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怪作!経済バトル漫画「ハイパーインフレーション」を全力で布教したい!

近年では随分と漫画が無料で読めるサイトやアプリが増えてきたが、その中でもクオリティと作品数がずば抜けているのはやはり「ジャンプ+」だろう。
週刊少年ジャンプ系列のこのアプリでは、本誌に負けず劣らずの傑作が日々産まれ、鎬を削っている。
後にジャンプ本誌で「チェンソーマン」を連載し、大勢の読者を地獄に叩き落とした藤本タツキ先生も、ジャンプ+で連載した「ファイアパンチ」が初連載となる。一話目から人肉食、近親相姦、殺人といったタブーを犯しまくるこの怪作は、WEB連載でしかできない尖った作品と言えるだろう。チェンソーマンでもその傾向は見られたが、本来のエグみを残したまま上手いこと食べやすくマイルドに仕上げていた。
そのチェンソーマンだが、本誌で第一部の連載を終え、再びジャンプ+に舞い戻って二部の連載を続けるという。本誌には載せられないような過激な描写が復活するのか、まさかのお色気路線なのか、それとも正当な続編なのか、ファンの期待が高まっている。

前置きが長くなったが、ここで言いたかったことは、本誌ではとてもできないような挑戦的な内容でも、WEB連載では載せられるし、それが長所になりうるということだ。

そしてここからが本題だ。
ジャンプ+で連載中の漫画「ハイパーインフレーション」もまた、本誌ではとても連載できないような尖った内容と魅力の詰まった怪作である。
その独特すぎる作風と面白さに私は魅了されてしまった。できるだけ多くの人にこの作品を布教したいと思い、こうして文章を書いている。その尖った作風故に中には受け付けない人もいるだろうが、だからこそこの作品を知る人の分母を増やしたい。

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【第一巻表紙】

漫画「ハイパーインフレーション」は、ジャンプ+で隔週連載されている漫画である。
舞台は架空の世界だが、概ね植民地時代のアフリカと、それを支配しているイギリス帝国になぞらえている。
主人公の少年ルークは支配される側の住民で、贋金を鋳造しては帝国相手に詐欺を働くといった頭脳派だ。

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【第一話より引用】


しかしある日奴隷狩りにあい、姉と共に奴隷として捕らえられてしまう。ルークが神を呪ったその時、目の前に神が現れ、ルークは不思議な力を授かる。それは「自分の身体から偽の帝国紙幣を無尽蔵に産み出す」という能力だった。ルークはその力と頭脳を駆使して奴隷商相手に立ち回り、攫われた姉を救い出そうと奔走し、船で帝国を目指す。というシナリオだ。

奴隷や植民地支配の歴史、金の含有量の違う偽のコインや、それを使った詐欺行為、商人同士の腹の探り合いと騙し合いなど、シリアスで重厚な物語が繰り広げられる。

だが、この漫画の魅力はそれだけではない。
この漫画、頭がおかしいのだ。

もう一度言う、この漫画は頭がおかしい。

頭がおかしすぎて、どこから説明していいかわからないが、ルークの能力である「身体から偽の紙幣を産み出す力」がまずおかしい。
というのもこの力、神が「生殖能力と引き換えに」与えた力である。それだけなら特段おかしいものではない。しかし、なにがどうしてそうなったのか、ルークが身体から紙幣を産み出す能力を使用すると、ルークは絶頂する。

もう一度言う、ルークは身体から紙幣を産み出し絶頂する!

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【第一話より引用】


「生殖能力と引き換えに」って別に「射精感覚で紙幣を出す」ってわけではなくない……?
いや、とにかくそうなのだ。別に作中で射精と直接結びつけられているわけではないが、ルークは身体から紙幣を産み出すたびに頬を赤らめ、息を荒げ、汗を垂らし、体力を消耗する。

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【第二話より引用】


完全に射精じゃん。
※別に紙幣はペニスから出てくるわけではなく、身体のどこからでも自在に出現されられることは断っておく。

とかくこの一点だけでも頭がおかしい。もしかしたらこの説明によって興味を失った人もいるかもしれない。
かくいう私も、第一話を読んだ時点ではこの狂気に耐えきれず、しばらく距離を置いていた。
だが、この狂気に身を委ねた人々が連載が進むたびにこの漫画を称賛していくので、私も鼻をつまんでもう一度口に入れてみた。
するとどうだろう。鼻をつく独特の刺激臭の奥には、何とも味わい深い、しっかりとした旨味が広がっていたのだ。
それに気付いてしまえば、刺激臭もまた魅力の一つになる。好きな人の臭いが魅力的に感じられるのと一緒だ(?)


さて、ハイパーインフレーションの射幣(射精+紙幣)能力であるが、見た目の一発ネタ感に反して、主人公ルークはこの能力を軸として様々な駆け引きが繰り広げる。
「紙幣の記番号が全て同じなため見比べるとすぐに偽札とバレる」という致命的な欠陥を抱えながらも、そのデメリットを回避した使い方を模索し、状況を好転させていくのだ。
一枚一枚を賄賂として用いる。大量にばら撒いて目くらましにする。斬撃から物理的に身を護る盾とする。射幣後の賢者タイムを利用して思考をクリアにするなど、能力をフル活用して障害を乗り越えていく(一部おかしくない???)

一見……というかどう見ても完全にギャグでしかない射幣能力と、手に汗握る熱い頭脳戦のコラボレーション、それこそがこの漫画の魅力である。
言ってしまえば「シリアスな笑い」だ。

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【バクマン。より引用】


「シリアスな笑い」とは「登場人物は大真面目だが、それ故にその絵面が傍から見たら笑える」というものだ。この場合、登場人物は真面目であれば真面目であるほど良く、状況が逼迫していれば逼迫しているほど良い。

その意味で言えば、ハイパーインフレーションという漫画は「奴隷として捕らえられていて」「逃げなければ奴隷船にぎゅうぎゅうに詰め込まれ5人に1人が死ぬような状態で」「姉が何処かへ売り飛ばされ」「船を奪って逃げても銃を持った追手に追われ」「仲間が次々と撃ち殺され」「なんとか交渉に持ち込んだが相手は経験豊富な大商人」という、究極に緊迫した状況である。
奴隷に購入価格以上の価値はなく、奴隷の健康に配慮するよりたくさん船に乗せて死んだら捨てるという扱いのほうが安上りという理由で船底に敷き詰められる。

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【wikipediaより引用した史実での奴隷船の様子、ハイパーインフレ作中でもこれと同様の扱いがされている】


人権などといった概念はなく、そもそも奴隷は人扱いされない。ただの商品であり、価値なしと判断されれば平然と殺される。
そんな殺伐とした、奴隷とされる人々にとって地獄でしかない状況下で、ルークは生き残るために、姉を救うために、仲間たちを助けるために、必死になって贋金を排出して絶頂している。

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【第三話より引用】

なんだこれ??????
奴隷が平然と殺されたと思った次の瞬間にはルークが絶頂して身体を震わせている。それも大真面目に。このジェットコースターのような緩急こそがこの作品の魅力である。シュールな笑いの極致。
本当に頭がおかしくなりそうなほど振り回される。とにかく意味が分からない。いや意味は分かる。登場人物は総じて頭が良く、全ての行為には筋が通っていて論理的だ。だが絵面は意味が分からない。混乱する。

しかもこの緩急、決して主人公だけの専売特許ではない。脇を固める他キャラクターたちもまた、すさまじい緩急で読者の脳を揺さぶってくる。

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【第一話より引用】

主人公ルークの前に立ちはだかる敵、「大きな赤ちゃん」こと大奴隷商人グレシャム。
登場早々ルークの作った偽の金貨を見抜いたことに始まり、ルークの姉をオークションに出品する、ルークの作戦を見抜いた上で自身の金儲けのために利用する、奴隷に氾濫を起こされてもなお生き残りの術と平行して金儲けを行うなど、常に金を稼ぐことを考えている大悪人として、そして凄まじく頭の回る強大な敵として描かれる。

が、このグレシャムの振り幅もすさまじい。
敵として描かれる一方で、金儲けに目がないがゆえに自分が得する可能性があれば主人公ルークの作戦に平然と乗ろうとしたり、ルークの商才をただ一人認めて真正面から賞賛するなど、話の分かる理解者としての側面も描かれたりする。
部下が奴隷を撃ち殺した際には「あの奴隷は60万だぞ! 殺すな! 命の尊さが分らんのか!」と罵倒している。奴隷商人が命の尊さを語る、名シーン過ぎる。

ただひたすらに金儲けのことだけを考え、倫理も道徳もクソもないがそれ故に得するのであれば交渉もできるし話も分かるし人命を重視するという、一癖も二癖もある人物として描かれている。そして頭がおかしい。これもまたシリアスな笑いだ。

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【第二話より引用】


主人公ルークの仲間、レジャット。奴隷として捕らえられたルークに反乱計画を持ちかけ、それを主導した謎の男。
実は彼の正体は帝国側のスパイであり、事故で奴隷として捕らえられてしまったが、そこで偶然出会ったルークの隠された能力に興味を持つと同時に危険視し、彼の右腕として付き添いながらその能力を探っている。
という、設定だけ見ればシリアスで複雑な環境に身を置くキャラクターである。朗らかな態度の裏で蛇のような視線をルークに向け、決して曲げない信念を抱き、荒事にも慣れており、ルークの身柄を確保しようと虎視眈々と狙い続けている。が、やはりこいつも頭がおかしい。
ルークの能力を探るために親密になろうと唐突にボトルシップを作って見せてガン無視されたり、窮地を脱したルークに抱きつかれて陰でガッツポーズを決めたりと、微妙にズレた行動が笑いを誘う。そもそもスパイのくせに普通に奴隷狩りに捕まっているところからして面白過ぎる(潜入捜査のために武装がないので仕方がないのだが、それにしたって間抜けな話だ)

登場人物の言動やシチュエーションとのギャップに加え、すさまじい勢いで展開される独特過ぎるセリフ回しや、唐突に繰り出されるシュール過ぎる絵面など、この作品の魅力は語りつくせない。
しかし、ギャグを懇切丁寧に解説することほどナンセンスなことはないし、あまり触れすぎるとネタバレになってしまう。ここから先はコミックスを買って確かめてほしい。アプリなら多分初回は全部無料で読める。
是非アプリで読んで、コミックスを買って欲しい。とにかく私は応援している。めちゃくちゃ続きが気になる。なんだ最新話のあの展開は。グレシャムもレジャットもかっこよすぎるだろ。ルークも頭はいいけど経験が少ないのと机上の空論的なところがある一方で大人たちが頭もよく経験もあり常に相手を疑い裏をかく策を忍ばせているというバランスがとても良い。本当に面白い頭脳戦を繰り広げている。
射幣さえなければ普通の頭脳バトルモノなのに! けどこれがなければハイパーインフレーションじゃねえ!

では最後に、コミックス1巻に書かれた作者からの言葉を引用してこの記事を締めくくろう。まさに本作品を象徴する素晴らしい言葉だと思う。


人間のカッコいいところが好きだ。
だが、それ以上にカッコ悪いところが好きだ。
真剣に何かに取り組む姿が滑稽にカッコ悪く見えることがあるが、
そんなのは最高で、この漫画では、それを描いた。
無論――真剣に。

住吉九


ジャンプ+ハイパーインフレーション1話
https://shonenjumpplus.com/episode/13933686331749163174


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