第三回かぐやSFコンテストで読者賞をもらった

小説を書こうとするとき、私の頭の中にまずまっさきに思い浮かぶのは「クマと戦う話」である(ときとしてクマの部分がゴリラになることもある)。クマは体が大きく全てをなぎ倒す力が恐ろしい(ゴリラは知性と筋肉が一つの身体の中に同居していて美しい)。クマは物語の登場人物を戦わせるにはふさわしい存在だ。(ちなみにこの場合クマは言葉を話さないが、ゴリラだったら言葉を話す。なぜならばそのほうが恐ろしい気がするからだ)。
小説のアイディアを出す段階では、まずこの「クマと戦う話」がどうにか書けないのか検討をする。
バゴプラが主催している「かぐやSFコンテスト」に投稿するのを決めたときも、まずはその検討からはじめた。第三回での募集テーマは「未来のスポーツ」ということで、まず思いついたのは「身体が交換可能な消耗品になった未来でクマと死闘をするスポーツの話」である。
このアイディアについてしばらく考えたのち、私はひとつの推測に辿り着く。「クマと戦う話」は私が書きたい話であって、読者が読みたい話ではないのではないか。
私は近頃、読者が読みたくなるような話を書かねばならないという気分になっていて、あらすじを少し聞いただけで興味が湧くような話を書こうという心づもりだった。
そういうわけでクマとの死闘の話を書くのは今回は止めることにして、身体が消耗品になるというアイディアは残して、未来におけるスポーツを考えることにした。

「めちゃくちゃうまいけど食べたら死ぬ食べ物の大食い競争」を思いつく。胃腸を犠牲にして美食を追い求める話だ。読者が食いつくように、大食いする食べ物をキャッチーにしなければいけない。やはりここはポピュラーに寿司だろうか。それもマグロの寿司だろう。食べると死ぬマグロというのは、一体なんだろうか。安易だが、それはやはり毒マグロであろう。
毒マグロの寿司を大食いする話。
一瞬おもしろそうに思えたのだが、毒マグロの寿司という単語にどこか抜け感が足りない。しかし他にアイディアは思い浮かばない。

時間は遡って数日前、私はA氏という人と小説の話をしていたときに、エブエブ(正式名称: エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス)という映画を見ろ、というレコメンドよりも強度の高い意見をもらっていた。私はA氏の意見を信頼しているので、素直にU-NEXTで数百円を払ってエブエブを見ることにした。最近はほとんど映画を観ていないので、久しぶりの自宅での映画鑑賞である。物語はマルチバース世界における親子と家族の実存をテーマにしたもので、鑑賞時は感動のために私の両の眼から大粒の水が流れ落ちた。(マルチバースというのは並行世界とかパラレルワールドみたいなもので、ちょっと似てるけどもどこか違う自分がたくさんいるようなSFの世界設定のことだ)。

数日後、私はM氏という人と一緒に東京たらこスパゲティという店で食事をしながらどんな小説を書けばいいのかという相談をしていた。毒マグロを大食いする話のアイディアを披露していた私はM氏の反応の悪さからアイディアがおもしろくないことを察知しはじめていたのだが、そのとき突如エブエブの感動を思い出し、マルチバースを使ったスポーツを書けばいいのではないかということを口走った。マルチバースに散らばった何かを集めるスポーツ。竹取物語のかぐや姫が出題する無茶なお題のようなものが出されて、五人の男がマルチバースを駆け巡るスポーツの話はどうだろうか。そのようなおぼろげなイメージが頭の中に浮かんだ。
しかし、そんな複雑そうな話を応募規則である4,000字以内の話としてまとめられるのだろうか。難易度が高い。ここは既存の「何かを集めるスポーツ」をマルチバース化した方が、ルール説明を省けてまとまりがよくなるだろう。
「借り物競走がいいんじゃない」とM氏は言った。そうか借り物競走か、と私は思った。マルチバース借り物競走。
キャッチーでよいではないか。そのままタイトルにも使えそうな言葉だが、もう少しディティールを加えた方がおもしろくなる気がした。小学校の運動会だということにして、運動会のパンフレットに書いてあるような「午後の部」というディティールを表現する単語を加えたほうがいい気がした。そうしたならば、小学校の名前もつけたほうがおもしろいはず。具体的かつどこにでもありそうな小学校の名前、「城南小学校」というのはどうだろうか。そういうわけで話の中身よりまずはタイトルが決定した。
「城南小学校運動会午後の部『マルチバース借り物競走』」だ。
タイトルを聞いただけで中身が想像できるし、なんだかマルチバースの壮大感に対比して小学校の借り物競走というのが生活感があって笑える。これで書ける気がした。

借り物競走のお題を何にするかはほとんど大喜利のようにして決めた。歴史的にアイコニックなものでかつ誰でも知っていてキャッチー、ネタが偏らないようにバラエティあるものにすることにした。アインシュタインとピラミッド、タイタニック号やコカコーラなどだ。
運動会と言ったらやはり放送委員の人がやってる棒読みの実況中継というのが印象に残っていたので、実況と解説を語りの中心に持ってくることにして、解説は社会の先生がやるという小ネタも入れることにした。

そうしてタイトルと設定とノリだけで3,500字ぐらい書いたのだが、残りの500字のオチが思いつかない。借り物競走なので誰かが勝つわけだが、この話は誰かが勝って終わるようなタイプの話ではないことは分かっていた。明るくて馬鹿っぽいノリなので、うっかりオチのような、間違って重大な事件を引き起こして終わるオチがよさそうだという感覚だけがあった。マルチバース的うっかりオチとは一体何なのだろうか。パズルのピースが足りない。締め切り2日前だった。

締め切り前日、私はK氏という人に誘われてとある会合に参加していた。私は書きかけの小説のあらすじをK氏に説明して、オチをどうすればいいのか迷っているという相談をした。いくつか問答をしたのち、K氏によれば「別のマルチバースからの何がしかの歴史改変によって借り物競走自体がなくなるオチにしたらどうか」ということだった。私はそれを聞いた時点で全く持って納得した。パズルのピースがはまったのだ。その後K氏は「しかしそのオチにするにしてもケアしなければいけないポイントがいろいろある」などと言っていたので、あまり考えたくなかった私はあえてその意見を聞かないことにして、「とにかく小説というのは提出するのが大事です」などと世迷言を言って話を切り上げ、K氏のアドバイスに感謝をして会合を離れた。

そうして自宅に帰った私は、マルチバース借り物競走を歴史改変して消すための設定を考え、「マルチバース借り物競走」を消すならばさらに生活感がある「マルチバース町内会のゴミ拾い」だ、というアイディアに辿り着き、なんとかギリギリで話としてまとめ、提出することができた。

「提出するのが大事です」などと言って記念受験をしたような気持ちでいた私であるが、数週間後に最終候補に残っているとはまさか思ってはいなかった。
しかし残ったからには賞がほしくなってくる。
他の作品のタイトルと自分の作品のタイトルを比較すると、あきらかに私の作品のタイトルがキャッチーだと思った。小説のおもしろさや中身はともかく、WEBに掲載されるタイプの小説としては私の作品が1番クリックされるのではないだろうか、という自信が湧いてきた(そもそも最終候補に選ばれるとは思っていなかったので、結果的にではあるがそういう作戦になった)。
この時点で、読者の投票によって受賞が決まる読者賞はもらった、という気分になってきた。(私は基本的に都合がいい方に認知が歪んでいる)。ちなみに後で分かったのだが、読者投票は最終候補全10作を読まないと投票できないルールになっていたので、タイトルで釣って読ませるという作戦はあまり意味がなかった。

私は結果を待つ期間、ストリートファイター6という格闘ゲームにのめりこみ、次に小説を書くなら「格闘ゲームの世界大会で繋がらないはずのコンボ(連続技)を決めて優勝を決めた謎の選手の話」を書こうという気分になっていた。

読者賞を取った気分になって結果発表を待っていた私は、結果発表当日の朝、30分前ぐらいから突然緊張しはじめた。ストリートファイター6のトレーニングモードでコンボの練習をして気持ちを落ち着かせる。
ちなみに使っているキャラクターは春麗である。気功拳という名前のエネルギー弾を出す必殺技がとても強いキャラクターだ。気功拳は飛び道具の中でも敵に向かうスピードがかなり遅い。それだけ聞くと弱そうに思えるが、ストリートファイター6における飛び道具というのは遅い方が強いのである。なぜならば、走って飛び道具を追いかければキャラクターの目の前が常にエネルギー弾の攻撃判定によって守られているわけで、ダメージ付きのシールドのようなものなのである。そういうわけで早い気功拳で相手を牽制し、本命の遅い気功拳を撃って相手に近づくというのが春麗の基本戦術である。他にも春麗の強いポイントは色々あるが、そろそろ結果発表の話に戻る。

WEBサイトで結果が発表され、私の小説は見事読者賞をもらうことができた。小説の完成にそれぞれ関係してくれたA氏、M氏、K氏にお礼を言った。小説を書く瞬間は一人で書くものだが、執筆プロセス全体にはいろいろな人、果ては地球や宇宙が関わるものなのだ、という思いが強くなった。(ちなみに私は大学のジャズ研時代、地球の自転のエネルギーを使って楽器を演奏するオカルトじみた方法論を提唱していた)。

読者賞というのは言葉の通り、読者の方々が作品を読んで投票してくれるおかげで成り立っている。私の作品に投票してくれたかどうかに関わらず、読んでくれたみなさんにお礼を言いたい。また、それぞれの読者がそれぞれおもしろいと思える小説を見つけられる機会というのは素晴らしいことである。私もその一部に貢献できたことは誇らしい。このような場となるコンテストを開催していただいたバゴプラのみなさん、選考委員のみなさんに感謝をする。また、大賞を取られた暴力と破滅の運び手さん、審査員特別賞を取られた糸川乃衣さんおめでとうございます。

受賞前までは、私の小説執筆能力に対する自己評価は「まだまだ半人前」というものだった。実のところ公募というものにはじめて作品を提出しての結果なので、それもあいまって、この受賞は自信につながった。今では「運がよければおもしろい作品が書ける」ぐらいの自己評価だ。長編を書いたことがないので今後は長編を書けるようになりたい。長編には長編なりの難しいポイントがいろいろあるはずだ。

受賞した次の日に思いついたのだが、格闘ゲーム世界大会前日に謎の新キャラクターが追加され謎のプレイヤーが優勝し、実はそのキャラクターのモーションは古代中国で途絶えた伝説の拳法で、千年前の流派同士の争いに敗れた血族が復讐を誓い、千年の時を超えて流派を広めるためにゲーム開発をするという陰謀だった、という話はどうだろうか。格闘技でクマと戦う修行シーンを出してもよいかもしれない。


終わり。


こちらから「城南小学校運動会午後の部『マルチバース借り物競走』」が読めます。

他の最終候補の作品はこちらから。


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