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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2020年3月の記事一覧

花見へ行く

花見へ行く



「花見に行きましたか」
「この季節ですからねえ、それしかないでしょ」
「満開前です」
「そうですねえ」
「行かれますか」
「いえ」
「行かないと」
「はい」
「それはまたどうして」
「気分が優れません」
「何処かお悪い」
「いえ、ただの気分です。行く気がしない」
「毎年そうなのですかな」
「いえ、今年、特に」
「ほう」
「花見どころじゃなくて」
「お忙しい」
「そうじゃありませんが、気になるこ

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雨桜流花見

雨桜流花見



 雨の日に傘を差しながら花見をしている人がいる。これが名物になり、その後、雨桜を見る人が増えた。花見にも流儀があり、雨桜流の家元となったのだが、今年はまだ姿を現さない。
 当然晴れていても曇っていても来ない。雨でないと。
 雨が降っている日でも、雨がやむと、近くのお寺で待機している。雨が降るまで。
 山門前にお寺が茶店を出している。当然雨の日は客がいないに等しいが、その雨桜流の家元が話題になっ

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春霞

春霞



 吉備郷の牛尾橋三郎は国人と呼ばれている。その地に土着している人だ。動乱の時代なので、武者姿。それもかなり古式の。まるで都の御所でも守りに行く本来の武人のように。
 その牛尾橋三郎が山道を歩いている。城下に出るためだ。久しぶりにいいものが食いたいし、着るものも欲しい。小刀の鞘が痛んでおり、巻き付けてある紐のようなものがほつれているし、鞘そのものの塗装もはげている。はげている箇所を塗ってもらいた

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異界手記

異界手記



 その世界は、まだ誰も知らないのだが、ここでは知る必要そのものがないだろう。
「これは」
「異界へ行った人の手記です」
「創作ですか」
「まあ手記なので、何とも言えません。本人が書いたものなので」
「で、何処へ行かれたとなってます」
「それがなっていません」
「行かなかったのですか」
「だから、行った手記です」
「じゃ、何処へ行ったのかが書かれているでしょ。そうでないと手記の意味がない」
「人

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二人の元画学生

二人の元画学生



 画学生時代同級生だった二人が偶然出会った。しかしこの偶然、数回ある。立ち回り先が似ているためだろう。
 しかし年をとるうちに、その偶然も減る。偶然でしか合わなくなったのはもう交流がないため。学生時代だけの関係のためだろう。一人か二人、そういう友人がいないと、不便なため。だから長く付き合える親友にはなれなかった。
 便利といえば、学生時代に二人展をやったことがある。半分のお金でできるためだ。二

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花見

花見



「桜が咲きかけていますよ」
「おおそうか。今年は早いのかのう」
「ここ数日暖かったので」
「おおそうか、それは花見をしなくてはのう」
「そうですねえ」
「じゃ、出掛けるか」
「いや、咲きかけで、まだ咲いていません。従って花見客もいません」
「いいじゃないか」
「そうなんですか」
「すいていて」
「しかし、咲きかけもまだしていません。つぼみが赤くなっている程度で」
「いいじゃないか、それもまた桜

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あれこれ

あれこれ



 これというのがないとき、吉田はこれを探す。しかし探さなくてもこれというののは結構ある。だがそれを今するとなると気が重い。今ではなく、あとに回し、最後までしないこともある。だからこれというものではないのだろう。
 その、これというのはよく変わるし、またすぐに終えてしまうものもある。長く続いているものもあるが、長いとこれというものではなくなっている。
 吉田により、これというのは、あれではない程

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アルミ

アルミ



 岸和田は考えがまとまらないので、整理することにした。こんな状態はあまりよくなく、まとまらないことが問題で、これはまとまらないことなのだ。そのため、いくら整理しても、まとまらないだろう。
 部屋で煮詰まったので、外に出ることにした。これは同じことで、外ならまとまるわけではないが、頭を冷やすには丁度いい。
 室温よりも外は低い。だからもろに冷やすことになるが、頭の先が冷たくなるほどの低温ではない

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我が世の春

我が世の春



「暖かいですねえ」
「春が来ましたね」
「来ましたか」
「冬が去ったのは確かです」
「そうですね」
「ところであなたの春は?」
「なかなか我が世の春にはなりませんよ」
「そのあと秋が来る」
「夏ではなく」
「そうです。いい頃は善いのですが、やがて黄昏れだし、盛時は去る」
「盛者必衰のあれですね」
「必ず衰える」
「まあ、一度も我が世の春をしないよりはいいでしょ」
「いやいや、我が世の春ができる

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二階の八畳の夢

二階の八畳の夢



 八畳ほどあるだろうか。その横の部屋も襖を取り外しているのでより広く見える。夏はそんなものだと思いながら柴田は部屋の真ん中に敷かれた布団から起き上がった。まだ宵の口、開けはなたれた窓から簾越しに明かりが見える。下で子供が花火でもしているのだろう。
 ああ、盆休みで里帰りしていたのだと、改めて思う。
 そこで、目が覚めた。夢の中身は目を覚ましたところだけ。だからこの夢が目覚ましになっていたのだろ

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村の三長老

村の三長老



 村の人だが、めったに姿を現さない。当然見た人はいるので、噂だけの人ではない。そして怪物ではない。
 千草の隠居が村のメイン通りを歩いている。何か心配顔で。
 そこを抜けると大きな屋敷が並んでいる。いずれも豪農だろう。その中でも際だって大きな農家がある。武家屋敷並みだ。この村の大庄屋で、近在の村まで仕切っているような家柄。その裏口から千草の隠居が入ってきた。
「珍しい人が来ましたねえ」
 大庄

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摂丹峡

摂丹峡



「摂丹峡って、ご存じですか」
「知りません」
「有名じゃありませんからね」
「そこが何か」
「仙境です」
「ほう、それは地上にあるのですか」
「摂津と丹波の間。ちょうど境目です」
「それで摂丹峡」
「そうです。しかし、境目なので、これが怪しい。何でもそうです。境界線は危ない。端と端というのは何かちょっと違ったものがあります」
「摂丹峡の最寄り駅は?」
「福知山線ですが、遠いです。しかし、山越え

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自己改革

自己改革



 藤田は体調を崩したので、仕事を休んでいる。しかし大した仕事などしていないので、休んでいるようなもの。だから影響はほとんどないが、何かで時間を潰さないといけない。ずっと寝ているわけにはいかない。だから何でもいい。何かで時間を潰せばいい。当然潰すだけではつまらないので、有為な時を過ごしたい。何が有為なのかどうかは本人次第。
 ところが藤田はあまり有為なことを知らない。知っているが、やりたくない。

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