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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2021年4月の記事一覧

喫茶店巡礼

喫茶店巡礼



 永井は長く行っていない喫茶店へ向かった。これはそういうシリーズがあり、以前に行っていた喫茶店を訪ねるのが目的。その店に用があるわけではなく、その店に入りたいわけではない。
 長く行っていない店は、それなりに理由がある。行かなくなった理由。それは様子が変わり、居心地が悪くなる、などもあるが、それよりも近い場所にいい店ができたので、そちらへ行くようになったとか、様々。
 居心地が悪くて、行かなく

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横風が吹いていた

横風が吹いていた



 風が強い日だった。春の風なので、冷たくはないが、風が身体を通り抜ける。もしそうなら大変だが、何かが抜けていくような感じがする。風や水は身体の中を通過しないが、肉よりも細かなものは通過するだろう。
 風というより、空気の中に、そういう細かいものが混ざっていて、それが身体を通り抜けるのかもしれない。
 扇風機に当たりすぎると、身体が怠くなったりする。いい風ならいいが、悪い風を受け続けると、悪いこ

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しばらく空間の道

しばらく空間の道



 しばらく、というのはよくある。どの期間、どの間隔なのかは分からない。昨日行った場所なら、しばらくぶりとは言わないだろう。だから、それよりも遠い日。これは曖昧で、何十年前でもしばらくだし、一週間前でもしばらく。
 また、五分とか十分の経過でも、しばらくして、ということもある。
 吉村はその間隔でいけば、それほど大昔ではない久しぶり、しばらくぶりの道を通っていた。ひと月かふた月ぶりだろうか。一度

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夜歩く立像

夜歩く立像



「何故か遠いところにいるようです」
「あなたの家のすぐ近くですよ」
「そうなんですが、久しぶりなので」
「まあ、用がなければこの祠群へは来ないでしょう。祠参りの年ではないでしょうから。私は祠巡りが好きでしてね。もう年ですので、そんなものです。昔は営業で色々な町を巡り歩いたものです。好きで歩いていたわけじゃありませんがね。お客さんは神社です。寺です。そういう業種ではありませんが、お客様は神様です

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静観者

静観者



 争いの渦中にあった人物だが、今は静かに暮らしている。どういうつもりなのかと、尋ねてみた。
「最近どうですかな」
「静かです」
「大人しくなられましたなあ」
「そう見えますか」
「確かにお静かに過ごされているようなので、これは誰の目にもそう見えます」
「なるほど」
「休火山も、ある日突然活火山になる恐れがあります」
「いや私は死火山です」
「そうあって欲しいですなあ。あなたがあまりにも静かなの

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先入観を曲げず信念を曲げる

先入観を曲げず信念を曲げる



 人には先入観がある。それが全てかもしれない。全ての思いや考えなどは先入観から来ている。その先入観がある程度固まると、信念になる。
 そして、人は意識するしないに拘わらず、その信念が底にある。いずれも先入観から生まれたもの。
「僕には常に先入観があります。何事も先入観で見てしまいます」
「それで普通というよりも、それが全てでしょう」
「そのため、先入観が邪魔をして、信念が曲がってしまいそうにな

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調子

調子



「交互に来る」
「あ、はい」
「意味が分かるか」
「交互に来るのでしょ」
「昨日良ければ、今日は悪い。今日良ければ明日は悪い」
「忙しいですねえ。それに不安定です」
「ふと、そう思ったんだ」
「ただの思い付きですか」
「一理ある。思い当たることもある」
「たとえば」
「調子とかだ」
「昨日、しんどかったので、今日も悪かろうと思っていると、良くなっている。すると翌日はまた悪くなっている」
「一日

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白紙のページ

白紙のページ



 浅田は朝、目が覚めたとき、新鮮な一ページをもらったような気がした。一日というページだが何ページというわけではない。とりあえず、今日一日は新鮮な気がする。
 何かさっぱりとしたような。
 それはよく寝たためかもしれないが、それよりも、今日の予定とかがないためだろう。
 今日しないといけないものがない。今日こそやりたいと思うこともないが。
 だがら予定は白紙。おそらく、いつもと同じような一日にな

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一泊旅行のエピソード

一泊旅行のエピソード



「君、旅行に行ったんだってねえ」
「はい、久しぶりです。一人旅です」
「出不精な君にしては珍しい。どういう風の吹き回しなんだ。何か目的でもあったのかい」
「いえ、長い間、旅行に行っていないので、このあたりで行っておかないと、と思いまして」
「それが目的なのか」
「はい、十分目的になります。久しぶりだし、そういうことができる時間もできましたので」
「そりゃいい。行き当たりばったりの気ままな旅。そ

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菜種梅雨の宿

菜種梅雨の宿



「久しぶりの雨ですねえ」
「この雨は長引くでしょう」
「そういう症状ですか」
「雨は病じゃないが、鬱陶しい」
「そうですね」
「春の長雨。これは菜種梅雨」
「まだ、梅雨には早いですよ」
「次の長雨が本物の梅雨。その前に菜種梅雨がある」
「菜種って、菜の花ですか」
「菜の種類は多い」
「はい」
「大根の花を見て、菜の花だと思ったことがある」
「似たような花びらなんですね」
「アブラナの花が菜の花

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平田川上流にある村

平田川上流にある村



 平田川の上流を辿れば小さな村がある。と田中は聞いて平田川を遡った。平田川は平田とは名ばかりで、河口も山。山また山ばかり。
 平らな田などないのに、平田川。これは地形とは関係がないのかもしれない。
 山間を貫いている川だが、川沿いに田畑もないことから村もない。当然それらしい道路もなく、林道程度。
 川に沿って続いていたり、途中で切れたりと、当てにならない。川岸を歩くのは無理で、絶壁が各所で防い

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まずまずの人

まずまずの人



 調子の良いときと悪いときがある。その中間は「まずまず」で、特に良いわけではないが、特に悪いわけでもない状態。
 まずまずのときは標準的で、調子について考えていない。しかし、まずまずは調子のいい方だろう。
「まあまあ」は、それよりも下るが、まだ調子が悪いとまではいかない。
 この間の言葉が多い。それぞれ調子の様子に合った言い方があるのだろう。
 作田はまずまずが好きだが、良すぎるよりも、悪すぎ

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何気なくさっと

何気なくさっと



 何気なくさっとしたときの方がすんなりいく場合がある。
 しかし、気の重くなるようなことは何気なくできない。「何の気もなく」の状態になるにはあまりにも気になっているので、さっとできない。気にならないことなら、すんなりといく。いつも買っているようなものを買うときのように。
 衝動買いなどは、何気なく買ってしまえそうだが、これは気にする時間が短すぎて、気になるかならないのかが曖昧。深く考えなくても

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スローな通り

スローな通り



 三村は朝、起きたときから調子が悪いようなので、今日はゆっくり過ごそうと思った。ゆっくりとはスピードを落とすこと。動作を遅い目にコントリールすること。
 微熱があり、動きが速いと息が切れる。
 また、寝違えたのか、首や肩が痛い。そのため、本調子ではない。たまにそういう日があり、いつもなら数日で去って行き、元に戻る。これは朝、起きたときから分かる。
 それでも朝から色々と用事があり、それをこなさ

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