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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2020年6月の記事一覧

座る神具

座る神具



 第一世代がやり始め、第二世代が大いに発展させ、第三世代が安定させた。
「わしは神様と呼ばれておるが、貧乏神。若い頃に住んでいたアパートからは出たが一間が二間になっただけ」
「伝説の人です。神話の中の神様と私はいま会っているのですね」
「そんな神が万年床に座っておるか」
「それ、丸めて背もたれ、座椅子。いやソファーかもしれません」
「うむ、あと二つ両脇に蒲団をくっつければな。しかし、芯がない」

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上田さんに聞け

上田さんに聞け



 黒田はモニターの表を見ながらため息をつく。右肩下がり。息は息でもため息。それで気が抜けた。
「上がりそうだったんだがね。駄目だなあ」
「下がる一方ですね」
「滑り台だ」
「しかし、何度か上がりかけましたよ」
「滑り台の瘤程度だ」
「はい」
「立ち上げのときが一番で、それを越えられない。ジリジリと下がっている」
「よくあることですよ」
「これは上がらないと困るんだ。立ち上げのときはスタートで、

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暑気狂い

暑気狂い



 まだ真夏ではないが暑い日、上田はいつものように駅へ向かった。駅前で買い物をするためだ。古い商店街が残っているが、アーケードはない。駅まで続く道にポツンポツンと商店がある。普通の家の方が多いのは、店じまいしたためだろう。しかし商店跡だった形が少し残っている。ただの家だが玄関の間口が広い。
 梅雨のさなかだが、そういうときの晴れ間は意外と真夏よりも暑い。
 上田は別に気にしてはいない。この時期な

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木ノ株屋吉左衛門

木ノ株屋吉左衛門



「木ノ株屋吉左衛門さんのお屋敷は、こちらですか」
「屋敷というほどの規模ではないじゃろ。ここは裏長屋」
「あなたが木ノ株屋さんですね」
「旦那様はここにはいない」
「そうなんですか。少し商談がありましてな」
「じゃ、本邸へ行きなされ」
「そんなのがあるのですか」
「山の中じゃが」
「分かりました。場所を教えて下さい」
 商人は場所を聞き、二日ほど旅をし、三日目の宿場からその本邸へ向かったのだが

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血の雨

血の雨



「蒸し暑いですねえ」
「梅雨ですから」
「でも雨が降らない」
「降った方がすっきりするのですがね」
「うちもそろそろ降らせましょうか」
「もうそんな時期になってますか」
「降らし時です。既に過ぎています。遅れると、もう降らせられない」
「そのままでもいいんじゃないですか」
「ここで一雨来ないと、いけないでしょ」
「そうですねえ」
「そのための密約はできているはずです」
「かなり経ちます」
「ま

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実用品と観賞品

実用品と観賞品



 世の中は色々なものがある。
 実用品と観賞品で分けてみると興味深い。普段使っているものはほとんどが実用品だが、見てくれのいいものがあるし、その形や色を気に入っている場合もある。実用性とは関係はないが、実用品の中にも観賞用が含まれている。ただ、それそのものが観賞品ではなく、飾っているだけのものではなく、実際に使っている。
 観賞品は観賞するだけ。また触れたりできるものは触るだけ。また香りを発し

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犬棒

犬棒



 カラッと晴れた梅雨の晴れ間。唐揚げのようにカラッとしている。油気はあるが、それは汗。それも流れ落ちるようなものではなく、汗ばむ以前の薄いもの。
 暑いことは暑いが松田は妙に元気。自転車を漕ぐペダルに勢いがある。その勢いで前の自転車をスラスラ抜くわけではなく、後ろから来ている自転車に追い越されなくて済む程度。しかし暑いのか、人も自転車も少ない。前方も後方も、人がいない。猫の子一匹さえいないとい

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天狗剣

天狗剣



 戦国時代が去り、鎧武者が集団で戦うようなことはなくなった。主な武器は弓と槍。そして鉄砲の時代になっていた。
 太刀での斬り合い。実際の戦闘ではほとんどなかったのではないかと思われる。足利将軍義輝が襲われたとき、名刀を何本も使って戦ったとされている。そして免許皆伝の太刀の使い手。将軍なのだから武将としては最高峰にいる。その人が自ら剣を振り回していたというのは、もう最後の最後だろう。そして太刀は

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細く深くの果て

細く深くの果て



「行き詰まったのですが」
「そんなことを言いに来たのかね」
「いえ、別に困ってませんが、一寸感想を述べたいと思いまして」
「私に聞いてくれと」
「そうです。聞いて欲しいのです。そういうのを聞いてくれるのは奈良さんしかいません。ベテランですので」
「しかし、もう一線から外れたところにおりますから、今のことは疎いですよ」
「いえ、長年の経験から」
「さあ、で、何でしょう」
「行き詰まりました」

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調略の果て

調略の果て



 戦国時代の調略。これは武力ではなく、外交のこと。調略で敵の城を取る。刃向かう敵では被害が出る。だが敵の本拠地ではなく、その周辺の城は取れたようだ。
 これは世の流れを説き、また敵味方の優劣などを説き、無駄な戦いをしないで、我が方の人になれということを懇々と説く。また誠意を見せる。これが上手かったのが秀吉だとされている。悪くいえば人たらし。元々百姓なので、武家としてのプライドなど、後付けだろう

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キャラ立ちぬ

キャラ立ちぬ



 何でもない人物。しかし何かあるだろう。何もない人物なら、それは存在さえしていないようなもの。ただ、何が何だろう。この何かというのが曲者で、何かを差している。何かが何かを差している。きっと見るものの価値観で何かが違ってくるのだろう。
 黒田は何でもない人物。まあ、あまり目立たないし、特徴もないし、キャラが立っていないキャラだろう。だから覚えにくいし、印象にも残らない。だが、少しは何かがある片鱗

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梅雨入り

梅雨入り



「雨ですなあ、昨日も降っていた」
「梅雨入りです」
「あ、そう」
「それだけですか」
「何が」
「一節あるんじゃないですか」
「?」
「蘊蓄ですよ。雨に関して一蘊蓄あるんじゃないですか」
「一節太郎じゃあるまいし」
「じゃ、いいのですね。雨は雨でも梅雨の雨ですよ。何か語りたいでしょ。吹きたいでしょ。唸りたいでしょ」
「いいや」
「あら、元気がありませんねえ。私、覚悟していたのですよ」
「下手な

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今日も休む人

今日も休む人



「今日はのんびりしたいねえ」
「いつも言ってますねえ」
「そうだったか。しかし今日はのんびりしたい」
「昨日ものんびりとしていたじゃないですか」
「そうだったか、結構慌ただしかったけど」
「まあ、ペースは人それぞれ」
「そうだね。私はゆっくりがいい。そしてのんびりが。もう年だからね、急いでやっても先が見えておる。大した成果は上がらんし、精一杯やってもやらなくても似たような結果。それじゃ、のんび

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第三分室と鳴門金時疑惑

第三分室と鳴門金時疑惑



 繁華街の外れの雑居ビル五階にある第三分室。そこに一人だけで勤めている田中は仕事がないので暇なため、毎日のように市場調査、つまり散歩に出ている。
 そんなある日、珍しく本室から電話があった。運良くオフィスにいたので、散歩はバレなくて済んだが、別に外室禁止ではなく、休憩時間もあるし昼休みもある。ただそれが長いだけ。
 本室からの用事は、第一分室、第二分室までで第三分室まで回ってくることはないのだ

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