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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2021年7月の記事一覧

現実と想像

現実と想像



 そのものズバリの現実を見てしまうと、それまでだ。その入口とか、手前とか、それに達していないときの方がよかったりする。
 完成されすぎたものは完璧で、それ以上のものはもうない。想像の余地がない。想像していたものがズバリそこにある。これは目的を果たしたことになるが、それだけの話だったりする。意外と極めて当たり前のものが、当たり前のようにそこにあるような。
 当たり前とは、予想が当たった場合、その

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暑苦しい動き

暑苦しい動き



 暑いとき、じっと座っているとますます暑くなる。座っているだけでも暑い。その状態でやっていることは、暑い暑いと言っているだけの感じだが、そう始終思い続けられるるはずがない。暑い暑いにもネタが切れる。
 それで佐久間は動くことにした。部屋の片付けを本気でするわけではないが、ここにあってはいけなものを持ち、本来あるべきところに戻すとか、その程度。これはトイレに立つとき、ついでにやっているのだが、そ

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何ともならない

何ともならない



「暑いので、何ともなりません」
「私は寒くても何ともならん」
「寒いのに弱いのですか」
「いや、季節に関係なく、年中何ともならん」
「それは安定していて、いいですねえ。私なんて、ムラがある。春の終わり頃から秋の初めの頃まで何ともなりません」
「それは長いですね」
「しかし秋の半ばから、春の中頃までは調子が良いのです」
「年の半分はいけないと」
「はい、いけません。特に真夏は絶不調です。何をする

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飽きる

飽きる



 同じことを繰り返していると、要領が分かってくる。処理が上手くなり、早くなったり、効率が良くなる。
 しかし、あるところで、それは頭打ちになる。日常的によくあること。それ以上はもうないような。普通は、そこまで行けば、もういいだろう。最初の頃に比べ、かなり慣れたということ。
 そうなると、次に何か来るのか。まずは飽きが来る。この飽きも、飽きたことさえ分からなくなるほどの飽き方になれば、立派なもの

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森へ行く

森へ行く



 森に入るのがいいと聞き、高岡は、木の生えているところへ行った。近くで複数の大きな木があるところは神社。森と言うよりも林だ。木、林、そして森。広い林のことを森というのだろうか。林よりも木の本数が多いところ。
 神社に神木があり、これ一本で何本分かあるので、遠くから見ると、これだけでも立派な林だろう。また、枝の拡がりから、何本も立っているように見えたりする。
 高岡はその神木の下で、じっとしてい

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心頭滅却すれば

心頭滅却すれば



「暑いですなあ、三十五度越えですよ。今年初めてじゃないですか。こりゃ炎天下、外に出られない」
「しかし、ここまで来たじゃないですか。一応、真夏の空の下を歩いて来られたのですから大丈夫ですよ。真冬から、いきなり真夏なら別ですが、徐々に暑くなっていくので、身体も準備していますよ。急激な高温じゃない」
「でも、暑くて、もうフラフラだ。これはえらい。もう日中の外出は控えます」
「そうですか。それは残念

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今日の俄雨

今日の俄雨



 先ほどまで晴れていたのに妙な音が聞こえる。まさかと思い、高岡は耳を澄ませる。やはり雨音だ。間違いない。雨は降らないと思っていたので、雨音だとは分からなかった。何か違う別の音だと思っていた。
 梅雨時、晴れていても、いつ降るか、分からないもの。人間の予定通り行ってくれない。予測はできるが、当たらないこともある。
 高岡は昼食後、少し昼寝をし、そのあと散歩に出る。これは日課。余程のことがない限り

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便所の秘密

便所の秘密



「最近機嫌がいいようですが、何か良いことでもありましたか」
 古い家並み、殆どが空き家。古いといっても時代劇に出てくるような家ではない。昔の平屋の市営住宅のようなもの。一戸建てだがお隣は非常に近い。それでも庭がある。ガレージはない。その必要がなかった時代のためだろう。
 庭と庭が隣り合っており、お隣同士、それで行き来している。どちらも、数年前に借りた程度なので、余所者だ。
 しかし、昔から住ん

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変わらぬ君

変わらぬ君



「自分を変えないといけないんだ」
「そうだね」
「自分が変わることで世界が変わる」
「そうだね」
「分かってくれたか」
「えーと、何を変えるんだった」
「だから、自分だ」
「自分の何を」
「考えだ」
「ああ、考えねえ。そうだね。考え方を変えれば世界も変わるかもしれないねえ」
「自分を変えないと進歩もない。展開もない。それに自由もない。変える自由はあるのに、変えない理屈はない。変えていいんだ。い

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巨大な亀と甲虫

巨大な亀と甲虫



 世の中には妙なことを言い出す人がいる。夜中、家の前の通りを見ると、巨大な甲虫が歩いていたとか。
 町内の生活道路なので、車がすれ違えないし追い越せない。一方通行ではないので、対向車が来たらどうするのだろうかと、そちらの方を心配したりする。
 また、海亀、ゾウガメなどよりも大きく、浦島太郎の亀よりも大きく、戦車並みの亀が水辺にいたとか。これも同じ人の目撃談。
 甲虫と亀のスケールが合っていたり

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熊野誓紙

熊野誓紙



「暑いですねえ」
「梅雨の晴れ間ですよ」
「すっかり真夏になっている」
「また、雨が降りますから、真夏はその先です」
「これだけ暑いと、今年の真夏はかなり暑いでしょうねえ」
「さあ、昨日までは雨で涼しかったので、その落差で、より暑く感じるのでしょう。気温的には真夏の高温よりも、低いです。これが真夏なら、今日などは涼しい方かもしれませんよ」
「そうですね。初夏の頃、もの凄く暑い日がありましたよ。

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名人芸

名人芸



「さっさと済ませて、終えたいねえ」
「少し時間がかかっています。手間取るところがありまして」
「手間ががかかるところがあるのか」
「はい」
「何とか省略しなさい」
「しかし、それでは」
「問題にする人はいない。中味なんて何でもいいんだ。内容は問われない。だから、適当にやっつけてしまえばいい。早く片付けて、楽になった方がいい」
「楽に、ですか」
「解放されたい。遊びに行きたいのでね」
「どんな」

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束の魔

束の魔



「束の間がいいねえ、長引かない方が」
「はい」
「ほんのひと束の時間」
「束ですか」
「藁のひと束。まあ、藁は大きいが、もっと小さな束。たとえば一握り程度の」
「束になってかかっても敵う相手ではないといいますから、ひと束が一人だとすると、多いですねえ。何人もでかかるのですから」
「一人は少ない。集団になると多いが、一人一人は小さなものですよ」
「そうですねえ」
「束の間、ほぼ一瞬に近い」
「人

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ネギ代

ネギ代



「体調はどうですか」
「まずまずです」
「それはいい。体が資本ですからね」
「その資本はあっても、本当の資本がありません」
「資本は作るものですよ」
「その資本がありません」
「そんなにいらないのです。資本を集めますから」
「その集める資本がありません」
「それは資本とはいわないでしょ」
「切手代が」
「え」
「電車賃が」
「ほう」
「提供者がいても、喫茶店代が払えません」
「別に会う必要はあ

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