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川崎ゆきお
2021年5月29日 12:40
ある芸術家が弟子に秘伝を授けた。その芸術家もその師匠から同じように秘伝を授けられている。この流派に伝わる家伝。 これは口頭で伝えられている。流派の秘伝、奥義のようなものだが、家伝と違うのは他人に伝えることが多い。だから一番弟子がその候補で、血縁関係ではない。 その内容は隠し芸。簡単なことで、それが奥義。奥義の芸ではなく、隠すことが芸。だから隠し芸。そんなものなど秘伝でも何でもない。 し
2021年5月28日 12:34
ほっと一息ついた日がある。「ほっ」と声を出すわけではなく、息の音だが、これは音にならないはず。吸う音ではなく、吐く音。それが「ほっ」と聞こえるのだろうか。 田沼は起きたときからそのほっと一息付いた日になるのだが、それは前日に終わったことについてで、寝起き早々ほっと一息つくわけではない。まだ何もしていない。 しかし、寝ていた。これはしていたことになる。無事に眠ることができたので、それでほっ
2021年5月26日 12:57
梅雨の晴れ間。空は晴れても気が晴れない吉田は、いっそ雨で陰っている方がいいと思う。しかし長い間、陽の下を歩いていないので、日光浴が必要。少し照りが必要。日焼けではないが、軽い照り焼き。 照ると言えば照る照る坊主。吉田は幼い頃、これが怖かった。紙を丸めてまん丸の頭を作り、スカートのようなものを履かす。マントだろうか。顔からいきなりスカート。これが怖かった。もう少しリアルな照る照る坊主もあり、そ
2021年5月25日 12:30
深いところで、何かが蠢いている。それは普段は気付かない。たまにそれが表に現れる。何かの脈動。手首でみる脈拍ではない。それは数や勢いだろう。血流の。 深いところで動いているのは血ではないが、そこから発せられたものの影響で、脈拍も変わるかもしれない。 それが表に出たときは、血が騒ぐと言ってもいいが、それほど騒がしいものではなく、何かを感じるだけ。それは筋かもしれない。筋肉ではない。 話の筋
2021年5月24日 12:13
「小宮の伝助さんのお家は何処でしょうか」「ここは小宮だが」「はい、そこの伝助さんを訪ねて来ました」「あなたは」「行商です」「伝助さんに呼ばれて来たのですか」「いえ、近くに来ることがあれば、寄ってくれと言われましたので。丁度、この近くを通りかかったので、寄ってみました」「少しお待ちを」「あ、はい」 「伝助を訪ねてきた行商がいる」「変装かもしれん」「それ以前に、伝助を知って
2021年5月22日 12:46
「安らぎですか」「そうです。欲しいのです」「そんなものは寝ているとき、得ているでしょ。毎晩。そこが一番の安らぎ。それを超えるものなどない」「でも寝ているので、意識がないので、分かりません」「たまに目を覚ますでしょ。ああ、寝ていたと」「でも安らいでいるのかどうか、よく分かりません。そんな実感は」「安らかな眠り。これが一番。誰にでも手に入るというより、最初から備わっている。何も安らぎな
2021年5月20日 13:19
「沼田の動きがおかしいと」「はい、おかしいです」「可笑しいか。笑うべきことだな。沼田は鼠。敏感だからな。それで、何が原因だと思う」「御家老の久内様が辞任なされるのではないかと思われます」「沼田はそれを察したか。まだ、誰も知らないはず」「知っておるのは、一部の重臣だけかと」「沼田鼠め、何処で嗅ぎ付けたのかのう」「髭でしょ」「鼠の髭か」「それと、あの長くてミミズのような尻尾」「
2021年5月19日 13:23
雨が降りそうだが、日課なので、田口は外に出た。散歩だ。別にしなくてもいいのだが、外に出るのが好き。しかし、用事で出るのは嫌い。 散歩には用事がない。散歩行為そのものが用だが、別に健康のためとか、他の目的があるわけではない。そのへんを見て回る程度。しかも毎日なので、同じところを毎日毎日巡っているようなもの。季節が巡ると風景も変わる。毎日ではないが。 田口が外に出るのは気晴らしだった。過去形
2021年5月18日 13:13
「決め事があってねえ」「はい」「これはやってはいけないとか。これは月に一度ぐらいならいいとか。これはその気になったときだけやり、習慣化させないとか」「日常のことですか」「多岐にわたる」「はい」「まあ、自分で作った憲法、法律のようなものだが、それを決めたときと、今とではまた違ってくる。いずれにしても破ったからといって罰せられるわけではない。ましてや法に触れることでもない」「どういう
2021年5月17日 13:39
「塩田の動きはどうだ」「ありません」「絶好の機会なのにな」「動きはありません」「確かか」「多少はありますが」「どんな動きだ」「竹下家を訪問しました」「竹下など、いたか」「塩田殿とは旧友です」「今回の騒動。竹下は関係しているのか」「していません」「塩田はどうして竹下と会ったじゃ。今回の騒動と関係していないのか」「多少は関係しておりますが、それを言い出すと、全ての藩士が無
2021年5月16日 12:50
「暑いですねえ」「もう、夏のようです」「まだ先ですが、今日は夏の暑さですねえ」「そうです。もう夏がやってきたも同じ」「暦の上では春なのですが、夏日ですよね。今日の気温は」「寒暖計は見ていませんが、ニュースで言ってましたか」「はい、言ってました」「季候がよくなれば、出掛けようかと思っていたのですが、こう暑いと、出にくいです」「今が一番季候のいい時期なのですが、夏が早く来ているのか
2021年5月14日 11:25
高峯は地位も名声も財もある。世間から見れば成功者。 しかし、いつ頃からかは分からないが、あまり楽しくない。日々がつまらない。仕事はまだ詰まっていないが、現役とはいえ、もうその上での楽しさや嬉しさ、また苦しみもないが充実感もない。 若い頃、果てなく駆け上っていた頃の威勢はない。天井知らず。今も天井まで、まだまだ先はあるが、高峯自身が天に召されるのが先だろう。 しかし、高峯は姓通り、高みを
2021年5月13日 12:19
「反旗を翻したか」「いえ、まだ裏切ってはおりません」 佐久間一正が出て来ない。 登城しないこと、即、裏切り、寝返りとみた。「それはまだ、早いかと」「仮病だろう」 佐久間家は一城を任されていた。城代ではない。元々が佐久間家の領地。独立した存在だったのだが、今は連合し、この一帯を一人の領主が納めるようになった。そうでないと他国からの侵略を受けたとき、佐久間家だけでは何ともならないため。
2021年5月12日 12:31
「勢いが止まりましたなあ」「そうなんですか」「いつもなら、階段を一歩上がる。前の段階よりも一段上に。たまに下ることもあるが、次は今まで以上に段階を飛び越すほど。そのあとも、ずっと上がり続けていた。勢いがあるとはそういうことです。その勢いが最近止まった」「ある段階で安定したのでは」「安定はいいが、数段下がったところで、安定してしまった。これは楽かもしれんがな」「それで、見切られると」