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「常に疑問を持ちなさい」、そして写真考

今度こそカラープリントを再開しようと思っていて(もう一年以上言っている気がする)、そのために50カットほどこれまで撮影したものから選んだ。これいいかも、これもいいかも、と思いながら。それは構図がいいとか色がいいとかなんとなく好きとか色々あるけど、まず綺麗な撮影データかどうかが私にとっては大事だなと改めて思う。そしてムラだらけの写真たち…。

何が良い写真か、という質問をたまに投げられるけど、私もよくわからない。これは好き、これはそうでもない、これは好き、これも良い、これはマアマア…という具合にいろんな写真を見ていくほかないと私は思う。ただ、どの写真も良いと思えば良いし、悪く見ようと思えば悪く見える。適正で撮れていないけれど好きな写真もあるし、適正だけど私にとってはなんの魅力もないものもある。だけどそれが良いか悪いかというのは、分からない。だからこそ自ら撮影したり、他の人の写真を見ることに価値があるのだと私は思う。だからもしかしたら、ものに価値があるのではなく、なんていうか、それによって得られる様々な感情や行動や考え、記録や情報などに価値があるのであって、それをお金に換算するとこのくらいかな…?という感じで値段が決定されていくのかな?わかんないけどさ。

だから良い写真がどんなものか、という問いよりも、自分はなぜこの写真が好きでなぜこの写真が嫌いなのかということを考えていくことの方が、良い写真とは?という疑問の答えに近付いていくような気がする。私の個人的な趣味で言えば、美しさや良さというものは自分の心の中で納得し、こっそりと大切に隠し持っているのが好き。

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写真は常に問いかけてくれてるし、それと同時に常に応えてもいると私は思う。大学の先生が言った「常に世界に疑問を持ちなさい」という言葉と写真は同調していると感じる。

私がすべきこと、特別定額給付金で新しいプリントを買うこと。

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