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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2019年6月の記事一覧

空の段ボール箱

空の段ボール箱



 暖かいが暑いになり、暑苦しくなり出すと、黒崎はバテる。夏はバテていていいのだというのが黒崎の方針。ただ、方針と言うほどのことではなく、心づもりだろう。しかし、実際に夏休み状態に入ってしまうので、これは仕事に影響する。ただ、毎年夏場は休んでいるので、やはり方針となっており、決まり事の一つ。方向性の一つ。
 ただ夏休みなど取らなくても、年中休みのようなもので、下手をすると夏よりもその他の月の方が

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去年の風

去年の風



 まだ電気ストーブを出しているのだが、脇に置いている。もう付けることはない。
 そしてそろそろ扇風機が欲しいところなので、押し入れにしまっている扇風機を取り出し、そこに電気ストーブを入れた。交代だ。
 当然暑くなり、そのままでは汗ばむほどになっているので風が欲しい。窓からの風は来ない。それに南に面しているので、風そのものが熱い。だから扇風機が必要。
 当然のことを当然のように実行する。何の間違

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白根崎

白根崎



 何の関わりもない地名がある。奥崎はつい口癖のように白根崎と言っている。何かのついでに思い出すのではなく、それだけが独立して、ぽんと飛び出る。当然声には出していないが、奥崎にとり、白根崎は馴染んだ地名になったようだ。
 奥崎のように崎の付く人名かもしれないし、また別のものかもしれないが、地名だとはっきりと分かる。地名であることは分かっているので、これは間違いない。どうしてそれが分かったのかは分

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非熱心

非熱心



 青葉繁る候、勢いのある頃なのだが、武田は簡潔に、簡単に済ませたいと淡泊なことを思う。深い思いではなく簡単な思い。単純な思いだ。思い方、考え方が簡単なので、すぐに思い付くようなこと。いや、思うまでもなかったりする。
 簡単に済ませる。これは暑くなってきたので、そちらへ向かうのだろうか。本来の目的に対しての挑み方ではなく、その日の気分や体調で左右される。それが年々シンプルな方面へと向かっている。

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三本の矢

三本の矢



「割れんかね」
「中心メンバーです。敵の本体そのものですよ」
「その三人衆だがね」
「そうです。思うにその三人が大きな地位にあって、しかも影響も大きいです。一人一人が大きい」
「他は」
「大したことありません。実際に動かしているのはこの三人衆です。その結束が固いので、何ともならないのです」
「だから、割れんかといっている」
「割るとは」
「仲間割れ」
「それは無理かと」
「そこが割れたらどうな

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願念堂

願念堂



 村の奥まった山腹に願念堂がある。非常に分かりやすいお堂だが、寺ではない。神社でもない。しいて言えば寺に所属している。お堂なので、寺造り。しかし僧侶がいるわけではない。お堂というのは色々な使い方があるが、この願念堂は文字が示す通り、願いを念じる場所。分かりやすい。
 このお堂には主がいるが、コロコロと変わる。願いが叶ったので、出ていったのだろうか。空くとすぐに別の人が入る。村人はここには入らな

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人のやらない新しいこと

人のやらない新しいこと



 古いものが意外と新しかったりする。この新しいという概念が、先ず問われるところだ。それを問わない場合、自分にとっては新しければそれで通じる。ただ自分だけの一人通りだが。多数にとっては古臭いとなる、古いだけではなく、臭い。
 味噌臭く畳臭く、漆喰臭い。これは壁だが、日本家屋の、あの土壁の剥がれたような匂い。土は臭い。土臭い。
 少し前のものでも、もう忘れられてしまったものを今見ると新しいが、おそ

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座布団オフィス

座布団オフィス



「今日の雨は梅雨寒ですなあ」
「そうですか」
「ひんやりする。寒い」
「でも晴れているときは暑いですよ」
「極端なんだよ」
「でも自然現象なので」
「そうだね。リアルにあることだ」
「人にもありますし」
「それは自然かな」
「そうでしょ。感情の起伏のようなものですので」
「感情は起伏するか? 暑くなったり寒くなったり」
「瞬間湯沸かし器のような人もいますよ。起動が速い」
「あれは頭の中の線が切

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不図

不図



 ふとしたきっかけでとか、ふと見てしまったとかの、このふとというのはなんだろう。と吉田はふと考えた。この場合、ふとではなく意図がある。図がある。図に意味を感じたからだ。しかし、ふとは不図と書き、ないということだ。意識的にではなく、ふと視界に入ったとか、急に思い立ったとか、思い付いたとか、作為的ではなく、計画的ではない。
 不図は、意識外ではないが、流れの外。いきなり入り込んだもの。途中ではなく

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詰まらない話

詰まらない話



 常に新しいものを追い続け、時代の先端を走っていた宮田だが、ここに来て行き詰まった。もう手の打ちようがない。それ以上の手が、もう見当たらなくなったのだ。頂上に立つと、その上がないのと同じ。これは飛ぶしかないが、羽根はない。それに鳥もずっと飛び続けているわけではなく、空で暮らしているわけではない。
 だが、その先はまだあるにはあるが、コストパフォーマンスが低すぎる。実行しても得られるものは僅か。

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