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[今だけ無料]お金や名誉を求めるわけではない人間が仕事に尽力する唯一の理由は、拒否する際の罪から逃れるため|ジブン解決マドリンネ婦人 File.0001-4.2


「マダム、8割は理解できた。っつーか、引っかかってるのは最後だけなんだけど……」

「はい。報酬の3つ目の『拒否する際の罰』って……一体、何なんでしょうか?」

「おそらくこれこそ、マウリちゃんの疑問を解くカギ、引っ掛かりの根源ね。なぜならマウリちゃん、あなたはお金や名誉ーーつまり自分の利益のために仕事をするという表現に対して、違和感を感じているんですものね?」

「はい! 間違いなく」

 名誉、か……。うん、名誉なんて別にほしくない。お店は受賞を大きく見せてるけど、そんなの、ただの過去の一瞬の切り抜き。今の実際とはかなり違ってるし。

「それもあなたはさっき知った。仕事とは、依頼人の『生きる』を助け、役に立つこと。だから気高い人は自分の仕事に対して、『金のためにやってるんだろ?』と心ない一言で片付けられた時に憤りを感じる」

「たしかに、それは間違いねぇーな」

「そして、マウリちゃんにとっての仕事の第一目的は、美味しいお菓子を食べる時に起こる、喜びや癒やし、感動体験を多くの方に味わってほしいから。……間違いなくて?」

 あぁ、なんだか自然と満たされて、全身が潤っていく感覚。あ、自然と涙腺が……やだ恥ずかしい! 私はバレないようにとすぐ拭うと、気を取り直して言いました。

「ありがとうございます。この思いを、こんなに誰かと共有し合える日が来るだなんて、私……」

「うふふ〜、だってここは極上のご縁が行き交う場所ですもの。さぁ、Mr.早坂、ここで質問よ。あなたがお店のオーナーだとして、彼女に働いてもらうために、どんな報酬を支払うかしら? 聞いたように、彼女はお金も名誉も本来ほしくない人。だからもし、彼女の衣食住が満たされていて、お金がかかる趣味を一切持っておらず、今没頭できることがあるとしたら……」

「ん? ……まぁ、それが例の罪につながるんだろーけど……ギブ。ダメだこれ、マヂで全然想像つかねぇ。だってマウリちゃん、報酬なしで働いてくれそうってイメージしか浮かばねぇもん」

「自分でも……そう、思います」

「そう、彼女は引き受ける。では引き受ける意図は何? それが『拒否する際の罪』につながる……」

「私が引き受ける、意図……?」

「ではMr.早坂、あなたこのマドレーヌを食べてどう思った?」

「感動した」

 ドキッ! ……何回聞いても、そう即答してもらえると、このお菓子は私のすべてを費やしてるだけに……私自身が反応する。肯定された気がして……やっぱりどうしても、嬉しい。

「そうよね? じゃあ他のマドレーヌでは?」

「……ん? 待てよ。彼女の信念は、お菓子で喜びや癒やしや感動を味わってほしい、ってことで……俺は、彼女のお菓子に……つまり……」

 驚きと少しのためらいを見せた早坂さんに、マドリンネ婦人は嬉しそうに微笑みました。ん……?

「Mr.早坂。さ、オーナーとして、彼女が引き受けるように依頼して」

「エェェッ?! なんでそれ、俺がっ?!」

 ……あれ? なんで彼、そういう反応……?

「あらー、意外ね。あなたが彼女に多くを発言していたのは、全部自分を誇示するためだったのかしら? 彼女に気付いてほしくって……そうした意図があったと聞いたのは、アタクシの聞き間違いだったかしら?」

「だっ、それは」

「上から発言だけなら、威張り散らす小学生とどう違っていて?」

 ……あ。また、挑発。なんで、こんなに早坂さんに言わせたいんだろ? それも、早坂さんもなんでそんなに嫌がってるのかわかんない。けど……とにかく、これは挑発。だとすると……何か、そうすることをプライドが許してなくて、それをマドリンネ婦人は知ってて、何かその先にあるものに触れさせようと……?

 すると、スッと早坂さんはその真剣な眼差しを私に向けてきました。

 あれッ? ……ヤバイ、なんだろ、コレ……妙に、ドキドキする。だって、早坂さん……いつもみたいに余裕な感じじゃなくって、なんでか、ソワソワしてるというか……照れくさそうな。なんか……彼の心が揺れてるのが、視線にも現れてる。だからか、なんか……『本気』に見えて……アレ? 何、この感じ……。私の、心臓の鼓動が……!

「俺さ……マウリちゃん以外の味じゃ……ダメ、っぽい。……引き受けて」

 ……カァーッ! 背筋全体にゾクゾクゾクッて! 喜びと衝動で、全身が……どうにかなりそう! 何その、告白ッぽい言い方ーッ!

 私は過剰に反応してしまっている自分に気づき、とにかくそのすべてを隠そうと、とっさにうつむきました。それも……ヤバい、何この感覚ッ!! 今、全部が……あぁ!!

 私の体と脳内がパニックを起こしている間、その私の様子を受けてなのか、なぜか早坂さんは少し早口で声をあげました。

「……って! 俺だってクッソ恥ずかしかったんだからな! 一応!」

「でしょうねー。だってあなた、生意気な言い方でしか、他人に自分の本心を打ち明けたことがない人間だったんですものね? いい経験だわ〜、ご苦労様」

「……あー! また引っ掛けやがったな?!」

「『一瞬の恥の先に一生の宝』……良かったじゃない、マウリちゃんのおかげね」

「ハッ! なーんかムカつく! なんだよ俺、ハメられただけじゃん?!」

「いいえ、あなたにとってどうだったかは二の次。そっちはおまけよ。だって今、あなたはとても大切な仕事をやり遂げたんですもの……ねぇ? マウリちゃん」

 私は必死に、何度も縦に首を振りました。

 早く鎮まれ、とにかく鎮まって私の鼓動! ……ちゃんと、説明したい。告白っぽかった要素のせいで全身が過敏に反応しちゃったけど……でも、一気に解決した。伝えたい。頭の中で一気に繋がったあらゆる事実と思考ーー気づきの全てを。そしてそれと共に得た、この感覚を!

 ……頑張れ私! 私は深呼吸をしながら顔を上げ、ひとまずマドリンネ婦人に向き合うことにしました。早坂さんは……まだムリ。

「……よく、わかりました。もし私がお金でも名誉でもなく働くとすれば、それは、『自分自身が働かなかった時にお客様が困るという罪を突きつけられるのを避けるため』……ってことですね?」

「Exactly! もう少しソクラテスはドライで、自分より劣った人が働くことで受けるサービスには我慢ならないから、というようなことを言っていたから、誰のためかという点で差異はあるものの……おおよそ、あなたの疑問解消には役立ったようね」

 私はしっかりマドリンネ婦人の目を見て頷きました。

 ……スゴイ! 何か心の奥底から、急に言葉が溢れ出す……!

「さっき、誇りと自惚れの違いを自覚したはずなのに……私の中に、まだ、こびりついてた勘違いがあったって、今の話で気づきました。あの……またもや、ドス黒い話を少し……。厳しい自分が、いつも私にこう言うんですーー『別に、誰が作っても美味しいお菓子なら感動や癒しは得られる。だから私じゃなくてもいいに決まってる。それに賞賛の声は、あくまでお菓子にむけられているもので、私にじゃない。もっと言えば、お菓子の味だってまだまだ成長過程の段階であって、完璧じゃない。……なのに何、真に受けてんの?』って。だから褒められた時、『不快』というとオーバーかもしれませんが、なんだか建前にしか思えなくて……」

「ヒデェなそれ……冒頭で聞いてたら俺、キレてたと思うわ」

「……はい、私もです。今、コレも独りよがりだったって気がつけたのは、早坂さんのさっきの言葉のおかげで……!」

「ん?」

「『私の味がイイって本気で言ってくれる人がいる!』……早坂さんの本気が、私の否定的で凝り固まっていた内なる偏見フィルターをすべて突っ切って、私の心の奥底にグサッと! ……刺さった、というかなんというか……。なので、特に早坂さんに報告したいことなんですが……今は私、他の味でもイイんだろうな、とは思ってないです」

「ヘェ?」

「『私がやる、私がやりたい!』って……。もっと技術を磨いて、もっともっと、お2人の役に立ちたいって。感動とか、癒やしとか、興奮とか! いろんな感覚を、お菓子を通じて味わってもらいたい。……他の人の味でもいいだなんてウソだったんです。それは、私が自分を卑下することに慣れすぎて、諦めていたからそう考えるしかなかっただけで……。今は私、お2人の役に立つための舞台に、自分の意志で上がりたい! って……初めて、そんなだいそれたこと思ったんですけど、でも……悪くないなって」

 だって、これを言い切れるのは、私が2人を信じたいっていう強い願望。そして、2人の思いが嬉しいって事を示す、私の意志だから。ホント……どこまでも、独りよがりだったんだな。誇りを持つって言葉も、今ならようやく、本当の意味がわかった気がする。『自分じゃなくても』じゃなかったんだ……。『自分ができる事を誠心誠意、最大限にやって、誰にも追いつけないくらいになってやる』ってくらい、自己否定という逃げに走らない、健全な謙虚さで努力することーーそれが、人をただの人から、自他共に認める気高き Professional に突き上げていく。……そんな気がする。

 もう、大丈夫。だってほら……目の前に感じるこの温かい眼差しの意味、ちゃんと理解できる。素直に、認めてもらえることが嬉しいし、その期待に応えられるよう、努力していきたい。

 ……あ!

「そうだったんですね! 今わかりました。あ、いえさっき、マドリンネ婦人、『プロが自分の専門領域に対して自信を持っていない方が問題』っておっしゃいましたよね? 私、『それはそうだけど……』って、引っかかったんです」

「自分じゃなくてもいい、そうやって自信を持つのは自惚れ屋のすることだ……って思ってたから、だな?」

 私は頷きました。

「ちょっと恥ずかしいですが、今は……『癒しと感動とワクワクを届けるパティシエールです』って……少しだけ、そう言いたい気がします。それは、私自身が受け取ってきた愛を信じ、そして自分の志もそこを目指してるよって、周囲の方に知ってほしいので。……でもやっぱ、恥ずかしいですね……」

「ハハハ、大丈夫それフツーの反応。基本アレは、マダムキャラだからできることっつー気はするしな」

「ステキだわ〜! マウリちゃん、Mr.早坂が到達している段階はそこよ♪」

 あ! やっぱり!

「ハァッ⁈ 俺、ンなこっぱずかしいキャラじゃねぇーって」

「いえ、実はちょっとそうかもなー、って思ってました」

「ンンッ⁈」

 ウフフ……ちょっと混乱させちゃったかな?

「もともと話をうかがっていて、早坂さんが私より先にいるなーっていうのは思ってたんです。ありのままの自分で勝負できるーーそれってカッコイイな、って……。でも、私にはムリな次元だろうとも思ってたんです。けど……私には、『お菓子しかない』じゃなくって、『お菓子は少なくとも』ってことだったみたいです……」

「というよりも、『お菓子も』と言っていただきたいわ〜」

 相変わらず強気だな、マドリンネ婦人。でも、そう言ってもらえるだけでも嬉しい。

「ま、マウリちゃんと俺は相当似た価値観だかんな、そういう考えを持っちまってたとしても、おかしくねぇーとは、思うしな」

 エッ……?

「早坂さんもそんな事……思うんですか?」

「さっきも驚いてたよな? っつーか俺、結構庶民だかんな。フッツーに思うぜ? 『俺くらいできるやつとか、山程いるしな』って……。ま、でも俺はマウリちゃんほど仕事にかけてねぇってのがあっから、多分そこまでの固執になってねぇだけ、って思うけど」

「そんな! 早坂さんの代わりはいません! こんなに賢くて頭の回転が早くてコミュニケーションスキルが高くて……もったいないです、そんな自己評価!」

「ハハハ、オケおけ。どーも。……んでもって、おんなじ言葉、返すわ」

 ハッ……またその意味深な眼差し! 早坂さんが私を、試してる……? でも、うん……また1つ、大事な事が体感で理解できた気がする。『……もったいないです、そんな自己評価!』……きっと、ここを私に投げてくれたんだと思う。私と同じ意図で。

 そっか……根本的に、私なんかいてもいなくても世界には一切影響しないーー怖いジブンはそうやって私を否定し続けてきた。私もずっとそれを真に受けてきたけど……違うのかもしれない。だって私は、プロのパティシエール。ここにいる2人のお客様や、これまでも大勢のお客様にお菓子を通じて素晴らしい体験を届けようと頑張ってきた。それは自信を持って言える。だから……。

 ケド、ちょっと、待って……それって、自信がある仕事を持ってる私だけが、言えること? でも……。あ、また、次々に脳裏に考えが……。

 うん……聞いてみたいな、この件。このお2人に。



To be continued…


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


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