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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2022年5月の記事一覧

早い目の避暑

早い目の避暑

「初夏ですなあ」
「そうか」
「暑くはありませんか」
「暑い」
「初夏ですからなあ」
「そうか」
「今年は早い目に村岡へ参りましょうか」
「そうじゃな」
「百所どもは、今年はとんでもない暑さになりそうだと申しております」
「初夏でこの暑さじゃ。先が思いやられる」
「では、早い目に避暑へ」
「村岡在には誰がおる」
「栗田様が預かっておられましたが、高齢なので、前川様が」
「前川も年寄りではないか」

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人が出てこない町

人が出てこない町

 町は人。人がいるので町。町があるので人がいる。人が先だと思われるのは、その町を作った人がいるし、その地を知っている人がいる。ここに町を作ろうかと。
 また、この道沿いに町を作れば、いい感じだろうということで、作ることもある。
 三崎町。何処かで聞いた地名だ。他にもあるかもしれない。しかし、島岡は三崎町を知っているし、よく行っていたことがある。通り道のため、寄り道で。
 また、イベントもあり、そう

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蛙の鳴き声

蛙の鳴き声

 雨が降るのか、カエルが鳴いている。しかし、カエルの姿は見えない。声だけ。音だけ。またその近くにはもうカエルなどいない。
 田んぼがあった昔は五月蠅いほど鳴いており、畦道やその横の小川にいた。田に水を引き込む溝のようなものだが、草で覆われ、カエルもいればヘビもいた。
 そんな時代ならカエルの合唱が聞こえたのだが、絶滅した。一匹もいないはず。それなのに鳴いている。ただ、一匹だけで、合唱ではない。
 

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司令塔

司令塔

 夕方前の散歩に出た岩倉は、少し遅いような気がする。しかし、初夏の陽射しがきつく、もう少し遅い方が凌ぎやすい。
 いつもの時間なら真っ昼間の暑さがそのまま来ているだろう。そのため、ちょっと遅くなったが、悪くはない。
 遅くなった原因は起きるのが少し遅れたことと、午前中の日程の中に、余分なものが入ったことだろうか。実際には余分ではなく、必要なことなのだが。
 これだけで遅くなってもおかしくない。遅起

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下北井町

下北井町

 下北井町だけがあって、上北井町はないし、また北井町というのも下北井町の近くには見当たらない。ということは、この下というのは、上下や南北を表すのではなく、下北井という名なのかもしれない。
 下北井町。町だ。市街地の中の住宅地。その周辺の町も殆どが宅地。田畑や工場はないが、家庭菜園の畑や、小さな鉄工所や、車の修理工場がある。だが、工場という規模ではなく、個人家屋の敷地レベル。
 所々にマンションが建

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触手を伸ばす

触手を伸ばす

 瀬宮は以前なら見向きもしなかったものを見るようになった。見るものが他にないためかもしれないが、以前から嫌いだったものは相変わらず、それは見ない。存在し、目の前にあり、それが接してきても。
 そんなときは無視するか、それが出来ない場合はそっと後ずさり、離れる。何処まで離れれば安全圏かは分からないが、気にならない距離という程度だろう。
 さて、今まで見向きもしなかったものだが、好きも嫌いもない。興味

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西野江沢峠の怪

西野江沢峠の怪

西野江沢峠の怪
 野江沢峠の西に、もう一つ峠がある。峠の名はない。敢えて言えば西野江沢峠。
 山にかかる道が途中で二つに分かれるが、西側は廃道に近いほど荒れており、人が通った形跡が殆どない。轍の跡もない。地道は少し見えているが、草で覆われ、苔が生えている。
 野江山を含む低い連山が続いており、山越えとなるのだが、中腹あたりを越える。その越え口が野枝山の東西にある。低くて浅い山だ。
 その峠の下は沢

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初夏の陽気

初夏の陽気

 まだ春なのに、初夏のような陽気に三船は襲われた。陽気なので、悪いものではない。陰気なら別だが、初夏の陽気に襲われるとはどういうことだろう。早くも夏バテでもしたのだろうか。
 快晴で申し分ない。春の中途半端な暖かさではなくキリッとした暑さが入っている。
 しかし、三船は毎年、この初夏というのが苦手。陽気になりすぎ、頭がゆるくなるのだ。冬場のキリッとした頭とは別になり、緩んでしまう。
 正月あたりか

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水分不足

水分不足

 梅雨前の暑い日。カラッと晴れており、空気も乾燥している。蛭田は湿り気がないと駄目で、日ざらしの中では干からびてしまう。待望の梅雨が違いので、あと一踏ん張りだが、そんな頑張りを人には言えない。
 だからカラカラに乾いていても、何事もないかのように平常通り過ごしている。というふうに見せている。実際には苦しいのだ。
 雨期に入れば天下。ここで一年分の仕事をする。一番動きやすい季節、過ごしやすい時期なの

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千夜夜夜

千夜夜夜

「千夜夜夜ですか」
「千日、毎晩です」
「何年ぐらいになります」
「私はやっていない」
「いや、千夜は」
「三年近くでしょ」
「長生きした人にとっては短いですねえ。ところで、先ほど、あなたはしてないと言っていましたが、どういうことでしょう」
「千日間、苦行をする、辛い行です。その間、それしかできない。しかし、千日単位の行事は結構ありますよ」
「千夜夜夜もそれなんですね」
「そうです」
「夜の文字が

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原因の真の原因

原因の真の原因

 日々の暮らしの中で、色々と想像することが多々ある。日々の中には仕事も入っている。家の用事や仕事も生活の中に含まれる。同じ人がやっているので。
 想像力というようなたくましい力がなくても、色々と想像はできる。これは、思うという程度だろうか。
 しかし、推測する。憶測する。詮索する。先へのことではなく、起こったことの原因を考えることもあるだろう。歴史的な事件ではない。些細なことであり、ちょっとしたこ

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暇潰し

暇潰し

「曇っているし、暗いし、肌寒いし、こんな日は何もしたくありませんねえ」
「鬱陶しい日ですねえ」
「元気が削がれます、まあ元気がないので、今日は捨てます」
「捨てる。今日をですか」
「はい、有意義なことを今日はしない」
「ああ、そういう意味ですか」
「ところが晴れていて季候もよく、元気なとき、果たしてどのような有意義なことをしているのかと考えると、それほどのことはやっていなかったりするのですよ。やっ

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内なる世界

内なる世界

 悪い状態が続いていても、何処かで流れが変わる。逆に良い状態が続いていても、何処かで流れが変わる。
 この流れは気持ちの問題ではなく、もっと具体的で、現実のもの。物理的な変化があればさらに分かりやすい。
 このままでは何ともならないと思う日が続いており、変化も殆どない。多少はあるが、悪い側での揺れのようなもの。
 しかし、それとは違う質のものが動くことがある。いい兆しのような。悪いことは悪いが、ち

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懐かしい町

懐かしい町

 一つか二つ前の、ちょっと昔の家が残っている一角がある。それよりも古いかもしれない。
 三島はもう年なので、懐かしい風景だろうか。子供の頃によく見かけた家。農家ではなく住宅地。当然殆どは建て替えられて、そんな時代のものなど見かけるのは希。
 しかし築百年前後なので、そのまま残っている家もある。外壁などは変わっているが、まだ当時の木の板を張り付けた家も一部残っている。
 このあたり、辺鄙な場所なので

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