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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2021年1月の記事一覧

梅寒行

梅寒行



 梅見の寒行をやっている人が今冬も出た。初見参。まだ寒い時期に見る花見。桜の咲く頃の花見はポピュラーだが、それよりもまだ寒い頃。春の兆しなどまだまだ出ていない真冬。大寒中の大寒。しかし、今年は暖かいようで、それほど寒くはないので、寒行とは言えないかもしれない。
 寒行なので、薄着で滝に打たれたりする服装が一般的だが、その人は真冬の服装。だから、見た限り行者には見えない。
 それで今年は暖かいの

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何もないような状態

何もないような状態



 あまり何もないような状態は退屈。しかしこの時間や期間が一番長いように竹田には思えた。たまに刺激的なことが起こるが、滅多にない。また竹田から何かを仕掛ければ、あまり何もないような時間から解放されるが、すぐにまたあまり何もないような時間に戻される。
 これは平穏でいいのだが、その期間が退屈。それなりに小さな刺激とか小さな変化はあるものの、だらだらと同じような絵が続くような風景では見飽きてしまう。

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サンドイッチ

サンドイッチ



 とある業界のパーティーで石塚は久しぶりに竹中の顔を見た。見るもなにも竹中がメインのパーティーなので、いやでも目立つ。
 竹中が何か賞を取ったことを石塚は知っている。招待状が来たので、知らせは向こうからやってきた。別に招待状など来なくても、誰でも参加できるのだが。
 竹中は来ている人と話しているのだが、数が多いので、忙しいようだ。
 石塚は業界の人と会うのは久しぶり。相変わらずの顔ぶれだが、知

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一騎当千

一騎当千



 布施の君原十三郎。真田村の俊蔵。雲母峡の村上武一。その他大勢の勇者がいる。二十人ほどいるだろうか。一騎当千の武者達。
 若君は子供の頃から領内にいるそれら家来の武勇伝をお伽噺のように聞いていた。
 少し大きくなってからは側近が止めるのも聞かず、渋沢村の熊谷信康を訪ねた。二叉の槍の使い手。
 側近と手合わせしたが、敵うものではない。特に馬上から重い槍を振り回す技は、天下一品。
 しかし、それよ

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申し送り

申し送り



「雨のようじゃな」
「お出掛けになられますか」
「ああ」
「では用意を」
「いや、番傘だけでよい。それほど強い降りではなさそうじゃ」
「供は」
「いらぬ」
 これは前日と同じ。雨が二日ほど続いている。冬の雨なので、それほど寒くはない。
 疋田清司郎は粗末な羽織に着替え、袴をたくし上げ、下駄履きで外に出た。太刀はなく、脇差しだけ。小太刀の使い手として知られているが、それは道場での話。
 疋田清司

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山寺の寒参り

山寺の寒参り



 大寒の寒参り。岸田は階段の長い山寺を傘を手に上がっていく。背にはリュック。この山寺まではハイキングのようなもの。バスは寺近くまで来ているが、便が少ない。歩いた方が早い。市外に少し出たところまで市バスが来ている。そこでローカルバスに乗り換えるのだが、その本数が少ない。道路は一本、ローカルバスはそこを通る。だからそこを行けば三つ目のバス停が寺から一番近い。
 それで狭い車道の路肩を雨に降られなが

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水見川の上流

水見川の上流



 美川橋は水見川に架かっている。水見川の中では一番幅が広い。河口までまだ距離はあるが、国道が通っているためだろう。美川橋となっているが、橋が美しいわけではないし、川が美しいわけでもない。水美川は上流は別だが、市街地に出てくると、ドブ川に近いが、最近はましになっている。何かが浮いていたり、川底に自転車が沈んでいたり、場合によっては豚が浮いていたこともある。
 豚小屋が確かに上流にはあるが、原因は

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見方

見方



「何が良いのか、分からなくなりました」
「ほう」
「良いと思っていたものがそうではなかったりします」
「じゃ、見方が悪かったのでは」
「見方ですか」
「良いものか悪いものかの判断力ですよ。その基準が悪いのでは」
「基準ですか」
「そうです。そのものではなく、判断基準で良くもなれば悪くもなる」
「悪いというわけではありませんが、今一つでした。もっと良いもののはずなのですが、それにも達していない」

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闇の前兆

闇の前兆



 一歩先は闇なのだが、いきなり来る闇もあるが、その前兆がある。徐々に薄暗くなるような。これなら二歩のちはさらに暗く、三歩後はもっと暗くなり、闇が近付いて来ることが分かる。徐々に闇が深く、濃くなっていくのだから、さらに進めば暗闇になるだろう。しかし闇そのものは真っ暗なので、まだそこまで行かない暗さだろう。
 一歩先、少し暗いが二歩目は戻っていたりする。その後、暗くならなければ、闇の前兆ではなかっ

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町歩き

町歩き



「北の方へ行くと、一寸変わったところがありますよ」
「このまま真っ直ぐ行けばいいのですね」
「そうです」
 町歩きの青年が見知らぬ町を行く。教えて欲しいと聞かないのに、老人が教えてくれた。
 何か
 それは青年の服装を見れば分かるのだろう。リュックを背負い、カメラを首からぶら下げている。最近よく見る町歩きスタイルなので、老人はそれと分かり、面白そうなところを教えたのだろう。親切な人だ。同じ服装

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盛り土

盛り土



 晩冬。冬も老いたのか、寒さ慣れしたのか、下田の身体には暖かく感じられる。それは風がなく陽射しがあるため。その日を浴びているとぽかぽかする。本当に今は冬なのかと思うほど暖かい。
 行きつけの公園から少し離れた植物園のような一角があり、そのベンチに下田は座っている。周囲には誰もいない。
 この植物園、公園の端に入口があるが、その先は行き止まり、川の土手がある。だから公園に括り付けられたような袋。

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全てがそうではない

全てがそうではない



「少し暖かいですねえ」
「真冬なのに、この暖かさ、暖冬でしょう」
「寒いときは固まっていますが、今日のような暖かさなら」
「動きが良くなると」
「逆です。鈍くなります。暖かいので」
「そうなんですか」
「着込んでますから」
「そりゃ暑い」
「それに暖かいのに、ここなんて暖房がよく効いているので、夏よりバテます」
「冬に夏バテですか」
「はい、冬バテはありません」
「でも寒くて固まっているのでし

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真冬の花見

真冬の花見



 冬枯れで枝だけになった場所で、一人の男が立っている。それを見ていた散歩人は、これは怪しい男だと思い、無視して通り抜けようとした。きっと、何をされているのですかと聞かれたいのだろう。
 男はじっと木の枝を見ている。同じ場所ではなく、別の枝や、その枝の先や中程を見たりと、結構キョロキョロしている。
 それを後ろから見ている散歩人は、その目の動きまでは分からないが、首が動く、頭が少しだけ動く。
 

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無人の宿場

無人の宿場



「雨が降らずによかったですね」
「持ちましたね」
「でも雨じゃなく、この寒さじゃ雪になるかも」
「雨雲と雪雲との違い、分かりますか」
「分かりません」
「でも降りそうにありませんね」
「このまま持ってくれればありがたい。次の宿場までまだまだ遠い」
「そうですね。じゃ、私は先に」
「ああ、道中、気をつけてね」
「あなたは?」
「私は膝が痛いので、もうしばらく休憩してから立ちます」
「はい」
 旅

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