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パレットには君がいっぱい 富士葵1stアルバム「有機的パレットシンドローム」レビュー

 こんにちは、筆者です。いよいよ2019年も終わろうとしていますが、VTuber業界は相変わらずものすごいスピード感で動き続けていますね。新しいタレントも続々登場して、一昨年2017年の同時期12月にあった、界隈全体が一つの箱みたいな空気感がとても懐かしく感じます。今回取り上げるVTuberは、そんなブーム最初期から活動している人の内の一人、富士葵です。

 富士葵は、「キミの心の応援団長」というキャッチフレーズでデビューした女子高生VTuber。素朴な外見と素直で天然な性格が特徴の、界隈の中では比較的平凡な印象の子だったのですが、最初の歌ってみた動画「なんでもないや」の歌唱力で一躍その名を轟かせることに。ガニ股ステップや奇ゲー実況とのギャップも相まって人気が出て、当時で言う「四天王(キズナアイ・輝夜月・電脳少女シロ・ミライアカリ・ねこます)」に対して「裏四天王(ときのそら・富士葵・藤崎由愛・のらきゃっと・ばあちゃる)」の一人に数えられていました(メチャクチャ懐かしい…)。特に、同じ女子高生で歌の活動が盛んなときのそらとは、「そらあお」というコンビで今も親しまれていますね。その後CFによるモデルチェンジやEP「はじまりの音」、カバーアルバム「声 ~Cover ch.~」のリリース等を経て、着実にアーティストとしての経験を積んできた彼女が11/20に満を持してリリースしたのが、このメジャー1stアルバム「有機的パレットシンドローム」です。

 最初の印象は、どうにも俗っぽいタイトルだなというものでしたが、彼女が「最終的には響きがカッコいいから付けた」と語っていたのを聞き、妙に納得。アルバムを聴く前に「MY ONLY GRADATION」のMVを視聴したときに、このアルバムに対する本気度を実感。楽曲自体も良いですが映像のクオリティがVTuberの動画の中でも特に素晴らしいので必見です(アニメOP的な構図や描写が溢れていて面白い)。その後アルバムを全編聴いたのですが、Twitterを見ているとどうにもVTuber界隈で語られている印象が薄かったように感じたので、今回こうして記事を書きました。例によって主にサウンド的な面から語っています。どうぞ最後までお付き合いください。

・楽曲の幅と表現力の進化

 このアルバムにはタイトルに「パレット」という語がある通り、バラエティに富んだ曲たちが収録されています。爽快なロックナンバーから語り掛けるようなバラード、ファンキーなナンバーまで、初期からある「富士葵といえば感動的なバラード」というイメージを壊そうとしているように思えます。といっても、いきなりイメージを一新したわけではなく、その予兆はYouTubeに上げられている歌ってみた動画から見ることができます。初期は「フリージア」や「変わらないもの」などのバラードナンバーが中心の選曲でしたが、2018年6月に公開された椎名林檎の「NIPPON」から、ロックテイストが強い楽曲も歌い始めています。彼女らしいストレートで伸びのある声で歌っていますが、椎名林檎の独特な細かいビブラートや唸り声ような発音といったニュアンスも良く聴いて、自分の表現の種にしようとしている様子が聴き取れます。

 そのロックの歌い方の研究の成果は、2曲目の「MY ONLY GRADATION」によく表れています。表題曲と言ってもいいであろうこの曲は、Lisaさんなどに曲を提供する草野華余子氏によるもの。分厚いギターサウンドとパンクなドラムのビートからど真ん中なアニソンロックといった印象を受け、ボーカルが強くないとバックに負けてしまうような曲調ですが、彼女は見事に歌いこなしています。子音の発音が非常に明確で歌詞が一音ずつはっきりと届いてきますし、その種類も多様です。サビの最後の「失敗も全然上等~」からの歌い方は特に見事で、声の張り方や発音、強弱を上手く使い分けることで非常にグルーヴィーな歌い方を実現しています。ラスサビでテンションが一度落ちる「後悔も葛藤も~」からの持っていき方も爽快で、ふと立ち止まり自分の心に問いかけるような歌い方から、覚悟を決めてサビに入る展開は、歌詞の内容ともリンクして感動的なラストを演出しています。

 もう1曲新たな一面を見せてくれた曲が、ブラックミュージックやエレクトロのイディオムを取り込んだ楽曲が特徴的なれるりり氏提供の「イタリアンレストラン」です。シャッフルのタイトなビートと歪んだギターが特徴のファンクナンバーですが、彼女がブラックミュージック調の曲を歌っているのはかなり珍しい印象です。過去の歌ってみたを探すと、これも椎名林檎ですが「丸の内サディスティック」がニュアンスとしては近く感じられ、彼女が新しい表現を得るのに、椎名林檎が強く影響をもたらしているようにも思いました。「イタリアンレストラン」では、息の抜き方や声帯の締め方なんかにその影響が少し感じられましたが、ノンビブラートの歌い方はまたそれとは違う影響源がありそうな気がします。影響源はともかく、そういった歌い方によって気怠げな印象が与えられ、粘っこいブラックなノリともマッチしています。歌詞は笑ってしまうぐらい情けない男を描いていますが、その妙なコミカルさと彼女の楽観的なボーカル、ときたま入る調子はずれなギターのアウトフレーズが相まって、不思議な魅力を持った曲となっています。

・カラオケ的な上手さからアーティストとしての表現へ

 富士葵の歌と言えば、ストレートで伸びのある爽やかな声と正確な音程、豊かな声量からなる表現力という印象を持つ人も多いかもしれません。ですが、今あげた点というのはいわゆる「カラオケ的な上手さ」に他ならないものです。カラオケで高得点が取れる歌い方というものですね。しかし、アーティストとして活動する上で、単に上手いというだけでは表現になり得ません。歌う側が一方的に個性を押しつけようとするのではなく、聴き手側に歌に入り込む余地を残しておく。そうすることで、聴き手側の感情を強く揺さぶることが出来るのです。過去の歌ってみた動画の概要欄に、彼女がそのことに気づいたことが書かれています。

いわゆる"切ない"、"悲しい"感情の歌は、歌い手が感情を入れすぎて歌ってしまうと聞いている方の感情を入れる隙がなくなっちゃうのかなって。
淡々と歌うほうが逆に切ないときもあるんだと学んだ今日このごろでした。。
【歌ってみた】時を刻む唄/Lia 『CLANNAD 〜AFTER STORY〜』より

 今回のアルバムでも、いま語っている内容について象徴的な曲があり、それが「KieR◁N」(◁は本来はdeleteキーの記号)です。読み方は「きえない」。タイトルから、本当は消そうとしたけど消せなかったというストーリーが想像できます。楽曲プロデューサーの山本加津彦氏から「上手く歌いすぎないで」と言われたというこの曲。普段通りだったらのびやかに感動的に歌ってしまいそうなバラードですが、あえてぽつぽつと語り掛けるような、消え入りそうな声で歌っているのが印象的です。入りのコーラスからどこかふらふらとして儚げで、声の伸びも不安定です。先述した「カラオケ的な上手さ」の観点で言えば、得点になりにくい歌い方でしょうが、これこそがアーティスティックな表現なのです。過去の後悔を振り切って全力で今を生きている2曲目の「MY ONLY GRADATION」とはある意味反対な、過去に対する執着や後悔を忘れられずにいる、ある種不安定な精神状態のこの曲に、いかに聴き手が自分の状況を照らし合わせてその世界に入り込むことが出来るか、それを考えた上でのあの歌い方なのです。自分だけが曲に入り込んでしまうのではなく、客観的な視点から曲の世界観の表現が出来るという、そういうアーティストに彼女が成長しているのがうかがえます。

 他にも、名ボカロPのナユタン星人氏の曲「エールアンドエール」では他の曲に比べて普段話しているときの声に近いに歌い方をしています。ナユタン星人氏は、ナナヲアカリの「ダダダダ天使」やミライアカリの「ミライトミライ」のように、歌い手の素のパーソナリティを曲にする名手です。「エールアンドエール」でも、応援の定番三三七拍子で始まり、Aメロはコミカルにキャラクターを描写し、Bメロでパーソナルな内面の弱さを吐露するも、サビではアイデンティティ全開というお決まりのパターンとなっており、彼女の等身大の魅力が等身大の歌で表されています。

 ここまでは彼女の新たな一面に着目していましたが、もちろん今まで通りの彼女らしい歌の良さも健在です。6/8拍子の「まだ希望に名前はない」では中音域の透明感のある声が優しく響きますし、アップテンポなピアノロックナンバー「オーバーライン」でのサビの真っ直ぐで伸びやかな高音は快晴の空のように爽快です。1st EP収録曲である「はじまりの音」で始まり、「ユメ⇒キミ」で終わるのも印象的で、まさしくこの2年間の活動の集大成とも呼べるアルバムになっています。

・終わりに

 VTuber界最初の歌姫、富士葵が満を持して出したアルバム「有機的パレットシンドローム」。その名の通りパレットのような豊かなサウンドと聴き手によって有機的に印象が変わる歌詞がシンドローム(同時進行)する内容であり、彼女のこれまでの努力と挑戦が顕著に表れています。(シンドロームという語の解釈はいささか無理矢理な気がしますが)。記事タイトルの「パレットには君がいっぱい」は椎名もた氏の楽曲名からお借りしましたが、妙にはまった感じがして気に入っています。パレットの中で様々な色を見せる富士葵、しかしそれらの色すべてに彼女の個性が強く表れている、そんな素敵なアルバムとなっています。次はどんな色を我々に見せてくれるのかという期待に胸を膨らませつつ、この記事を締めたいと思います。

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