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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2020年8月の記事一覧

目撃者

目撃者



 石田村の小円さんが人影を見たと聞き、一円は石田村に向かった。一円とは探偵で金田一円。その探偵一円が小円を訪ねる。何かありそうだが、偶然、名が似ているだけ。
 目撃者がいたのだ。現場にもう一人いたことになる。それが小円。彼から様子を聞けば、手掛かりが得られるかもしれない。
 石田村は事件のあった竹沢村のお隣。しかし小山を越えた山村。バスはあるが便が少なく一円は車を持っていないので、徒歩で行った

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隠し部屋

隠し部屋



 昨日と同じような一日が始まったのだが、少し違う。それは当たり前のことで、そっくりそのままコピーするようなことはできない。
 目覚め方も違うだろうし、天気も違う。体調も違う。同じ作業でも捗ることもあるし、そうでないときもあるし、また勢いがあるとき、無いときもある。この先が楽しみだと思える日もあれば、もう先がないと思う日もある。いずれも変化している。そのため、そのときの気持ちがずっと続くわけでは

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下等遊民

下等遊民



 夏が終わり、涼しくなり出すと冷静になる。上田はそれでは困る。冷静な判断をしてしまうため。
 誰でもその程度の判断はできる。単純なことで、よかれ悪しかれ程度は子供にも分かる。
 おそらく上田が今やっていることは悪しきことだろう。しかし、一概にそうとは言えない。そこが微妙なのだ。
 さて、その判断、判定が出る。毎年、夏の終わり秋の初めにこのイベントがある。関所だ。大概は反省しないといけなくなるの

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オートの人

オートの人



 今日は怠いので、何もしないで、大人しくしておこうと、吉田は朝に思う。起きたときからそう思わないが、支度をしているときの感じで、それが決まる。といっても吉田は仕事人。かなりの激務。だから何もしないで大人しくしていることなど不可能だが、意外とそれができる。怠いのは身体が怠い。頭も怠い。だから力を加えないこと。体重をかけないこと。頭もオートで、考えないようする。
 忙しく立ち回っている人ほど、何も

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風船頭

風船頭



 朝夕涼しくなりだした頃、上原は何となく元気がない。夏の暑い盛りの方が元気。暑さでダレていても、何処か元気が燃えている。暑いので元気に引火するわけではないが、勢いがある。
 それが秋の風が吹き出すと、急にシュンとなる。燃えていた頭や身体が平常に戻り、冷静になるのだが、その冷却作用がいけないようだ。元気まで冷やしてしまう。
 冷やす原因は冷静さ。冷静になることで晴れていた気に水を差す。まあ、それ

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なかったことに

なかったことに



 大きなビルだ。この入れ物一つ全て同じ会社が使っている。自社ビルだが本社のビルは別にある。
 佐伯は恐る恐るロビーに侵入し、受付までそっと寄る。泥棒ではない。用事で来たのだ。
 受付で用事をいうと、ロビーの横にもう一つ部屋があり、喫茶店風。喫茶店ではないが、喫茶店。しかし、誰もいない。
 そこで待つようにいわれたので、適当に座ると、受付にいた別の人が飲み物を聞きに来た。
 しばらくして、何度か

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大事を見て小事を見ず

大事を見て小事を見ず



「秋風の吹く頃」
「まだ暑いですよ。夏はまだまだ続きますよ」
「いやいや、夜中に、そっと吹いたりしているのです。夏場、鳴いていなかった虫の音も」
「寝ているので、その時間は関係ありません。それにまだまだ熱帯夜が続いていますよ」
「お盆を過ぎると秋が忍び寄ってくるのです」
「確かに昨夜は風がありましたが、涼しい風じゃなかったですよ」
「まだ早い」
「そうでしょ」
「時間が」
「時間」
「夜明け前

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空き城

空き城



 大熊城というのは不思議な城で、城主が誰なのかが分からない。行く度に城主が違うようだが、別に城主に用があって行くわけではなく、休憩や買い物や、場合によっては宿泊で使う。
 要するに大熊城は空き城。使わなくなり、放置したまま。そのため、空き家に人が勝手に入り込み、住んでいるようなもの。
 大熊城は内山家の城で、最後に立て篭もれるように建てられた山城。そして兵を詰めておく城。戦略上の城で、内山家の

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黒橋

黒橋



 何もないのだが、何かある。そういう日々を黒橋は送っていた。妙な名だが、先祖が大きな大名に仕えており、その屋敷が城の黒橋の近くにあった。
 黒塗りの橋で、黒橋と呼んでいた。その橋も通称で、正式な橋の名はある。大手門の左右にある二つの門の堀に架かっている橋。普段は使われていない。殿様とその一門専用の門で、橋もそうだが、門は開いており、橋を渡る人も多い。そこから入った方が近い人もいるのだろう。
 

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夏の夏休み

夏の夏休み



 年中夏休みをしているような高岡だが、特に夏の夏休み、これは夏と断る必要はないが、冬の夏休みも高岡にはある。実際にはそんなものはないのだが、全てが夏休みの延長。長い目の休みを高岡は夏休みと呼んでいる。だから冬休みではなく、夏休みとなる。
 休みの中で休む。休みの中でも特に深いのが夏休み。年中休みの中での夏の夏休みは高岡にとっては一番深い。まるで深い眠りに入り込んでいるようなもの。そのため世間は

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お盆の怪

お盆の怪



 お盆の最中。草加は郊外にある農家が実家なので、そこで過ごした。いつもは空き家状態。何日かに一度は見に帰る。草加はその近くのマンションに住んでいる。
 しかし、正月と盆は実家で過ごす。既に誰も住んでいない兄弟やその子供が遊びに来る。草加は本家を継いだが、独身。
 しかし、今年は誰も遊びに来ないようで、草加は一人で実家でお盆を過ごした。仏壇があり、それをお盆風に飾り付けるだけ。先祖と自分しか見て

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お盆の頃

お盆の頃



 お盆が近いのか、影が長く伸びている。日影が多くなるので、助かる。
 木下がまた今年もそんなことを思う盆の頃。盆といえば盆から先はおらぬぞという何か淋しい歌。また、お盆までには何とかせよというような言葉。これは毎年聞いていた。この何とかとは一年ものだろう。正月までには、新年までにとは言わないが、年末までには、は言う。しかし年末までは仕事が多い。お盆まではプライベートなことが多い。
 さて、今年

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不感動する

不感動する



 茶瓶から音が聞こえない。量が少ないためだろうか。お茶を一杯だけ飲みたかったので、早く沸く方がいい。あとでその湯を使うわけではないので、残しても仕方がない。
 もう聞こえるはずなのだが、音がしない。笛が鳴るはず。それもすぐに。量が少ないのだから。
 それで下田は台所まで行き、火を消した。沸騰しているのは分かっている。
 それでお茶を飲み、ニュース番組を見ていたのだが、そのまま付けっぱなしで用事

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大人の心境

大人の心境



 状況が変わってくると、心境も変わる。状況に順応しようという側と、反発すぐ側がある。自然なのは順応だろう。意志的なものは弱いが、順応しようとするのも一つの意志。そのため、これまでと違うものに興味がいったり、また注目するものが変わってくる。それに心境の変化も加わり、好みまで変わる。大袈裟に言えば生き方も変わってくる。
 一方、反発の場合は、状況が変わったのに、これまでと同じようにやろうとする。順

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