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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2019年5月の記事一覧

あやかしの道

あやかしの道



 滝井の宿を出てしばらく行くと枝道がある。街道には多くの道が入り込んでいる。小さな川が大きな川と合流するように。だから、珍しくも何ともないのだが、この街道を始終行き来している犬吉が知らない道。行商人なので村々をよく知っている。どの村も本街道へ出る道があるのだが、その枝道の先に村などない。あれば商いで入り込むだろう。
 またあるはずの道標もない。だから村へと繋がる道ではなく、山から下りてきた道か

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簾のかかっている空き家

簾のかかっている空き家



 然一と名乗る僧侶が村に棲み着いた。村の外れに空き屋があり、そこに住んでいる。
 何故かそこにポツンと家がある。夜になると真っ暗。お隣がいないので当然だろう。
 何もない空き屋だが、簾が下がっている。まだ陽射しが強い時期ではない。
 前の住人が忘れたものだろうか、大して値打ちのあるものではない。何処にでもあるよう葦の簾。
 部屋が暗くなるので然一はそれを外し、丸めて納屋に入れた。納屋の中は何も

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神のいない神社

神のいない神社



 その地方を長く支配していた源氏の傍流は、今は途絶えたが、全盛期に神社を建てている。これは既にあった神社を建て直したもので、再建だ。その謂われは分からないが、名前だけは伝わっている。勝尾神社が昔あったと。
 どんな神社だったのか、まったく分かっていなかったので、適当に建てた。その時代によくあるような。これは地元に対してのサービスのようなもの。しかし、その源氏の傍流は消えてしまい、勝尾神社だけが

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何でもいい人よくない人

何でもいい人よくない人



 何でもいい人は、何でもしてしまう。何でもでは良くない人は良いことしかしない。両者とも、そんな極端な人はいないだろうが。
 何でもいい人はこだわりがないのか、または無知なのか、価値の強弱をあまり付けない人かもしれない。
 外食のとき、何を食べようかと決める。そうでないと店には入れない。すると外食にならない。外食に出たのだから、店に入る必要がある。屋台でもいいし、買い食いでもいいが。
 ところが

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数奇に走る

数奇に走る



 沼田は少し前のものを手にした。偶然それを手にしたのだが、まだ今の時代でも使える。それほど古くはないが、最近のものではないので、それなりの実用性しかない。未来を行くようなものではなく、目新しさはないし、可能性も感じられない。
 ある時代で終わってしまったものではないが、一世代か二世代前の世界では新しかったのだろう。その新しさも昔の新しさで、その新しさの延長上に今はない。以前考えられていた新しさ

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ソシュールを聴きながら

ソシュールを聴きながら



 薄暑の頃、疋田は憂鬱になる。気候は春からさらに勢いづき、日も長く、元気いっぱいで、お膳立ては揃っている。それが憂鬱なのだ。何をするにも良い調子でいく時期なのだが、やることがない場合、勢いだけが空回りする。そしてやや汗ばむ時期なので、いい汗を出して動きたいのだが、なかなかそうはいかない。
 疋田は早く梅雨入りし、鬱陶しい天気になるよう期待する。そして湿気に満ちた重い空気の方が疋田には合っている

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佐々峠

佐々峠



「佐々峠をご存じか」
「知りませんが」
「では何か思い当たるところは」
「佐々成政の冬の日本アルプス越えですか」
「その佐々さんとは違いますが、妙な峠でしてねえ」
「追い詰められていた佐々成政は日本海側から山を越え、家康に合いに行くため太平洋側へ出たのでしょ」
「佐々峠は中部の山岳地帯にはありません。京の都からほど近い峠道でしてな。そこを越えると日本海側へ出られます。これは間道でして、誰もそん

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生え抜きの生き残り

生え抜きの生き残り



「当時はそれが最先端でしてねえ。といってもこの前のことですが、今はもう追いやられましたが」
「よくあることです。時代の移り変わりでしょ」
「しかし、古い時代の方がよかったような気がしますよ」
「じゃ、石器を使いますか」
「ああ、そこまで古いと。しかし、石器でも間に合ったのでしょうねえ。それが最新式だった。石を尖らせて道具にしたり、武器にしたりと。それを超えるものがまだなかったのでしょ。銅とか鉄

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自分主義

自分主義



 本来の自分らしいものに対しては意外と避けて通ることがある。自分らしさ、自分探し、自分らしいものを探すのが本来なのだが、それをしないで寄り道することがある。これは故郷はあるが、敢えて故郷へ足を向ける気にならないところもあるため。
 なぜなら分かりきったものしかそこにはなかったりする。そしてよく知っていることに関しては、それほど興味を抱かなかったりする。
 たとえば大勢の人が行き交う雑踏の中で、

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ひよこ塚

ひよこ塚



 丘陵の端にある住宅地だが、古い家並みが残っていた。昔の下町だろうか。下があるのなら上がある。それは台地のもう少し先にあり、そこは商家が並んでいたとか。今もそれらしい瓦葺きの家が軒を連ねているが、もう店として残っているのは質屋と酒屋ぐらい。取り壊されてマンションになったり、今風な建物に代わっているが、少し横道に入ると、昔ながらの長屋路地があり、その脇に古い木造家屋、これは長屋だろう。それが隠れ

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夏負け

夏負け



 まだ春なのに吉田は夏負けした。それほどの高温ではないが、暑さに負けた。まだ夏は来ていない。春だ。だから春負けだろうか。春の何処に負けたのだろう。気温的に春の気温で負けることはない。寒かった冬から解放され、良い季候になり、過ごしやすいはず。しかし、春も終わりに近付くと、夏が入り込むのか、その先取りされた夏に負けた。
 青葉の季節。これは初夏。だから夏が入ってきている。春から夏バテでは夏になると

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簡単に済ませる日

簡単に済ませる日



 福永には今日は簡単に済ませようという日がある。天気も悪く体調も悪いとか、気がもう一つ乗らないとか、理由は様々。この簡単というのは何だろう。
 簡単、簡易。世の中は簡単にはいかない。また自分自身さえも簡単ではないが、それを簡単にしてしまえということだ。簡潔というのもある。これは清くていいのではないか。余計なことをしないで、簡潔に。無駄口を叩かず、淡々とこなす。
 しかし、よく考えてみると、これ

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予感

予感



 岩田は毎日ことあるごとに方針を立てている。立派なものだ。それで将来に対しての軌道修正を細かくやっているようだ。
 それらは実体験によるもので、頭の中だけで思い浮かんだ考えではない。しかしその体験、特殊な場合もあり、もう二度と起こりそうにないタイプもある。また、岩田の気分やタイミングで、本来良いものが悪いものに見えたりすることもあるだろう。経験は大事だが、一般性がなかったり、また岩田にとっても

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苦行の連休

苦行の連休



 連休最後の日は雨だった。下田は都合十日休んだことになる。仕事から離れ、仕事関係の人達とも離れ、ほっとしていた。このほっとは下田の厭世観から来ている。要するに世の中嫌だ嫌だということ。世の中それであたりまえなのだが、たまには楽しんでいる。そのために娯楽がある。仕事でも人間関係でも嫌なことばかりではないだろう。楽しいこともあるはず。だが、下田には楽しむような余裕はない。これ以上嫌にならないよう上

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