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オメガバース版『竹取物語』として読む「神様なんか信じない僕らのエデン」(ネタバレ)

それなりにBLを嗜んできたつもりの私だが、オメガバースだけはなぜだか未履修であった。
が、今回フォロワーさんからおすすめいただき、『神様なんか信じない僕らのエデン』が電子書籍化したのをきっかけに、初めて履修した。

なるほど…これがオメガバースか…!
と、あらたな世界を知った心地である。

とはいえ、本作はオメガバースといういわゆる特殊設定以外の部分でも、大変興味深い作品だったので、私なりの切り口で、考察というか感想というか、感謝というか…そういったものを書き記しておきたい。
それにしても、一ノ瀬先生の下巻の作画の美しさは、萩尾望都作品を彷彿とさせるものがあり、大変印象的である…

いずれにしてもオメガバース超初心者の戯言である。大いにネタバレもするし、理解が及んでいない発言も多くあると思う。苦手な方はUターンをお願いしたい。
また、以下の画像は、すべて©yumaichinose/リブレ・ビーボーイコミック からの引用である。


1.本作におけるオメガバースとは


まず、本作のあらすじと、オメガバースという世界観についてざっと確認していきたい。

クラスメイトである喬識人西央凜々斗。ある日西央と至近距離で接した喬は、その芳香に気がつく。その後の体育の授業で、汗だくになり体調が悪そうな西央。彼を保健室に連れていこうとするも、芳香にあてられた喬は、導かれるように体育倉庫へ。本能が求めるままに体は重ねたふたりだが、身体の暴走は止まらない。西央の発情がおさまるまで、体育倉庫で寝泊まりができるよう、物資を運搬しながら、身体を重ねる喬。「ヒート」と名付けた現象がはじまり、そして終わるまでの、2人だけの7日間…

オメガ(西央)→本作においては、発情時に性フェロモンを発し、妊娠の可能性がある存在。
アルファ(喬)→本作においては、オメガのフェロモンにあてられる形で覚醒。身体能力などが強化される。
ヒート→オメガもアルファも、38度が平熱になる状態が、ヒート時は続く。妊娠の可能性がある期間とも考えられる。
※喬の分析によれば、いずれも相当燃費がよくなった、「進化した人類」

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ざっとこんな感じであろうか。オメガバースの仕組みというかシステムを理解する上でも本作は示唆にとんでいるので、ぜひ読んでみていただきたい。


本作は明らかにアダムとイヴの神話を下敷きにしているのだが、神話には「普通」という概念がまだないこと、そして「罪」をそそのかす蛇がいることが本作とは違っている。本作においては、むしろその「原罪を背負ってしまっていることに「気が付いてしまった」」―アダムとイヴの後裔、という印象を私は持った。

いわばオメガとアルファは、地球人にとってのニュータイプ、もっと言えば異世界の人に近いものがある。(西央も「もう人間じゃなくね?」と考えている)。アルファ覚醒前の喬が、宇宙に興味を持っているというのも、興味深い点である。

そこで私が気になったのは、日本最古の作り物語とされ、初めて「異なる惑星の住人」との接触を描いた(いうなれば初のSF)、「竹取物語」であった。
なんと突飛なと思われるかもしれないが、試みに、「竹取物語」を経由しながら、私なりに「僕エデ」を読みといていこうと思うのである。


2.崩れ去る「普通」と罪―西央の場合


オメガ性となる西央について、まずは考えていこう。
西央は小学校低学年ごろに、父親と離別(死別?)しており、それ以来、母親に迷惑をかけない「いい子」であることに徹している様子がうかがえる。その背景には、西央の評価=母親の評価なのだ、という意識があることもわかる。

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彼にとっての望ましい評価とは、「普通」であること、だと思われる。
誰からも嫌われず、ケガもせず、心身ともに健康で、トラブルを起こさない「普通」。西央は長らくその生き方に徹してきたために、「(自分に)まっすぐ」生きることとは縁遠くなってしまったようなのである。
(喬に対して、「お前みたいにまっすぐでいたかった」という思いをにじませている)

懸命に作り上げ、保っていた「普通」は、オメガ性に目覚めたことにより、崩れ去ることになる。

この「普通」という概念を、(無理やりだが)『竹取物語』に当てはめてみよう。

かぐや姫はいわずもがな、月の住人であり、体から発する光も、異常な成長速度も、恐ろしいほどの美貌も、地球にとっての「普通」ではない。これをある種封印した形で、彼女は地上に降りてきたと言っていいだろう。それが成長とともに漏れ出し、男たちを魅了し、異世界人であることを自覚せざえるを得なくなり、最終的には月に戻るのである(=「普通」ではいられなくなった)。
このような生き方を余儀なくされたのは、月における姫が犯した「罪」の代償であるのだという。

そうなると、西央の背景にも何らかの「罪」があるように思われる。それはやはり、父の不在につながっているのではないか。父がいなくなった理由ははっきりとは語られないが、少なくとも西央はその原因の一端は自分にあると考えていて、その罪悪感ゆえに、「普通」を目指しているとも考えられる。

さらに残酷なことに、もう「普通ではいられない」と知ってしまったことが、これまで嘘を重ねてきた自分に課せられた、もうひとつの「罪」であるように感じているのである。
西央は二重の罪悪感に苛まれている点で、かぐや姫よりも苦しい立場にあると言えるだろう。

そういえば、オメガにはアルファの身に着けているもの(服など)を収集したり、それに執着する部分があるというが、西央の場合はそれだけでなく、喬から彼の服を与えられ、着用していたのが本作であった。ヒートが収まるにつれ、西央は衣服をきちんと着るようになる。
深読みすれば、羽衣を纏うことで地球での記憶をなくしたかぐや姫に対し、西央は喬の服を身に纏うことで、「普通」に踏みとどまろうとしたということにもなろうか。


3.暴かれる本性、諸刃の優位性―喬の場合


西央=かぐや姫だとして本作を読んでいくとすると、喬はどうなるであろうか。まずは『竹取物語』の場合を見ていこう。

かぐや姫を匿い、養育するのは、竹取翁である。
養育したことで、金持ちになり、地位まで得るという恩恵にあずかっている。喬が西央を体育倉庫に匿うのは、これに近い。彼の場合「恩恵」とはアルファ的な身体強化になるだろう。ただし、翁が姫に性的なフェロモンを感じているとも考えにくい。

かぐや姫を性的な対象としてみているのは、5名の求婚者である。彼らは姫が欲しがる「架空の宝物」探しに躍起になり、ある者は詐欺を働き、ある者は命さえ落とす。もしも喬以外のアルファが西央のフェロモンにあてられたとしたら、こうなった可能性は高い。喬は他のアルファと競うことがなかったために、生活必需品の工面だけで済んだのだ。

もう一人考えておきたいのは、ほかならぬの存在である。
5名の求婚者を退けた姫に、最後に求婚してくるのが帝だ。かぐや姫のテリトリーに侵入し、あわや…というところで姫が「姿を消してしまった」という場面はあまりにも有名である。
ところが、姫と帝はその後文通を3年間続け、月に昇天する場面で姫は、帝に未練を残しているかのようでもある。
文通の内容は明らかにならないが、ある意味、「地上で唯一かぐや姫の心を理解した」存在だといえるのではないか。だからこそ、姫は「月の住人に近い存在にする」不死の薬を帝に置いていったのだし、遺言のように手紙も書き残したのであろう。

以上のように整理すると、喬は、オメガの存在(およびフェロモン)によって、翁が帝になるかのような変貌を遂げたことになる。アルファ=リーダー…というところが俄然際立ってくるではないか。

喬が帝化してくるという現象を考えるにあたり、かぐや姫(≒オメガ)を得ることが、アルファにとって何なのかを改めて考えてみよう。

かぐや姫は、「難攻不落の、究極・至高の女」という扱いであったと思う(実際性別は無意味だとも思うが…)。となると、だれも手に入れられない至高の存在を獲得することで、帝は、他との差が明確になり、優位性を確実にできるというものである。
この構図は、意外にも喬の変化に重なる部分がある。

アルファは確かにオメガよりも優位にある存在だろう(他作品でもたいていそういう扱いになっているし)。
しかし、本作に限れば、アルファの能力というのは、オメガのフェロモンにより引き起こされる(実際、喬の身体的強化は、西央のフェロモンにあてられたあとに起こる)。言い換えれば、オメガなしには、アルファの優位性は保証されないのだ。
これは、アルファが抱えるジレンマだと言えるだろうし、それゆえに、アルファはオメガをより求めるのだとも言える(たとえ、本人がそれを望まなくても、本能で求める)

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喬は下巻で、「アルファとしての支配欲」に苛まれていくのだが、その中で、「西央を獲得すること」ではなく、「西央に選ばれる自分になる」を目標に据える。これもまた、『竹取物語』の帝に重なるあり方だと言えるだろう。一度かぐや姫のもとに侵入し、入内を強要することも可能でありながらも、帝は3年も文通をしていたのだから。

4.月か地上か、「普通」か「オメガ」か


下巻中盤以降、ヒートがおさまっていくなかで、西央は悩みを深める。
自分は「普通にもどりたい」のか、それとも「メスでいたいのか」と…
こじつけのようで恐縮だが、月からの迎えが近づくなか、地上と月とのはざまで悩むかぐや姫の反転のように思えてならない。

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思えば、西央はことあるごとに、「喬を巻き込んだ」という趣旨の発言をしている。喬から「普通を奪った」のが自分だと思っているのだろう。(それも「罪」だと思っているかもしれないから苦しい)
そして、一度オメガ性にめざめてしまった自分は「普通」には戻れない、という自覚もある。いまや、西央の「普通」=「オメガ」なのだ

となると、西央の悩みは、彼が言葉に出している内容とは微妙にずれていることになる。

「オメガだが、「普通」の西央として喬に接していく」
「ヒートにかかわらず、「オメガ」の西央として喬に接していく

の二者択一ということになるまいか。

「普通」として接すれば、喬を「普通」の世界に戻すことができる
しかし、「オメガ」として接すれば、喬は「アルファ」にならざるを得ない。

結論から言えば、西央は後者でありたいのだ。
自分は「普通」には戻れないのだし、喬が「好き」なのだから。

「普通」の西央は、喬に求められない、という認識が西央には強くある。だから「オメガ」に踏みとどまりたくなる。
でも、喬を巻き込みたくない、母親に迷惑をかけたくない、など、社会的な立場から考えれば、前者を選択するほかない。なにもかも抑制するのは、自分だけでいいということになる。なんとも苦しい。

このような苦悩は、『竹取物語』のかぐや姫にも見出すことができると思うのである。

5.「普通」を擬態する―地上の「月」


繰り返しになるが、かぐや姫は、不死の薬と手紙を帝に残す
手紙には地上への未練が書かれ(ていたと思われ)、不死の薬はいわば「月の住人化、あるいは再会を可能にするアイテム」である。手紙は姫が地上に残した自身の分身だと言えるし、薬は帝と自分を同化するアイテムと言える。

帝が薬を燃やすことで、二人の悲恋は決定的になってしまうのであるが、かぐや姫の心情としては、月だろうと地上だろうと、共にいることはできなくても、何らかの形で「つながっていたかった」と読むことができると思う。

西央も同じような気持ちだったことは、明らかだろう。
ただ、前述した通り、西央には、「喬に不死の薬を飲ませて、「普通」ではない道に引きずり込む」ことはできない、という意志が強くはたらいている。

喬が「一緒に「普通」を擬態しよう」と持ち掛けても、「好き」と言えない西央、喬に気持ちがあるとは考えられない西央に、それが見える。

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喬の中では、アルファのジレンマを解消する「西央の一番に選ばれる」という目標が定まっているのだが、「普通」でいられない罪悪感に縛られる西央には、それを読み取る余裕がない。喬が最後の最後で、「好き」だと口に出し、自身の「欲」を表明したことで、ようやく西央も自分の「好き」を晒せたのだった。

言うなれば、西央は薬も手紙も残さずに、からっぽの肉体を残し、魂だけ月に帰ろうとしたのではないだろうか。
それに対して喬は、不死の薬も一緒に飲むし、姫を地上に踏みとどまらせる道をとろうとした(=ふたりで「普通」を擬態する)

もっと踏み込んだ言い方をすれば、喬自身が、西央にとっての「月」になろうという選択である。

喬の前でだけ、西央は「普通ではないことが「普通」な自分」を抑制せずにいられるのだから。そして、喬もまた「西央を守り、西央に選ばれる」ことを実感できることで、アルファに飲み込まれずに、でも、アルファの「欲」を満たすことができる。
ふたりが「らしく」いられる「月」という場所を、互いの中に見出したということになるまいか。

本作は「僕らはエデンにいた」ということばで、一応の締めくくりを迎えている。


確かに、あの体育倉庫は、アルファとオメガという人類の「エデン」である。外に出れば、「普通」を擬態せねばならない。

しかし、もう二人には「エデン」は不要なのでは?というのが、私の読後感である。「エデン」にかくまわれずとも、お互いがお互いを守り、保証する存在になったのだから。

『竹取物語』は、地球と月という、異なる惑星の決別と、帝と姫の離別とが重なって描かれていると思う。
だとすると、「僕エデ」の場合は、地球に月の新たな拠点を受け入れた(作った)ような形になるだろうか。侵略というよりも、異種族融合の一歩のような感じがする。
オメガとアルファが地上に浸透することで、西央と喬の「罪」は、「罪」ではなく「普通」になるのである。それが果たして人類や地球にとって良いことなのかは、わからないが…


ということで、『竹取物語』を傍らに置くことで、本作をそのアップデート版のように読むことができるのではないか?という考察を試みてみた。
かなり強引になってしまった自覚はあるのだが、少しでも本作が持つ、魅力、多様な読みが可能であること、などが伝わっていれば幸いである。大変上質なBL作品に出合うことができ、私は大変幸せである。

ちなみに一ノ瀬先生による後日談もある。ご興味のある方はぜひご一読を。多幸感に包まれることは間違いない。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

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