで記事を書いてきた羽子田チカさんやあくまのゴートさんなど個人勢VTuberの楽曲も、流行に囚われない魅力を持っている点では共通しています。そうした自分の「好き」を存分に見せてくれるようなクリエイターたちが今後も活躍していくことを期待して、この記事を締めたいと思います。

追記

 「流行に乗るのが悪い」と取られるような書き方をしてしまいましたが、必ずしもそう思っているわけではありません。流行とは言わば形式、フォーマットであり、そのフォーマットに対して内在する歴史的意義を理解して自分の表現と結びつける人と、フォーマットの歴史的意義を無視してただただ刹那的に消費するだけの人では、流行の乗り方が全く異なります。前者は流行しているものの価値を見極め、そこに自らのオリジナリティを接続することで新たな流行を生む人で、そのような表現をしているクリエイターも同じように尊敬しています。

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