ひとりで歩くことに意味がある
海が好きで、山が好きだ。
海では別に海水浴をしたいわけではなく、ウォータースポーツが好きなわけでもない。
わたしの知っている海はそういう若者の熱量にあふれた海ではなくて、のっぺりとした浜辺から見る遠浅のたぷんたぷんとした海。それから、リアス式海岸特有の大岩で囲まれた小さな浜辺の、切り取られた海。
貝殻やヒトデを拾うのもいいし、ゴロゴロと転がっているだけでもいい。
潮の香りを嗅ぐだけでも、いい。
山に行く時には、準備からワクワクしはじめてしまう。
ハイキングもトレッキングも好きだけど、一見山に見える史跡や、山の中にある湖畔へ行くだけでもいい。どの季節でも、どこの山でも、何もせずに降り立つだけでも、気分がいい。
わたしは別の記事にも書いた通り、転勤族の家庭で育った。
だから、一応の出身地と言える場所はあるし、今両親が住んでいるもともと祖父母の家である「実家」もあるのだけど、「地元」と言える場所がない。
というよりむしろ、中学生以降に住んだ土地はすべて「地元」と言いたい。欲深いかもしれないけれど。
今住んでいる場所は、近くに海がない。山もない。
海までは、有料道路を使って最短で1時間30分くらいだろうか。山までは1時間くらい。
時間にすれば大した距離ではないようだけれど、海の香りが漂ってきたり、視界にそびえる山に季節を感じたりはしない。
✳︎
年に一度、完全に一人にしてもらう日がある。
日付を決めたりしているわけではないけれど、だいたい春から夏の良き日に、子どもを夫に任せてお母さんをやめる。
これは娘が1歳の時、「俺だってひとりでやってみせる。絶対大丈夫!」と夫が言い切り、半ばヤケのようにワンオペ育児を体験したイベントから始まった。
夜も乗り切る、ということで泊りがけで出かけることになったわたしが選んだ土地は、鎌倉だった。
その時、鎌倉に行くのは4回目だった。
1度目は高校生の時に母と北鎌倉へ。2度目は社会人になった夏、学生時代の友人と。3度目はわたしが関東に越したとき、既出の友人と。
同じ街、同じ風景の中を歩いていても、自分のライフステージが変わると違うように見える街だな、と思う。
今年はコロナで自粛、昨年は妊娠後期で自粛したので、ここ2年は「ひとり鎌倉」ができていない。
けれど、前回のひとり鎌倉の時、わたしは感動的な体験をした。
その頃のわたしは、娘のイヤイヤ期と、身内の不幸、仕事のストレスなどでメンタルが完全にやられていた。
別のマガジンで書いている通り、この時期まで産後うつをひきずっていて、「ああ、消えちゃおっかな」と思うことが出てきていた。
「消えちゃいたい。どんな風に消えるのがいいかな」
ぼーーーっとしながら、そんなことを考えて布団に包まるのが、わたしの週末だった。
そんな中、やっぱり鎌倉にやってきた。
からだは重だるかったけれど、なんとしてでもリフレッシュしてやる!と息巻いてもいた。
大好きな葉祥明のミュージアムへ行って、なんども親しんだ猫たちを眺めて過ごし、特別展をしていたマザーグースの本を買う。買うか買わないか、30分悩んでも誰にも急かされない。
小町通りの古本屋で、普段は買ったことのない作家の本を購入し、適当なカフェに入って歩きたくなるまで読む。体を動かしたくなったら、散策して、ご当地フードをおつまみに、ビールを頂いてしまう。
江ノ電に乗り宿を目指す。
途中、江ノ島で降りて江ノ島神社へ参拝した。お礼参りだ。
やっとチェックインしたかと思うと、藤沢駅の周りに広がるステキな飲み屋さんの間をうろちょろして、ここぞという店でひとり飲み。
授乳も、夜泣きもない。
ホテルまで帰る余力さえ残しておけば、誰にも迷惑をかけない。
途中江ノ電から見た、眩しいほどの海の照り返しと、背負う山の青々とした草いきれ。「難しいこと考えなくてもいいんじゃない?」と、好きに過ごすことを後押ししてくれているようだった。
翌朝、わたしは何をするのかすっかり決めていた。たくさん飲んだけれど、お酒はきれいさっぱり抜けていた。
朝食を食べると、すぐにまた江ノ電に乗って、長谷へ。
まだ人がまばらな長谷寺へ赴き、人生初の写経をさせていただいた。
目的は何かに集中し、静かな心になりたかっただけなのだけれど、写経した紙に氏名を記入することでその人の供養をしていただけることを知ったので、さらに背筋が伸びた。
遠方に住むあまり、自分が注いでもらった愛情を返せなかったかもしれない、と悩んでいた故人の名前を記入し箱に収めた時、何か大きな重たいものも同時に箱に収めたような気がする。
長谷寺の中を隅々まで歩き、ろうそくを収めたり手を合わせたりしているうちに、やけっぱちな気分がホロホロと剥がれていくのを感じていた。
その日は、まだまだ精力的に歩き回るつもりだったのだけれど、なんだかすっかりリラックスして、早めに昼食に美味しいミートボールとビールをいただいた後は宿にもどり、昼寝をしてしまった。
あれから、もう2年。
息子が生まれ、わたしは2児の母となり、たくましくなった。
あの旅がなければ、息子は生まれていないと思う。
海と山と、自分のペースで呼吸できる時間と、色々な顔を持つ、わたしの特別な場所。鎌倉が好きだ。
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