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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2022年2月の記事一覧

趣味の話

趣味の話



 これは楽しいだろうと思い、手に入れたものがある。興味があるのだろう。好奇心。それに、田村が見付け出したもので、探せばまだまだある。
 手に入らないものもあるが、一寸無理をすれば何とかなる。当然絶対に探しても見つからないものもある。これは最初から無いのだから、手に入れようがない。
 それで田村は暇に任せて、増やしていった。これもいいだろう、これがいいのだから、これもいけるはずと、余計なものまで

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汎神

汎神



 今日は凡々でいいかと三村は思った。
 平凡で、特に何もない日。良い家のボンボンではない。
 それは最近一寸刺激のある良いことが続いたため。それほど続くわけではないが、続くと期待してしまう。今日はどんな良いことがあるのかと。
 しかし、今日はそんなことが起こりそうにないし、また予定されているわけでもない。良いことが来るとすれば偶然だろう。
 だから、つまらない一日になりそうなので、もう期待しな

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音なしの人

音なしの人



 一寸、気の抜けたような日がある。
 何かが一段落したのか、島村は気抜け人のようになっている。緊張の糸が切れたためだろう。しかし、何に緊張していたのかは傍目では分からない。
 ただ、活力に満ち満ちたような顔付きをしていたのは他人からも顔付きではなく態度で分かる。
 何が原因なのかまでは分からないが、それは言わないため。
 そして目付きも穏やかになっているというが、目もとを見ても、実際には分から

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日常が狂う

日常が狂う



 日常は一寸したことで崩れる。破壊するわけではないが、常の日々、同じような日々が狂うことがある。
 それで狂気の世界に入るわけでも、狂った日々になるわけではない。これが続くと気も狂うわけでもない。
 そのレベルではなく、一寸した狂いが道筋を変える。
 冨田は行きつけの喫茶店が年に一度だけ休むことを知っていた。貼り紙も見ていた。しかも一ヶ月前から貼りだしていた。
 そのため、日にちは知っている。

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歯がゆい思い

歯がゆい思い



 先に未来があるのか、先に過去があるのか、どちらだろう。
 高峯は暇なのでそんなことを考えていた。何の役にも立たないこと。それを考える意味は暇を潰すこと。
 少し先、未来という規模ではないが、やることがない。次にやることは夕食。それまでの過ごし方が未来にある。すぐ先のことだ。
 考えている間に過ぎるほど短くはないが、ぼんやりしていると、その時間になるかもしれない。
 次は夕食後、何をするかだ。

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ある戦場

ある戦場



「誰か槍組に入るものはいないか」
 彼らはそっぽを向く。
「弓組ばかりではないか」
 槍組、この部隊の槍は長くはない。それが不満なのだ。槍は槍でも長槍。その分、重いが、細い。かなりしなり、折れそうなほど。それぐらいがいいと、彼らは考えていた。
「弓はもうない。残りは槍組に行ってもらう」
 彼らは渋々槍組に入った。
 弓組と違い、頑丈な胴巻きが支給された。分厚い。敵と槍の距離分接近する。陣笠も与

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私ごと

私ごと



 寒い日だった。米を買いに行った。
 米谷は私事をしていると感じた。私がしていることなら何でもかんでも私事なのだが、この米買いは米谷だけの用事。自分だけのこと。
 だが、私事であっても、そこへ行くまでに公道を通る。見知らぬ人達ともすれ違うだろう。下手をすると米谷だけで済む問題ではなくなるかもしれない。
 その米。銘柄は何でもいいが、販売者や生産者に関係するかもしれない。つまり一つ米谷が米を買う

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忘備録

忘備録



 今日は何があるのだろうか、と里村は思った。
 毎日、何かがある。それはあるだろう。あることはあるが、一寸違うことがいい。日記を書いておれば、これが一等で、メイン。
 いつもとは違う出来事や、その日、気になったことを書くはず。
 それで、日記のメインを書くために、今日は何があるのだろうかと期待しているわけではない。実は普段通りでいい。
 特に記するようなものがないほうが楽。昨日と同じようなこと

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寒波襲来

寒波襲来



寒波襲来
「明日から寒くなるらしいですよ」
「また、寒波ですか」
「今冬最強とか」
「寒波が来るたびに、そう言ってますねえ」
「冬が深まるほど寒くなるので、寒波も強く感じるのでしょ」
「そうですか。天気予報、有り難うございました」
「私は明日仕事を休みます」
「外でのお仕事ですか」
「屋根がないところなので」
「雨か、雪が降ると屋外じゃ、きついですからねえ」
「寒いだけで、充分です」
「なるほ

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冬の春

冬の春



 冬の暖かい日。このまま春になってしまうのではないかと北里は期待する。我が世の春は一度も来ない。
 しかし、過去を振り返ったとき、あの頃が絶頂期だったのではないか。だが、そのときは気付かず、またその後も気付かないまま。
 それを最近、気付いたのだろう。何がきっかけなのかは分からないが、春を待っている頃なので、思い浮かんだのかもしれない。
 それは何でもない時期だった。そして平凡な日々。特に変化

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犬参り

犬参り



「このお百度石、犬が参っておる。この石柱から本殿まで、何度も何度も往復しておる。しかも早い。まるで狂ったかのようにな。犬とはいえ、神殿の前では手を合わす。いや、足かな。そういうものが見える」
 入道がそう言う。
「本当ですか」
「問題は狛犬。本殿に犬が近付いたとき、この狛犬が反応する。二匹おるだろ。獅子ともライオンともつかぬが犬とも言えぬ。神獣じゃな。犬も狛犬を警戒しておるようだが、何度も回る

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凡作家

凡作家



 白峰はよくいる職人。これは個人技で、個人芸。一人でやる。
 そして凡作が多く、何とか「並み」のレベル。「普通」「まずまず」で、特に優れたところはない。
 キャリアはあり、長い。熟練の域に達しているはずだが、仕事が早いわけではない。
 ある目利きがおり、作品から、人柄や、その奥に潜むもの、あるいは傾向とか、かなり言い当てることが出来る。だから目利き。当然作品に関しての、その出来不出来なども鋭く

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闇からの声

闇からの声



「なほとか村?」
「はい、つい口ずさんでしまうのですが、しまったと思います。何か気味が悪い、不吉な言葉なのです」
「ご存じの村ですか」
「知りません」
「何処かで知った村ですか」
「違います。でも何処かで聞いたのかもしれません。漢字が出てきません。音で知っているのです」
「では、聞かれたとか」
「相手が分かりません。誰かから聞いたという記憶はありません」
「テレビとか映画とかで、その言葉が出て

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残念

残念



 通り過ぎたものの中で、いいものがあるかもしれない。
 当時は気付かなかった。よくあるものとして、またそれほど優れているとは思っていなかったもの。
 当然そういうものは噂にも上がらなかったし、またその後、見直され、浮上することもない。話題に上がらないので、表には出てこない。
 それほど古くはなく、新しくもない。さっと乗り換えられたもの。いっときの通過的なもの。だから、さっと流してしまう。見逃し

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