サピオセクシャルの原点

私はサピオセクシャル(相手の知性に魅力を感じる癖(へき))と自認してるんですが、その原点は中3の時に好きだったO川君だったと思います。

中学3年間で1年づつ違う男子が好きで、しかも全員サッカー部だったのですが、
(今でも男性はサッカーを好きであってほしい)
中1の時に好きだったK川君は如何にもなサッカーバカ僧で推薦で静岡学園に行った凄い男子だったんですが、
ほどよくチャラくてそこそこモテてたので、
私の好意もモロバレで義理だよ!とあげたバレンタインデーのチョコも、
「まおちゃん俺の事好きだもんね🎵」と完全に見透かされてました。(ホワイトデーのお返しにたれぱんだのキーホルダーくれてめっちゃ嬉しかった)

中2の頃に好きだったK藤君は成績は真ん中位だったものの、美術の成績がとにかく良くて都の個展に作品が選ばれる位でした。
彼はシャイで中々女子と会話と交わさなかったので、「K藤君Dragon Ash好きなんだ?」
「うん、あとACOも」同じクラスなのにも関わらずその程度しか話した事がありませんでした。その後悲しい事に私の友人(苦手寄り)と付き合ってしまい、「K藤ってさ~なんかクールぶってるけどただのスケベなんだよね~」と後日聴かされてショックを受けた思い出があります。

そして中3の頃に好きだった、いや人生で一番好きだったO川君です。
彼は小学校が同じだったのですが、同じクラスになった事はなく、そこそこ知ってはいるけどどんな趣味嗜好があるかはよく分かっていませんでした。遡る事中2の4月、私は半年間放送委員をやる事になりました。

学年3クラスから1人づつ選抜されたのですが、その1人がO川君だったのです。
放送委員の主な仕事内容は週2回放送室に行って適当に音楽を流す事でした。私達は半年間お笑いの話(リットン調査団は売れないと思うけど面白い等)音楽の話、そして恋愛の話をしました。
私は当時好きだったK藤君の事、O川君は好きでもない女子に好かれて困ってる事をお互い相談しあってました。これと言って解決方法も見つからないままくだらない話をしながらあっという間に半年間が過ぎ、またO川君と直接話す事も無くなっていました。

そして中3になり、初めてO川君と同じクラスになり男友達の一人として楽しく話せると思った矢先の出来事でした。
最初の公民の授業の時に、フランスの大統領は?という質問に何人かが答えられない中、
「シラク」
とあっさり答え教室中が「お~」となった時に
私は今まで経験した事がない、胸が締め付けられる感情に襲われました。
その後も英語の授業でクラスで一番頭の良い女子が答えられずその場で立たされてしまった難問を「is」
と答えてた事、それなのに文系科目よりもむしろ理系科目が得意で実験をそつなくこなし、
理数科目は90点以上取っていました。
そう、今までバカ話をしていた為にO川君が思ったより勉強が出来た事に気付かなかったのです。
(地頭の良さは分かってましたが)
彼は当時法政大学の付属高校を目指しており、
中2の段階でそれは知ってたのですが、単願推薦ならなんとか……って感じじゃない?と見くびっていたのです。

それから話は早いです。

私は当時学年100人中20~25位位の成績でけして出来ない側ではなかったのですが、彼が何を答えても知的に思えてしまいあっという間に恋に落ちてしまいました。
それからと言うものの、理数科目を教えて欲しい名目で彼と接する機会を増やし、
どうにか彼の誕生日は勉強を教わるという口実で一緒に過ごす事に成功しました。
結局色々あってこの恋は実らなかったのですが、去年同窓会で23年振りに再会した彼はあの時と変わらず素敵でした。
(私は歴代の惚れた男を嫌いになりがちという最低な一面があるけど彼は例外)

学歴で人を選ばないけど、勉強が出来る事がとてつもなく尊いと思ってしまう、そんな癖(へき)がある事を今日は覚えて帰ってください。

因みにクイズ出来る人はそんなにサピオセクシャル脳汁、通称サピ汁は出ません。
勉強は出来るけど、クイズは自信がないって謙虚さにサピ汁が出ます。以上。

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