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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2021年9月の記事一覧

筮竹の戦い

筮竹の戦い



「まだ落ちぬのか」
「はい」
「援軍を送ったはずじゃぞ」
「十分すぎる兵力は最初からあります」
「敵は五百はいるか」
「切っていますが、敵城の士気が高か過ぎます。籠城はもはや限界かと思われますが、一向に勢いは落ちません。それで、なかなか突っ込めないのです」
「高島はどうした」
「高島?」
「軍師として雇っていたはず」
「あの者は占い師です」
「高島に行かせろ」
「同じです。占いで決められても何

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吉野桜の葉見

吉野桜の葉見



「吉野の桜を見に行こうと思うのですが」
「今、秋ですよ。葉っぱだけですよ」
「はあ」
「葉を見に行くのですか?」
「いえ、でも秋が深まれば葉も見られなくなりますので」
「しかし、桜は花見でしょ。花を見に行く。葉見じゃない。桜が散ってから、春夏秋と、ずっと葉はありますよ。だから珍しくはない。よって見に行く気にはならない。いつでも見られるのですからね。冬に葉を落とすまでは」
「じゃ、嵐山のモミジを

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夜の神社

夜の神社



 誰もいないはずの夜の神社。鎮守の森に囲まれた村の神社。規模は小さいが、一ヶ村に一つはある。なければ駄目というわけではないが、お隣の村の神社へ行くわけにはいかない。敵同士ではないが。
 今は、そんなことはなくなり、住宅が田んぼに生えたような状態で、人口は余所者の方が多い。当然氏子ではない。また氏子になるのが逆に難しいのではないかと思われる。古い共同体なので。
 そんな村の静かな神社、その社殿に

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駅前狸

駅前狸



 オフィス街から近いターミナル駅周辺。大都会だ。人が行き交う。どっと沸き、どっと引いていくのだが、今は満潮時期なのか、歩道も通路も人が多く、肩と肩がぶつかりそうになるのだが、それなりに上手く避けてすれ違ったり、また追い越すときも、いい間合いで通り過ぎる。
 しかし、田宮は後ろの人の間合いが狂ったのか、背中に何かが触れた。人だろうというのは分かっている。こんなところに狸は出ないし、誰かがものを投

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五井狸

五井狸



「五井荘とは、変わった地名ですねえ」
「五井卿の荘園だった場所でしょ」
「貴族の領地」
「そうです」
「住宅地なので、ピンときませんねえ」
「当時は、ピンときたのでしょ。分かりやすい地名だと」
「あなた、この辺りに詳しいのですか」
「一寸調べただけです」
「当時の何かが残っていると?」
「昔は田んぼがあり、農家があったのでしょ。別にここだけの特徴ではなく、年貢の納めどころが五井家だっただけ」

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手を振る自転車

手を振る自転車



 それは盆が終わった頃。シトシトと雨が降り続く陰気な空が去り、久しぶりの青空。そして夏の暑さが戻っていた。
 井上は喫茶店の前で鉢植えの世話をしている。店には客がいない。水はいやというほど吸い込んでいるので、枯れた枝葉などを取り除いていた。
 表通りと店とは狭い公園で挟まれている。何気なく井上は顔を上げ、表通りの方を見ると、自転車が横切ろうとしていた。そして、すっと手を上げた。自転車の主は立花

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聖地巡礼

聖地巡礼



「天気が回復しましたねえ」
「台風が持って行ってくれたのでしょ」
「久しぶりの秋の空です」
「そうですねえ、飽きるほど見ておれば、また別なんでしょうが」
「いい気候です。暑くもなく寒くもない」
「天気が悪いと、行く気がしなかった行楽地に出掛けられます」
「何処ですか、観光地ですか」
「それも含まれますが、観光化されていない場所もあります」
「色々とついでに回るのですね」
「はい、寺社参りです」

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想像と現実

想像と現実



 予想していたことと現実が違っていることがある。予想も想像も、似たようなものだが、事柄が違うのだろう。
 細かい違いではなく、予想通りになるとか、ならないとか。有るか無いかなどの大枠なら、予測できる。また、有るともいえず、無いともいえない場合も予測できる。細かなことは無視して。
 現実とは実際に起こったことだろう。また、起きそうな現実もある。まだ起こっていないが。
 起こったことが現実。しかし

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空祭り

空祭り



 三坂と古くから呼ばれている場所がある。今でも通用するが、町名変更され、何々町三丁目となった。故意に三丁目にしたわけではなさそうだ。三坂は三丁目、丁度だ。
 三坂とは三つの坂が集まるところ。下から見れば、ここで坂は終わる。上から見れば、坂が三方にある。それぞれ道がついている。
 そして坂の上に神社がある。当然だが、それが三坂神社。この辺りの土地を三坂と呼んでいたのは三坂神社があったからなのか、

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台風と護摩

台風と護摩



「台風が近付いています」
「庄司氏が来るのですか」
「いや、台風です。台湾沖で発生しました、どうやら、こちらに向かっている」
「ああ、本物の台風ですか。台風といえば西瓜を思い出します」
「ほう」
「台風は台を丸く囲んであるでしょ。玉のように。西瓜です。で、今回の出来はどうなんですか」
「西瓜で言えば、中玉でしょ。一般的な大きさ。大きくもないし、小さくもない」
「それは持ち帰りやすいですね。小さ

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交互のジンクス

交互のジンクス



 良いことが続いたあとは悪いことが続く。だから、良いことは続かない方がよかったりするのだが、そうはいかない。
 その良いことは、悪いことが続いたときに来たりする。だから、良い状態になって喜ぶが、そのジンクスがあるので、苦虫を噛んだような喜び方になる。だから喜んでいない。しかし、良いことなので、本当は喜んでいる。よかったよかったと。
 良い事が一つあると、そのあと、悪いことが一つある。良いことが

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素人

素人



 気を抜くと素に戻り、地に戻る。地金が出る。
 素人とはプロではないという程度に考えると、専門家ではない。その専門にもよるが、それは身に付けたものがなければ専門家にはなれないが、なれることもある。ジャンルにもよる。
 素人とはそのジャンルでは素のままの人だともいえるが、専門家裸足の素人もいる。プロとアマチュアの差が曖昧になり、またアマチュアでないとできない専門的なジャンルもある。
 草加は、そ

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忘れました

忘れました



「簡潔にお願いしたいのだが」
「はい、分かっています」
「では、簡潔に用件を言いなさい」
「今日は気温は低い目なのに、蒸し暑いですねえ」
「聞いていなかったのか」
「え、何を」
「簡潔に」
「枕はいるでしょ。まずは挨拶代わりに」
「いらない。用件だけを言いなさい」
「何を着るのかで、迷っています」
「それが用件か」
「いえ、まだ時候の挨拶内です」
「省略しなさい」
「はい。それで涼しいので」

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鬼の牙

鬼の牙



 城下外れに町家があり、さらにその外れに武家屋敷が点在している。武家屋敷は城に寄り添うようにあるのだが、別宅のようなもの。留守番だけがいる屋敷もある。
 下田家の屋敷もそこにあるが、周囲はもう林や田んぼが迫っている。これは人が住んでおり、主がいる。下田家の隠居だが、まだ若い。
「室田は最近姿を見せぬようじゃが、何かあったのか」
 下田は御用人に聞く。まだ若い。
「あの御浪人ですか。そういえば姿

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