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我の愚痴の主成分は”怒り”

(前置き)
私はうつ病を患った友人と同居生活を送っているアラサーの会社員です。
友人との関係や日常について、「#日記」のタグで備忘録や頭の整理を目的にnoteを書いています。

友人が仕事を辞めました。
プレッシャーをかけられるのが精神的に辛かったそうです。
そりゃつらい。ダウンしてしまう前に辞められて良かった。

友人の心身の健康のため以外にも、
仕事を辞めたと聞いて良かったって思ってることが実はあって、
それは「もう仕事の愚痴を聞かなくていい」ことです。

代わりに「求職活動の愚痴や不安」を今度から聞くのかと思ったら、
それはそれで憂鬱ですけど。
こんなこと考えてる時点で、心に余裕のない薄情な人間ですね。

仕事の愚痴って正直、救いのない胸糞話にしかならないじゃないですか。
XやInstagramに流れてくるようなスカッと話なんて、
現実じゃ滅多に起こらない。

ヤバい奴はどこまでもヤバくて、
理不尽なことは平気で起こるし、
その被害を自分が被るかはただの運、
他の人も自分の身を守るので精一杯です。

もっと単純な業務や人間関係的な愚痴だとしても、
仕事の愚痴という時点で、すぐに改善することは難しい。
規則を変える、体制を変える、人員を変える、
どれも大変なことですぐにはできないし、
自分自身の力でどうこうなるものではないので、
結局他力本願になってしまいます。
周りにいる人を巻き込む側になってしまうこともある。

私は愚痴は笑い話やゾッとする話として、
ネタにできる段階になったら他の人に話すようにしています。
怒ってるうちは、思い出すのも腹が立つから話しません。
話すためには思い出さなきゃいけないし、
人に話したところでもう一度腹が立つだけで全く気分は晴れません。
私の愚痴の成分は大部分が「怒り」でできています。ふんがーっ!!

対して、友人の愚痴は「悲しみ」で構成されているようです。
そりゃ悲しい時は慰めてほしいですよね。
頑張りを認めてもらいたいですよね。
あなたは何も間違ったことはしてないって言って欲しいですよね。

でもなー、でも、、、
しんどいんだよなー‥‥
友人は頑張ってるけど、体制的にプレッシャーがかかったり、板挟みにされたり、理不尽な目に遭うって話を何回も何回も聞くのはつらい。
「憂鬱な気分になる映画TOP3」とか観るより憂鬱になります。

そんな私にも「悲しみ」成分多めの愚痴や悩みはあります。
まあ、過去の恋愛のこととか、友人のこととかですね。

過去の恋愛話や友人に関する悩みは人に話せません。
もう、noteにしか書けません。
きっと一生、笑い話にならない。
だからこうして日記にしたりしするんですね。

私は自分を慰めるのがとっても上手みたいです。
脳内会議でも自分に都合のいい自分を何人も召喚して、
100人の私(サブ)が私(メイン)を慰めます。
そして酒飲んで、ラーメン食って、Youtube見て、
家で鼻歌うたってたら元気になります。

友人もそうなってくれないかなぁ、なんて。

友人は愚痴に含まれる「悲しみ」の毒素をわかっているようで、
私が聞き手として受け止めきれないこともわかっています。

でもその対処方法として、
友人が選びがちなのが「ポジティブに考えること」。
これが良くないのではないかと思っています。

冒頭に書いたように、
仕事の愚痴なんて救いのない胸糞話にしかなりません。
「そんなのどうポジティブに変換しろって言うんですか!」って、
私だったらそこでも怒りますね。ふんがーーーっ!!!!!

でも、友人は仕事を辞める2日前まで、
「業務内容は好きだし、周りの人も期待してくれてるから前向きに頑張る」
と言っていました。

無理にポジティブに変換しなくても良いんだよ。
心と正反対のことばっかり言葉にしてちゃ、
また心がダウンしてしまうんじゃないかと心配です。

私なんか入社1年目から「すぐ辞める」と言い続けて何年も経ちました。
「仕事好き」とか「悪い人じゃない」とか、
思ってないんだったら言わない方がいいと思う。

友人も感情の噴火に任せてドカ食いとかしたら良いじゃん。
カラオケオールとかしちゃったら良いじゃん。
あてもなく特急旅行とかしちゃえば良いじゃん。

友人だけじゃなく、心に前向きな嘘を吐き続けてる
頑張り屋のみんなもね。



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