EUの新たな共通農業政策(CAP)がスタート


新CAPの主要目標(EUウェブサイトより)


欧州連合(EU)の新たな共通農業政策(CAP)が2023年1月1日にスタートしました。対象期間は27年までの5年間です。2019年12月に策定された「欧州グリーンディール」や、それを踏まえて2020年5月に打ち出された「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」(F2F)に沿い、環境対策に積極的に取り組む域内の農家に予算を重点配分し、「農業のグリーン化」に大きくかじを切ったのが特徴です。

CAPは1962年、域内の農家を支えるとともに、農業生産を増やして食料安全保障を強化することを目的にスタートしました。当初の参加国は、1952年に発足した欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)に加わっていたフランスと旧西ドイツ、イタリア、オランダ、ルクセンブルグ、ベルギーの6カ国です。その後、1967年の欧州共同体(EC)の発足や1993年のEU誕生ともに参加国は増え、2013年には28カ国となりました。英国が2020年1月末にEUを離脱したことで、現在は27カ国となっています。

この間、加盟国の拡大とともに、域内外の情勢変化に対応し、さまざまな改革を繰り返してきました。1970~1980年代には生産過剰や補助金の負担増といった問題に直面したほか、輸出補助金を拠出して過剰農産物をダンピング輸出していることが国際的に厳しく批判されました。1986年に貿易自由化を目指すウルグアイ・ラウンドが始まると、1992年に大規模な改革を行い、農産物の支持価格を引き下げ、農家保護を削減する一方、それを補うために新たに直接支払いを導入しました。

2014年に始まった前CAPが2020年末で終了する予定だったため、欧州委員会が2018年6月に次期CAPの検討に着手しました。その後、2019年12月に欧州グリーンディール、2020年5月にF2Fと、農業政策に大きな影響をもたらす決定がなされたため、新CAPの実施は当初予定された21年1月から2年延期されました。

欧州委員会は、新CAPについて、10の主要目標を掲げ、「よりグリーン、より公正、より柔軟になった」とアピールしています。主要目標として、以下の10項目を掲げています。
・農家に公正な所得を確保
・競争力を強化
・フードチェーンの中での農家の地位を向上
・気候変動対策
・環境保護
・景観と生物多様性を維持
・世代交代を支援
・活力のある農村地域
・食と健康の質を保護
・知識とイノベーションを育成

予算規模としては、前CAPの枠組みを維持した2021~2022年分を含め、2021~2027年で3866億ユーロに上ります。このうち2700億ユーロが所得支持として農家への直接支払いに振り向けられ、残りがインフラ整備や技術開発といった農村開発などに充てられるということです。

新CAPがアピールするグリーン化に関しては、「エコスキーム」として、環境に配慮した取り組みを行う農家に対し、直接支払いの25%以上を充てるのが柱となっています。F2Fが2030年までの目標として、「有機農業を全農地の25%に拡大する」「農薬の使用を50%削減する」「化学肥料を20%削減する」といった取り組みを打ち出しており、これらの実現を後押しするものです。

エコスキームについては、具体的な取り組みは加盟国の判断に委ねるとしながらも、欧州委員会が2021年1月に指針を公表しました。

具体的には、「気候変動の緩和」「気候変動への適応」「水質の保護・改善」「土壌劣化の防止」「生物多様性の保護」「持続可能な農薬使用の削減への行動」「動物福祉を促進する行動」として、以下の12分野45項目を例示しています。

・有機農業の実践(2項目)
・総合的病害虫・雑草管理(IPM)の実践(4項目)
・アグロエコロジー(混作や輪作など9項目)
・畜産・動物福祉計画(7項目)
・アグロフォレストリー(景観形成のための管理・伐採計画など3項目)
・高自然価値(HNV)農業(半自然生息地の創出・強化4項目)
・炭素農業(恒久的な草地の確立・維持など6項目)
・精密農業(3項目)
・栄養管理の改善(2項目)
・水資源の保護(1項目)
・土壌に有益なその他の取り組み(2項目)
・温室効果ガスに関連したその他の取り組み(2項目)

また、欧州委員会は、これまでの支援が大規模農家に偏ってきたと批判されてきたことから、直接支払いの10%以上を中小規模農家に割り当て、公正性を高めると主張します。さらに、若者の農業への参入を後押しするため、直接支払いの3%以上を40歳以下の農家に振り向けるということです。「より柔軟なCAP」に関しては、EUとしては政策の大きな方向性を示すにとどめ、具体的な対策や各国の目標については、各国が初めて策定する戦略計画に委ねるとしています。

戦略計画について、欧州委員会は2021年末までに各国に計画案の提出を求め、6カ月程度で内容を精査した上で、承認するかを決めるとしていました。しかし、一部の国が締め切りまでに提出が間に合わず、欧州委員会の審査にも当初の想定より時間が掛かったため、このスケジュールは後ろ倒しとなりました。ロシアによるウクライナ侵攻を受け、商品やエネルギーの価格が急騰したため、欧州委員会は各国に対し、再生可能エネルギーの生産を増やしたり、化学肥料への依存を減らしたりすることを新たに求めたことも作業の遅れに影響しました。

欧州委員会は2022年8月31日、第一弾として、デンマークとフィンランド、フランス、アイルランド、ポーランド、ポルトガル、スペインの計7カ国の戦略計画を承認しました。その後、段階的に承認を進め、12月13日のオランダを最後に、27カ国の戦略計画の承認に至りました。

オランダの戦略計画の承認が遅れたのは、環境対策が不十分と判断されたからのようです。ボイチェホフスキ欧州委員(農業・農村開発担当)は2022年12月8日の記者会見で、オランダの承認が遅れていることを問われ、「オランダ農業は非常に生産性が高い」と評価しながらも、他のEU諸国に比べて温室効果ガスの排出量やエネルギー消費量、農薬使用量が多いという問題点を指摘しています。オランダは農業のイノベーションに積極的に投資して生産性を高め、米国に次ぐ世界第2位の農産物輸出国となりました。日本でも「オランダ農業を見習え」という意見をよく聞きます。しかし、環境を重視するEUの中では、オランダは問題児ということになるようで、非常に興味深いことです。

すべての戦略計画の承認を終えた欧州委員会の2022年12月14日の発表によると、EUが拠出する新CAPの予算総額は2023~2027年までの5年間で2640億ユーロで、加盟国の負担分などを合わせると総額3070億ユーロとなります。国別の内訳は以下の通りです。単位は億ユーロ。

       EU予算     総額

フランス   452.1    493.1
スペイン   306.6    335.7
ドイツ    306.0    343.1
イタリア   266.1    351.6
ポーランド  220.5    251.4
ルーマニア  149.6    158.3
ギリシャ   134.3    142.5
ハンガリー   84.0    100.2
アイルランド  74.9     97.9
オーストリア  60.5     86.9
ポルトガル   60.3     66.0
ブルガリア   56.4     77.2
チェコ     56.1     79.7
デンマーク   47.7     48.6
スウェーデン  45.0     60.4
フィンランド  43.9     66.8
オランダ    40.6     44.8
リトアニア   39.9     42.3
クロアチア   33.8     37.4
スロバキア   33.7     41.2
ベルギー    29.1     35.2
ラトビア    24.1     25.0
エストニア   14.5     16.4
スロベニア   12.3     18.0
キプロス     3.7      4.5
ルクセンブルグ  2.2      4.6
マルタ      1.2      1.6
27カ国計 2640億ユーロ 3070億ユーロ

最後に、欧州委員会の2022年12月14日の発表内容をまとめておきます。

◆より公平なCAP
すべての戦略計画は、主要目標として、持続可能な農業所得と農業部門の強靱性を支えている。
・CAPの直接支払いは、引き続き農家にとってセーフティーネットの役割を果たす。毎年200億ユーロ近い基礎的な所得支援が資格のある農家に配分される。しかし、優良農業環境条件(Good Agriculture and Environmental Conditions=GAECs)の基本的な基準を適用することが条件となる。GAECsはEUの農地の90%近くをカバーする見通しとなっている。
・新CAPは、公的支援を最も必要とする人々により高い水準の支援を行う。EU25カ国の中小規模農家は、すべての直接支払いの10.6%に上る再分配支払いにより、より高い所得支持を受けることになる。これは年40億ユーロに上り、10カ国にしか適用されなかった前CAP(2014~2020年)での再分配支払いの2.5倍となる。
・農家が危機に対応するのを支援するため、保険への加入や相互基金への参加、その他のリスク管理ツールにより、EU農家の15%が支援を受けることになる。
・タンパク質作物やマメ科植物の支援水準は、2022年に比べて25%増加する。これにより、EUの農家が特定の肥料の輸入や使用に依存するのを減らすことができる。

◆よりグリーンなCAP
CAPの10の目標のうち3つは環境や気候変動に直接関連している。「後退なし」条項により、加盟国は現状より高い野心を示すことが求められている。これにより、環境や気候変動の点では、これまでで最も野心的なCAPとなる。
・戦略計画では、EUと各国の拠出を含めたすべてのCAP資金の32%に相当する980億ユーロ近くが、気候や水、土壌、大気、生物多様性、動物福祉に利益をもたらしたり、義務的な条件を超えた取り組みを促したりすることに充てられる。直接支払いの24%がエコスキームに充てられ、農村開発への支出の48%が環境や気候変動の目標を完全にサポートすることになる。
・計画により、EUの農地の35%で、適切な管理方法を通じ、炭素を土壌やバイオマスに蓄えたり、温室効果ガスの排出を減らしたり、適応に役立てたりするように、土地管理者に促すことになる。適切な管理方法としては、広範な草地管理やマメ科作物の栽培、間作、有機肥料、アグロフォレストリーが含まれる。
・農家に対する新たな義務に基づき、CAPが支援する耕作地の約85%で輪作が行われることになる。これにより、害虫や病害のサイクルが乱され、農薬の使用やリスクを減らすことになる。さらに、総合的病害虫・雑草管理(IPM)の採用、害虫駆除での非化学的手法や精密農業の導入により、EUの農地の26%以上が支援を受けるようになる。
・2027年の有機生産に対するCAPの支援は、2018年の面積からほぼ倍増する。これにより、有機面積を2030年までに5~30%増やすという加盟国の目標実現に大きく貢献する。
・農場での再生可能エネルギー生産への投資計画にょり、EUのエネルギー生産能力は1556メガワット増える。

◆より社会的なCAP
EUの農村地域は、人口減少や、基本的サービスのアクセス・改善、雇用機会といった課題に直面している。CAPはEUの農村地域の社会的、経済的な基盤に投資する。
・若い農家への支援は各計画に盛り込まれており、EU各国は直接支払いの3%を世代交代に充てるとの最低条件を超えている。若い農家の参入や投資、初期の事業維持を支援するため、85億ユーロの公的支出が充てられる。2023~2027年に37万7000人の若い農家が農業に参入すると予測される。農業の継承や農村地域でのジェンダー平等の強化、農業での女性の地位向上のための取り組みを強化する国もある。
・地域開発は、農村開発のための欧州農業基金(EAFRD)の7.7%をコミュニティー主導の地域開発戦略(LEADERアプローチ)に充てることによっても後押しされる。これは50億ユーロに相当する。こうした戦略が実行されれば、農村人口の65%がカバーされると見込まれる。
・CAPの支払いは、EUの社会・労働基準と初めてリンクされることになり、受益者は農場での労働条件の改善を求められることになる。
・各計画は農村地域での生活や労働をより魅力的にする投資を支援し、少なくとも40万人の雇用創出を目指している。資源効率を最適化するデジタル技術やサービスへの投資も支援する。
・600万人以上が、CAPが資金提供する助言や研修、知識交換から直接利益を受けるか、欧州イノベーション・パートナーシップのイノベーションプロジェクトに参加することになる。

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