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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2019年11月の記事一覧

夢の中の意識

夢の中の意識



 朝、目覚めると、いつもの自分がそこにいるのは考えなくても分かることで、他人になっているわけがない。また違う自分になって起きてくるわけでもない。どちらもそんなことが起これば朝から大変だろう。目覚めが遅かったとか、悪い夢を見たとか。もう少し寝ていたいとかのレベルではない。
 寝ているときは意識はない。起きているときのような自分というのが消えている。営業していない。しかし深夜営業ではないが、夢は営

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吉野峰の呪術師

吉野峰の呪術師



 吉野峰の郁三という男が呪術が達者と都で噂に上がっている。噂はあくまでも噂。それに都から見に行くには遠い。誰も確かめに行く者がいないので、この噂は長く続いた。誰かが見に行けば、その力が分かり、噂にも立たなくなるのだが。
 ある下級の公家に、それに近い爺さんがいる。卜占に長けているのだが、さっぱりあたらない。しかし、こういうのは縁起物で、あたれば困るのだ。むしろ善い罫を出すように最初からできてい

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役者

役者



 落ち着かなかったのだが落ち着き、また落ち着かなくなり、そして何処かでまた落ち着く。この繰り返しをしていると、最初からじっとしていた方が良いのではないかと思うのだが、そうかはいかない。落ち着かないときは落ち着こうとするだろう。
 そして落ち着いているときは、何か物足りない。落ち着いた瞬間は良いのだが、しばらくすると飽きてくるのか、またはここで落ち着いて良いのだろうかと、いろいろと考えるためだろ

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山庵の守善

山庵の守善



 守善は目が覚めたのだが、また食べて寝て、食べて寝てを繰り返すだけ。それが修行だと言われ、人里離れた庵で過ごしている。しかもたった一人。誰も作ってくれないので、食べて寝るだけでは済まない。畑はあるが、田んぼがない。それに水田があってもまだそれは食べられる米ではない。畑があっても育つまで待つしかない。
 野菜は何とかなるが、米がない。そのため、米は届けてくれる。しかも一年分。
 畑で作らなくても

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枯れ葉の道

枯れ葉の道



 秋の終わりにしては暖かい日で、冬ごしらえでは暑いほど。岩田はいつものように散歩に出たが、汗が出てきた。それで分厚いジャンパーを脱いでもいいのだが、手に持たないといけない。それも面倒だし、括り付けると余計に暑い。腹に巻くと腹巻きになってしまう。
 巻いていたマフラーも解き、湯上がりで首に引っかけている程度にしたが、それでも首が暑苦しいので鞄に入れた。
 歩くとカサカサ音がするのは落ち葉。葉の僅

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三寒四温

三寒四温



「寒くなりましたねえ」
「三日ほど寒い日が続き、そのあと四日ほど暖かい日が続く。これを三寒四温と呼んでおります」
「これからがそのシーズンですか。そのパターンが繰り返されると」
「らしいですが、これは中国での話なので、そのまま我が国に当てはめるわけにはいきません。まあ中国も広いので中原での話でしょ。日本も広い、長いので北と南とでは気候も違う。だから、その南北の幅の中に、三寒四温が当てはまる地が

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冴えない話

冴えない話



 今日もまた今日が来たのだが浅田は冴えない。毎日冴えていると、逆に疲れるので、たまには冴えない日があってもいいのだが、最近そういう日が多い。それで何とか打開しようと、色々と刺激的なことをやるのだが、それほど持たない。夜半までは盛り上がっていたのだが、朝になると、戻っている。
 頭が冴えれば良いというわけではないようで、むしろぼんやりとしているときの方が、物事もよく見えるようだ。しかし、このぼん

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指導者

指導者



 今日はもう何でもいいから適当にやってしまうという日がある。何をやるにも面倒で、特に何もないような日だ。
 何かに熱中しているときは、暇を惜しんで突き進むのだが、これはそのことよりも、この熱中で突き進むことの方が美味しいのかもしれない。一種の刺激であり、前へ前へ、次へ次への誘い水があるため。結果を知りたいので、面倒なことでも、シャキシャキとやる。
 これは先に楽しみのようなものがあるためだろう

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調子が良くなる鳥

調子が良くなる鳥



「この頃になると飛んでくる鳥がおりましてね。それを見るといい年末になり、いい年明けになります」
「渡り鳥ですね」
「そうです。年に一度見られるかどうか、微妙なところです」
「縁起のいい鳥なのですね」
「そうです。昔からこの鳥を見ると良い年末年始になります」
「どんな鳥ですか」
「結構派手な極彩色。雀ぐらいの大きさですが、嘴が長い。まあ、見慣れた雀に比べると、鳥の格が違うように感じますなあ。貴人

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四方への散歩

四方への散歩



 寒くなってきたためか、村瀬は散歩に出るのが億劫になってきた。散歩は村瀬のメインの日課で、一日三回か四回、多い日には五回も六回も出ている。戻ってきて、またすぐに出る。一日中散歩しているので、家には休憩で戻ってくるようなものかもしれない。
 当然家の近くを歩いている。東西南北、これだけで四コースできる。北へ向かうコースと西へ向かうコースが隣り合わせになることもあるが、それは余程近い場所。遠くまで

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夢は枯れ野を

夢は枯れ野を



「寒くなりましたなあ」
「何ともなりませんが、私は冬野が好きです」
「冬野」
「冬の野っ原ですが、秋の終わり冬の始まり頃がよろしい」
「晩秋ですなあ」
「モミジ狩りよりも、冬野の方が趣があります」
「そんな野原、滅多にないんじゃないですか。何処かの高原でも行かないと。牧草が生えているような場所でしょ。木々がない、草だけの野原」
「秋の終わり、草も紅葉しますが、実際には枯れ出すのです。このときの

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枝葉に拘る

枝葉に拘る



 日々の細々としたことも人生の一部だが、枝を見て木を見ずもあるし、木を見て森を見ずもある。また、より狭く、葉を見て枝を見ずもありそうだ。
 しかし、いきなり葉を見るわけではない。葉を探すため全体を見ている。そうでないと葉など見付からない。何処にあるのかを先ず探すだろう。そのときは全体を見ている。森を見ているし、木も見ているし、枝も見ている。そして葉へとズームインする。葉を見終えると、ズームアウ

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正木の六蔵

正木の六蔵



「正木村の六蔵さんですか」
「はい、そうです。ここは正木村で、私が六蔵です」
「留守が多いと聞いたので、助かりました。合えて」
「ああ、そうですか、何しろ禄潰しですからな。ろくでなしとも言われております。名は六蔵で、六つの倉が建つほどにと名付けられたのですがね。何せ小作人の三男坊。何ともなりませんよ」
「お頼みしたいことがあるのですが」
「そうですか、まあ、聞きましょう」
「娘が拐かされて山賊

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風邪で休んだ日

風邪で休んだ日



 風邪でも引いたのか岸和田はその日に大事を取って仕事を休んだ。軽い風邪程度で休めるのだから、いい仕事だが、仕事は出来高なので、休めるだけ休めるが、月末の収入にもろに響く。ご飯はいいが、おかずが貧弱になる。海老の天麩羅がちくわの天麩羅になり、トンカツがコロッケになる。しかし肉は僅かながら入っている。しかも牛肉だ。実際にそれが肉であるかどうかは舌先では分からない。ミンチ状なので、歯応えはないが、歯

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