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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2021年5月の記事一覧

隠し芸

隠し芸



 ある芸術家が弟子に秘伝を授けた。その芸術家もその師匠から同じように秘伝を授けられている。この流派に伝わる家伝。
 これは口頭で伝えられている。流派の秘伝、奥義のようなものだが、家伝と違うのは他人に伝えることが多い。だから一番弟子がその候補で、血縁関係ではない。
 その内容は隠し芸。簡単なことで、それが奥義。奥義の芸ではなく、隠すことが芸。だから隠し芸。そんなものなど秘伝でも何でもない。
 し

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平穏な日々

平穏な日々



 ほっと一息ついた日がある。「ほっ」と声を出すわけではなく、息の音だが、これは音にならないはず。吸う音ではなく、吐く音。それが「ほっ」と聞こえるのだろうか。
 田沼は起きたときからそのほっと一息付いた日になるのだが、それは前日に終わったことについてで、寝起き早々ほっと一息つくわけではない。まだ何もしていない。
 しかし、寝ていた。これはしていたことになる。無事に眠ることができたので、それでほっ

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照る照る坊主

照る照る坊主



 梅雨の晴れ間。空は晴れても気が晴れない吉田は、いっそ雨で陰っている方がいいと思う。しかし長い間、陽の下を歩いていないので、日光浴が必要。少し照りが必要。日焼けではないが、軽い照り焼き。 照ると言えば照る照る坊主。吉田は幼い頃、これが怖かった。紙を丸めてまん丸の頭を作り、スカートのようなものを履かす。マントだろうか。顔からいきなりスカート。これが怖かった。もう少しリアルな照る照る坊主もあり、そ

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妖脈使い

妖脈使い



 深いところで、何かが蠢いている。それは普段は気付かない。たまにそれが表に現れる。何かの脈動。手首でみる脈拍ではない。それは数や勢いだろう。血流の。
 深いところで動いているのは血ではないが、そこから発せられたものの影響で、脈拍も変わるかもしれない。
 それが表に出たときは、血が騒ぐと言ってもいいが、それほど騒がしいものではなく、何かを感じるだけ。それは筋かもしれない。筋肉ではない。
 話の筋

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小宮の伝助

小宮の伝助



「小宮の伝助さんのお家は何処でしょうか」
「ここは小宮だが」
「はい、そこの伝助さんを訪ねて来ました」
「あなたは」
「行商です」
「伝助さんに呼ばれて来たのですか」
「いえ、近くに来ることがあれば、寄ってくれと言われましたので。丁度、この近くを通りかかったので、寄ってみました」
「少しお待ちを」
「あ、はい」
 
「伝助を訪ねてきた行商がいる」
「変装かもしれん」
「それ以前に、伝助を知って

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安らぎの時

安らぎの時



「安らぎですか」
「そうです。欲しいのです」
「そんなものは寝ているとき、得ているでしょ。毎晩。そこが一番の安らぎ。それを超えるものなどない」
「でも寝ているので、意識がないので、分かりません」
「たまに目を覚ますでしょ。ああ、寝ていたと」
「でも安らいでいるのかどうか、よく分かりません。そんな実感は」
「安らかな眠り。これが一番。誰にでも手に入るというより、最初から備わっている。何も安らぎな

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暗躍

暗躍



「沼田の動きがおかしいと」
「はい、おかしいです」
「可笑しいか。笑うべきことだな。沼田は鼠。敏感だからな。それで、何が原因だと思う」
「御家老の久内様が辞任なされるのではないかと思われます」
「沼田はそれを察したか。まだ、誰も知らないはず」
「知っておるのは、一部の重臣だけかと」
「沼田鼠め、何処で嗅ぎ付けたのかのう」
「髭でしょ」
「鼠の髭か」
「それと、あの長くてミミズのような尻尾」

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散歩心得

散歩心得



 雨が降りそうだが、日課なので、田口は外に出た。散歩だ。別にしなくてもいいのだが、外に出るのが好き。しかし、用事で出るのは嫌い。
 散歩には用事がない。散歩行為そのものが用だが、別に健康のためとか、他の目的があるわけではない。そのへんを見て回る程度。しかも毎日なので、同じところを毎日毎日巡っているようなもの。季節が巡ると風景も変わる。毎日ではないが。
 田口が外に出るのは気晴らしだった。過去形

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禁足の地

禁足の地



「決め事があってねえ」
「はい」
「これはやってはいけないとか。これは月に一度ぐらいならいいとか。これはその気になったときだけやり、習慣化させないとか」
「日常のことですか」
「多岐にわたる」
「はい」
「まあ、自分で作った憲法、法律のようなものだが、それを決めたときと、今とではまた違ってくる。いずれにしても破ったからといって罰せられるわけではない。ましてや法に触れることでもない」
「どういう

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毒蛇は急がない

毒蛇は急がない



「塩田の動きはどうだ」
「ありません」
「絶好の機会なのにな」
「動きはありません」
「確かか」
「多少はありますが」
「どんな動きだ」
「竹下家を訪問しました」
「竹下など、いたか」
「塩田殿とは旧友です」
「今回の騒動。竹下は関係しているのか」
「していません」
「塩田はどうして竹下と会ったじゃ。今回の騒動と関係していないのか」
「多少は関係しておりますが、それを言い出すと、全ての藩士が無

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藪



「暑いですねえ」
「もう、夏のようです」
「まだ先ですが、今日は夏の暑さですねえ」
「そうです。もう夏がやってきたも同じ」
「暦の上では春なのですが、夏日ですよね。今日の気温は」
「寒暖計は見ていませんが、ニュースで言ってましたか」
「はい、言ってました」
「季候がよくなれば、出掛けようかと思っていたのですが、こう暑いと、出にくいです」
「今が一番季候のいい時期なのですが、夏が早く来ているのか

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つまらない一日

つまらない一日



 高峯は地位も名声も財もある。世間から見れば成功者。
 しかし、いつ頃からかは分からないが、あまり楽しくない。日々がつまらない。仕事はまだ詰まっていないが、現役とはいえ、もうその上での楽しさや嬉しさ、また苦しみもないが充実感もない。
 若い頃、果てなく駆け上っていた頃の威勢はない。天井知らず。今も天井まで、まだまだ先はあるが、高峯自身が天に召されるのが先だろう。
 しかし、高峯は姓通り、高みを

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無精な武将

無精な武将



「反旗を翻したか」
「いえ、まだ裏切ってはおりません」
 佐久間一正が出て来ない。
 登城しないこと、即、裏切り、寝返りとみた。
「それはまだ、早いかと」
「仮病だろう」
 佐久間家は一城を任されていた。城代ではない。元々が佐久間家の領地。独立した存在だったのだが、今は連合し、この一帯を一人の領主が納めるようになった。そうでないと他国からの侵略を受けたとき、佐久間家だけでは何ともならないため。

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勢い

勢い



「勢いが止まりましたなあ」
「そうなんですか」
「いつもなら、階段を一歩上がる。前の段階よりも一段上に。たまに下ることもあるが、次は今まで以上に段階を飛び越すほど。そのあとも、ずっと上がり続けていた。勢いがあるとはそういうことです。その勢いが最近止まった」
「ある段階で安定したのでは」
「安定はいいが、数段下がったところで、安定してしまった。これは楽かもしれんがな」
「それで、見切られると」

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