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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2022年3月の記事一覧

訪ね歩く

訪ね歩く



「それなら柏岸の玉蔵さんを訪ねなさい」
 岩木は港町の奥にある村に住む玉蔵を訪ねたが、もう引退したらしく、舟には乗っておらず、川縁でフナやモロコを釣って遊んでいた。
「そうか、引退なされたか、じゃあ吉戸谷の浜崎老師を訪ねるがいい。あの人には引退はない」
 岩木は三日ほどかけて、草深い山寺へ行ったのだが、老師は既に亡くなっていた。
「亡くなられたか、それは知らなんだ。かなりのお年だったからのう。

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活動家

活動家



 下崎三右衛門は、もうどうでもよかった。
 暖かくなってきたので、濡れ縁に座り、庭の桜を見ているだけで、充分だった。
 芝垣藤十郎がたまに訪ねてくる。今日もまた来たようで、裏木戸から入ってきた。
 下崎三右衛門が桜を見ている時間はそれほど長くはない。一寸座り、さっと眺めて、さっと座敷に戻ることが多い。
 もう寒くはないので、座敷で寝転んでも見ることが出来るが、それほど見たいとは思わない。咲いて

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桜と雀

桜と雀



 咲き始めの桜に雨。
 桜並木の歩道を浦田は歩いていた。雨の日でも散歩。
 大した降りではなく、傘がいらないほど。しかし差さないと僅かだが上着が濡れる。
 中には満開の枝がある。しかし、その下を見ると、既に落ちているのもある。
 犯人は鳥。雀が突いているのだ。花びらではなく何か甘い蜜でもあるのだろう。狙っているのは花弁だろうか。花の後ろ側の付け根あたりの赤いところかもしれない。
 そのとき、花

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謎のビジネスマン

謎のビジネスマン



 中年を過ぎたような年齢で、分別臭い顔をしている。決まり事があり、それに従い、それ以外の道へは行かないのだろう。
 スーツ姿で、一寸デザイン性のあるビジネスバッグをぶら下げているが、手提げにもショルダーにもなるが、所謂書類入れなので、それほど分厚くはない。荷物が多いときなどは困るだろう。
 そして決まった時間に駅のホームに現れ、電車に乗り、終点で降りる。似たような人が多い駅だが、ラッシュ時は過

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式紙

式紙



 古い言葉は使われなくなるのだが、同じ意味を差す新しい言葉ではなく、その古い方の言葉なり、言い方に変えてみると、そのもの自身が古式めいてくる。
 古い時代の式、これは式場のなどの式であり、計算式でもある。古い尺度とか、古い格式の付け方とか。
 それにより、同じものを差しているのだが、ニュアンス、感じが違う。そしてどういう見方をしているのか分かってきたりする。その位置から見れば、そうなるような。

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下がる

下がる



「見苦しい、下がれ下がれ」
 殿様は機嫌が悪くなり、側近の佐々木を下がらせた」
 佐々木を見ただけで苦しくなるわけではないが。
 しばらくして、殿様は佐々木を呼んだ。話の続きを聞きたかったため。
 しかし、控えの間に下がっているはずの佐々木がいない。同役に小姓が聞くと、下城したようだ。まだその時刻ではない。
「そこまで下がる奴があるか、呼んでこい」
 今度は佐々木と同輩の側近が佐々木家の上屋敷

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ライバルの幽霊

ライバルの幽霊



「山本、山本じゃないか」
 菅田はアパートの一室で深夜仕事をやっている。背中に視線を感じたので、そちらを見ると、ドアの前に山本が立っている。長く伸びた髪の毛と丸い眼鏡、そして古臭いブレザー。顔は真っ青。
 ドアは閉まっており、鍵もかかっている。しかし、既に三角の靴脱ぎにいるのだ。
 山本とは仕事仲間で、親しい方だ。しかし、ある日姿を消し、行方不明。
 山本は田中が気付いた瞬間、すっと消えた。ま

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菜種梅雨の番

菜種梅雨の番



 予報では雨は一日となっていたが、翌日、やんでいたが、また降り出した。話が違う。天気予報とはそんなもので、話というのもそんなもの。
「菜種梅雨でしょうか」
「ああ、この時期だね、ちょうど菜の花がいい感じで咲いている頃だよ」
「春雨とはまた違うのですね。春に降る雨なので、春なら全部春雨。秋なら秋雨。夏と冬はどう言うのでしょうねえ」
「季節の移り変わりの雨だろうねえ。春と秋はそんな感じだ」
「じゃ

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妖怪像

妖怪像



 箕田は変わったものが好きなのだが、それは変わっているからだ。そのものが変わっておれば、それで充分。
 その中身も変わっているほどいい。一寸風変わりな内容とか、意味とか、その程度で、これは分かりやすい。見た感じですぐに分かる。他とは違っていることが大事。そこに価値を見出しているのだが、変わっておれば、それでいい。その口当たりがいいのだ。
 箕田は変わったものが好きだが、それ以上のものではない。

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夜中の目覚め

夜中の目覚め



 夜中、ふと目を覚ますと、どこか遠いところに行っていたような気がする。悪いところではない。
 秋山は、また目を閉じる。先ほど行ったところへまた行きたい。しかし、そんなことは無理。
 それよりも、目が覚めたとき、これまでの世界とは様子が違っているように思われた。夜中、目を覚ますことはよくあるが、ここは何処だろうと思うことは希。
 目が覚めるまで、夢を見ていたようにも思うが、まったく覚えていない。

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探究心

探究心



 仕事を終え、外食を済ませ、部屋に戻った岸和田は、自分の時間を過ごしていた。決まってやることがあり、それを今夜もやっているのだが、どうもいけない。
 飽きてきたのか、それほど楽しくはない。それで、部屋の片付けをやり出したのだが、これは無機的。ただの整理なので。しかし、無機が有機に変わることもある。
 整理しているものは見慣れたもの。最近使ったものや、出しっぱなしのままのものとか、昨日使ったハサ

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就活相談員

就活相談員



「面接があるのに、途中で気が変わり、やめたとか。入社して、合わないと思い、すぐにやめたとか。そういう話ではなく、元気で頑張って会社へ行っていますという話をお願いします」
「会社でないと駄目ですか」
「仕事なら、会社員でなくてもかまいませんよ。でも殆どは会社でしょ。保険とか、そのあたりを考えれば、普通の会社で、普通に働いていますといえば、社会人の判子を押して貰えます」
「しかし、元気で頑張って、

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蝉屋道士

蝉屋道士



 蝉屋道士は言い過ぎた。それで反省している。いいことを言い過ぎたのだ。真理のバーゲンセールをやったようなもので、言い過ぎると、値打ちが下がる。しかも値段が安いので、いい言葉でも安っぽくなってしまう。
 蝉のような儚い人生。これも言い過ぎた。地上に出てきて鳴いている時は短いが、地下に長いこといるので、数週間の命ではない。もっと長い。
 蝉屋と名乗っているが、蝉を売る商売ではない。買わなくても夏に

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石垣の寺

石垣の寺



 町から少し行ったところに寺がある。のどかな村から山に入ったところ。
 町は小さな盆地にあり、城があった。山城ではないが、山にかかっている。今は何もないが、石垣が残っている。
 さて、のどかな村の先にある寺だが、こちらも建物はもうない。
 城下から村へ続く道は旧街道。しかし、その面影は何も残っていない。村から山間へと続いているのだが、山間を通って、この時代で言えば敵地と繋がっている。しかし、裏

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