【フラッシュフィクション】「増えた10ドル札」

ホテルの部屋のなか、悪党三人組がスーツケースをいくつも開け、なかに入っている拳銃が本物かどうかを確認していた。これからマフィアに高値で売りつける大事な品物だ。
部屋をノックする音がしてボーイの声が聞こえる。
「お部屋の料金の返金にうかがいました」
悪党のボスはあごで手下に指示をして急いで拳銃をしまわせた。
「入れ」と言ってボスはボーイを部屋に入れた。
「申し訳ありません。お部屋の料金を間違えておりました。300ドルを事前に払っていただいていたのですが、本来はこの部屋は270ドルでしたので、30ドルお返しします」ボーイは30ドルを現金でボスに手渡した。
「それでは、失礼します」ボーイはそう言ってそそくさと部屋を後にした。
「ボス、あのボーイ、嘘をついてます」手下が言った。この手下は昔は心理学の博士で、人の心が読めるのだ。
「どういうことだ」
「この部屋の料金が270ドルだって言ってましたが、本当は230ドルです」この手下の嘘を見破る能力は、心理学というよりもまるで超能力のようであった。
「ボーイが残りをがめてやがります」
「行って取り返してこい」ボスはまたもやあごで指示をした。
手下は立ち上がって部屋を出ようとするが「いや、ちょっと待てよ」とボスは言った。
「俺たちは元々300ドルを払ったが、30ドル返ってきたから結局270ドル払ったことになる。そしてボーイが40ドルがめてるから、それを合わせたら310ドルだ。10ドル増えてるぞ」
「不思議なことですな。ありえないことです」もう一人の手下が言った。この手下は元はビジネスマンで、チャンスをめざとく逃がさない人間だった。
「しかし現に計算するとそうなってる」
「たしかに、そうですが。……ボス! これが本当のことなら、あのボーイを急いでスカウトした方がいいですぞ」
「どういうことだ」
「今我々は金を増やす方法を知りました。この方法を知っている可能性のあるものは我々とあのボーイだけです。あのボーイが口外するのを防ぐためにも仲間に引き入れて、さっきのやりとりを繰り返せばあっというまに金が増えますぞ」
「お前のいう通りだ。急いで行ってこい」
二人の手下は立ち上がって部屋を飛び出した。

悪党三人とボーイは、金のやりとりを繰り返して10ドル札をどんどんと増やしていった。30ドルがいつの間にか3,000ドルになり、金を増やすプロセスを加速させるため、新たにボーイと泊まる客を雇った。
貯まった金が30万ドルになったとき、ボスはその金で小さいホテルを買った。ふつうのホテルならこのプロセスを繰り返せば怪しまれるが、自分で買ったホテルならやりたい放題だ。増えた金でホテルを買いつづけ、ホテルの権利書が30枚に達したとき、ボスは金を増やす方法と同じ方法でホテルの権利書を増やすことができることに気がついた。ホテルの数はあっというまに増えていき、悪党三人は国中のホテルのオーナーになった。
ついに悪党三人は億万長者でホテル王、一大組織の経営者だ。

やがて冬が来てクリスマスになった。クリスマスは繁忙期でホテルの部屋の値段が少し上がる。この日の部屋の料金は250ドルだった。
いつもは金を増やすプロセスは部下たちに任せている悪党三人だったが、今日は記念にと、自分たちでホテルに泊まって金を増やすプロセスをやることにした。
ボスが事前に300ドルを支払っておいたのでボーイが返金にやってくる。ボーイは30ドルをボスに返す。しかし今日は部屋の料金が上がっているので、ボーイの取り分はいつもより少なく20ドルだ。ボーイが部屋を後にするとボスが口を開いた。
「ちょっと待てよ。おかしくないか。俺たちは今日300ドルを払って30ドルを返されたから払ったのは270ドルだ。そしてボーイががめたのが20ドル。合わせて290ドル。10ドル減ってるぞ」
「ボス、そろそろ潮時だと思っていました。あのボーイが裏切るんじゃないかってね。がめてるのは20ドルだと見せかけて、ほんとは30ドルがめてますぞ」ビジネスマンだった手下が言った。
「ボス、10ドルだとしても私たちを裏切る者には制裁を下さなければならない。おそらく他のボーイたちもぐるです」心理学者だった手下が言った。
「くそ、やっぱりそうか。最近怪しいと思ってたんだ。あいつらをぶっ殺す」
「ボス、拳銃はたくさん持ってますが、しかし全員殺すには弾が足りないですぞ」
「いいやよく考えろ。俺たちが持ってる拳銃は30丁。いつもの方法で増やすせば全員ぶっ殺せる……」

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