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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2019年10月の記事一覧

現場近くの怪しい男

現場近くの怪しい男



 白骨死体が住宅街で発見された。家の中だ。
 多々良刑事は新米だが、寝ているところを起こされ、すぐに駆けつけた。初めての大きな事件と遭遇したようなもの。
 まだ少し古い家が残っている町で、朝の秋の風は冷たいためか、コートの襟を立てた。まだこの時期早いのだが、寒いのだから仕方がない。
 現場に到着すると、既に大勢来ており、多々良刑事は叱られるのではないかと思ったが、第一声は主任からの指示。現場近

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夢の中の友人

夢の中の友人



 夢の中でよく出てくる人物がいる。吉田の古い友人で、年を取ってからはその関係も消えたが、それほど遠くには住んでいないためか、たまに出くわす。
 吉田がまだ十代の頃に知り合っている。年はほぼ同じなので、目上目下の関係はない。同じような仕事をしていたが、どちらも既に辞めている。そういう年というより、長くやれるような職ではなかった。だから、その後、違う職に二人は就いているが、まだ付き合いは続いていた

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交代

交代



 涼しさが寒さに変わりだした頃、田宮は心細くなってきた。季節は秋の中頃。そういう気になりやすい。特にこの時期、精神的に不安定になるのだろう。ただの気候、天気だけの話で、それまでと何ら変わることのない状況なのに、不思議なものだ。ただ、通常でもその不安な気配はしているし、いつ鎌首をもたげるかは分からない。不安感は常にあるのだが、あまり飛び出さない。
 ところが、寒くなり出した頃、それが大きく出てく

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大丈夫

大丈夫



 無難、無事、大丈夫。このあたりはたまに使うし、よく聞いたりする。無難にこなすとかは、一寸ややこしそうなことをクリアーしたときとか、普通にやっているだけだが、特に問題はなかったとかでも使う。無事も似たようなものだが、災難とは限らない。何事もなかったという意味だろうが、そのことはあまり良いことではなかっただけではなく、行事などが無事終わるなどは、悪いことではない。災難ではない。難儀なことではある

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悪縁払い

悪縁払い



「悪い相が出ておる」
「あ、そう」
「このままでは危ない」
「それは何ですか」
「運勢」
「はあ」
「定め」
「はあ。じゃ、何ともならないわけですね。運命、宿命なら」
「心がけで宿命も変わる」
「じゃ、宿命なんてないわけですね」
「変えればな」
「何を」
「だからそれを教えるのが占い師。だから金を取って職としておる。そのままでは占い師も役にたたんだろう」
「じゃ、どうすればいいのです。その宿命

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老犬ロボ

老犬ロボ



 取引先に老犬ロボがいるため、何ともならない。田中はこの玄関の番犬を何とかしないと、中に入り込めないので、先輩に相談した。
「老犬ロボねえ」
「あの老人、何とかなりませんか」
「忠犬だからね。何ともならない」
「噛みつかれそうになりました」
「誰に対してもそうだよ。飼い主にしか尻尾を振らない」
「懐かせればいいのですね」
「無理だよ。最初の取っ付きからして吠え立てる。寄れば噛みつく。何ともなら

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日常風景

日常風景



 日常の一寸したことでもより大きく広い世界と繋がっているものだ。ただ、そこから辿っていく必要まではない。日常内での話なので、一寸したことを一寸済ませる程度。それ以上関わるようなことはない。
 これは物や事柄だけではなく、人もそうだ。一寸そこにいる人、風景画の中に一寸書き込まれただけではない。親もおり、子もいるかもしれない。親がいるのならその親もおり、さらにその親もいるだろう。これは辿り出せばき

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枯木灘

枯木灘



 秋の長雨。まるで真夏前の梅雨のようにじとじとしている。湿気でカビが生えそうだ。
 暑気落としがあるように、湿気落としをしたいと思い、何か乾燥したことを村岡は考えている。
 乾燥。それは水分が少なくなり、いずれ枯れていくよう感じ。
「枯淡の境地か」
 意味は違うが、カラッとしたもの、カリッとしたものが欲しくなった。すぐにポキッと折れそうな。粘着質がなく、しつこくないもの。
 そんなことを思って

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三途の渡し

三途の渡し



 豊志野の町外れに渡し場があったとされている。もう場所は特定しにくい。木佐美川はこのあたりでも大きな膨らみを持ち、橋は長い間できなかった。もう少し下流に橋が架かったのだが、それでもその橋まで行くのが面倒な人は渡し船を使っていた。
 渡し船以外にも渡り方はある。それほど深い川ではなく、水が少ない日なら歩いて渡れた。そういった飛び石のようなものや、杭などが打ち込まれていたためだろう。
 また、川漁

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慣れきる

慣れきる



「まあ慣れるほどやることだね」
「なかなか慣れません。それに馴染めないです」
「慣れることは熟れること、成れること。慣れた状態になれば成功したようなものですよ」
「成功ですか。ただの慣れでしょ」
「慣れるだけでも実は大変。月日がかかります。ある程度の期間がね。貴重な時間をそこで使うわけですから、その時間消費分の成果が慣れるということですよ」
「分かるような気がしますが、一発でできないのですね」

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ライブの前に

ライブの前に



 宮内の町でライブをするのなら、しんさんに声をかければいいと聞いた。しんさんは有名人なので、聞けば何処にいるかすぐに分かるとも。
 しんさんは古いミュージシャンで、この世界では草分けに近いが、ヒット曲がなく、もう忘れられた存在だが、この業界では誰もが知っている。知らなければモグリ。だが、最近はモグリのミュージシャンが多く出てきたため、しんさんといってもピンとこない。ましてや地方にある聞いたこと

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特殊な能力

特殊な能力



 妙な子だと言われ、村の悪童に取り囲まれ、あわやとなったとき、カラスが飛んできた。見ると周囲の木々にカラスの群れ、明らかに襲ってくる勢い。
 また少し山に入った所で、熊と遭遇したのだが、怯えているのは熊で、飛んで逃げ去った。
 この少年、ある日村に来ていた高僧のもとに連れていかれた。変わった僧侶で、位は高いが、妙なことに興味を持ち、特にこの少年のような不思議な能力を見聞するのが好きなようだ。こ

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片隅の人

片隅の人



 神田という人がその業界にいるが、存在感が薄い。それは若い頃からそうで、そういう人がいるということは当然認識されているが、ほとんど相手にされていない。目立たないのだ。影が薄いのだろう。それで神田ではなく、影田と呼ばれている。
 注目されるだけのものがなく、また大人しい性格で、口数も少なく、いつも隅っこにいる。つまり辺境の人だが、中原での人の入れ替わりが激しい中で、神田の存在も何の保証もないのだ

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菓子箱

菓子箱



「秋の初めの頃は体調が悪くてねえ」
「夏の終わりがけにも言ってましたよ」
「いや、夏の終わりと秋の初めじゃ違う。タイプがね。だから体調の悪さも違う」
「そういえば夏頃は何も言ってませんでしたね」
「安定してたからね、天気が。だから体調も安定していた」
「冬もそうですか」
「そうだ」
「じゃ、秋の終わり頃は」
「悪い」
「冬の始まり頃は」
「悪い」
「秋の終わりと冬の始まりは同じじゃないのですか

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