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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2020年12月の記事一覧

暗雲

暗雲



 年末、もう数日で年を明けるというのに、その手前で三村は立ち止まった。何か重い空気を感じる。白ではなく黒。黒い空気というのあるとすれば、煙が出ているのだろう。それほど黒いと危ないはず。
 そうではなく、暗雲が立ち籠め始めた。実際にそんな暗い雲が空にかかっているわけではないが、三村の頭の中に、それが立っている。あと数日で新年なので、その手前で妙なことが起き、年を越せないかもしれない。越せたとして

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年越し

年越し



「クリスマスはどうでした」
「いつの間にか来て、いつの間にか去っていました」
「そうですか」
「あなたは」
「同じようなものです」
「そうですか」
「年末はどうですか」
「もう数日で今年も終わりますねえ」
「どんな感じですか」
「さあ、いつの間にか来て、いつの間にか新年でした。明けて新年、元旦。正月三が日もあっと来てあっと去るでしょう。初夢を見る暇がないほど早い」
「そこまで早くはないと思いま

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繁華街の裏道

繁華街の裏道



 年末、年の瀬。年が押し迫って来た頃、芝垣は街中をうろついている。迫って来ているのは来年かもしれない。あと少しで正月。新年。それが迫って来ている。大晦日が迫っているのではなく。
 何故ならそんなものは数日で終わるだろう。大晦日など一日だ。長いのは新年。一年ある。
 忘年会の翌日から仕事は休み。今年のことはもういい。忘れるための忘年会。
 芝垣は忘年会ですっかり今年のことなど忘れたわけではないが

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埒内埒外

埒内埒外



 埒外はある範囲を超えたところのものだが、今の範囲内からでもよく見えている。圏外でまったく見えないわけではない。埒内と埒外の違いはあるのだが、それは将来に対してのこと。今のことではない。埒内が増えると埒外だったものも埒内に入ってしまう。
 だから埒外だと諦めたりしないで、いずれは埒内に入ると思えば、埒外も埒内になる。予想される未来のようなもの。しかし、その予想内ではなく、予想外で、本当にかけ離

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あれも夢これも夢

あれも夢これも夢



 下草は何か夢を見ていたようだが、起きてしまうと、忘れてしまった。それが気にならないのは実用性がないためだろう。夢判断には興味はないし、何とでも解釈できる。その解釈の仕方に、その人の深層心理があるのだろう。見た夢ではなく、解釈に。
 しかし深層心理、無意識だが、これは意識できないのだから、何ともならない。何かを実行するとき、この深い意識が作用しているといっても、意識できないのだから、どんな意識

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最後の一葉

最後の一葉



「紅葉狩りへは行かれましたか」
「もう終わりでしょ。冬ですよ。もう、雪もちらついていました」
「いや、まだ残っていますよ。色づいた葉が。残り物には福が付くと言いますから、最後の一葉見学が良いのですよ」
「付くのですか」
「そうです。福が付きます」
「福付きの最後の一葉ですか」
「そうです。今ならまだ間に合うどころか、まだ早いかもしれませんよ。結構葉は残っていますので、これからが旬です」
「旬」

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本多郷領

本多郷領



 隣国との国境、常に小競り合いがあり、戦闘状態。慣れたもので、敵が押し出してくれば、こちらからも迎え撃てば、敵は退却する。実際に戦いになることは少ない。矢が飛んでくる程度。軽い矢合わせで済んでいる。そのあと突っ込むはずの槍隊は動かない。
 白根砦では、それが日常化している。ここを守る武将は交代制。僻地と言うほどではないが、長くいたくないのだろう。
「敵の有力部隊が来るようです」
 物見からの報

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勢い待ち

勢い待ち



 勢いというのは向こうからやってくる。また向こうからやって来ないと勢いとはいえない。勢いは自分で盛り上げていくことでも勢いよくなるが、ただの気分だろう。そこで完結してもいいのだが、盛り上がりに欠く。一人芝居のように。
 やはり向こうから勢いが来ないと、盛り上がらない。勢いを呼び込むようなものだが、待ち受けるだけのものを持っていないと、素通りしていく。そして興味も引かなかったりする。だから受け皿

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見える

見える



 日々安穏と暮らしている高峯だが、たまにはとんでもないことをする。しかしそれは人は知らないし、また誰にも分からない。部屋の中で異常なことをしているわけではない。もし監視カメラで監視されていても、そのとんでもないことは分からないだろう。そのような映像はないので。
 テレビを見たり、寝転がったり、たまに掃除をしたり、料理を作ったり、本を読んだり、散歩に出たり、買い物に行ったりで、全ての行為を監視で

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年の瀬のプラットホーム

年の瀬のプラットホーム



「今年も暮れていきますねえ」
「そうですねえ」
「今年何をしたのかと思い出すと、これといったことはしていません。何か思い出せるような凄いことをしたいものですが、もう迫ってきました。今からじゃ遅いし、その期間でできることなんてしれていますから、何ともなりません」
「記念品でも買われたら」
「買うのですか」
「良いものを買えば思い出しやすいですよ」
「必要な物はあります。もう買う必要はない」
「じ

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刺客

刺客



 草加の日常は何もない日が続いている。しかし最小限の用事はあるので、決して何もなくはない。だが将来を見据えた何かというのがもう消えている。やるべきことは既にやり終えた隠居の身。あとは楽して生きればいい。重荷もない。
 草加はその気でも、周囲は違う。
 その日も何もないので縁側で日向ぼっこをしていた。その時刻、いい感じで陽だまりができる。こういうのは猫がよく知っているのだが、草加もそれを覚えた。

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偽書のある神社

偽書のある神社



 市街地からも見えている山の取っ付きにある神社がある。地元の村の神社ではないようだ。既にこのあたりは村の面影など一切消えている。山と海に挟まれた狭いところ。稲作が盛んになる前は海沿いの、この山裾に人が住んでいたようで、遺跡が残っているが、古墳ではない。それ以前だろう。
 その山の取っ付きに神社があるのだが、灯台としても知られている。最初から高いところにあるので、石灯籠のようなもの。昼間は目立た

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偶然の寓話

偶然の寓話



 良い偶然と悪い偶然がある。まんが悪いとかもある。
 これは心がけでは何ともならない外との関係。ただ、悪い偶然を減らすことはできる。当然良い偶然も増やせる。まんが悪い場所に行かないとか、危険そうなところには近付かないとか、危ない話には乗らないとか、そういった危機意識というよりも、憶しているだけだが、この臆病さが命拾いになる。ただ、それだけでは良い運と巡り合えるチャンスも減るかもしれない。
 良

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懸念

懸念



 懸念していたことが起こらなかったので、里中はほっとした。もし起こっていても大したことにはならないが、面倒なことをしないといけない。その面倒も難しい面倒ではなく、よくある面倒。しかし、面倒臭い。これが臭いので、懸念が起こらないことを願ったが、起こるだろうと仮定し、それがほぼ当たっている確率の方が高いので、面倒臭いことをする覚悟までしていた。ただ、覚悟というほどの凄いことではない。日常的なことか

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