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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年12月の記事一覧

未来を先取る

未来を先取る



 やはり以前の方がよかったというようなことがある。よりよいはずのものに変えたのに、進歩ではなく後退している。当然時代的に新しいものに変えたのに、その結果を見て、前の方がよかったとなると、これは何とも言えなくなる。言いたいことはあるのだが、それは後悔。
 新しいものに変えるのは元気なとき、またはより積極的に進めたいとき。武器でいえば最新兵器。
 富田はそれでシステムを変えたのだが、以前に戻すこと

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徳俵村

徳俵村



「今年も終わりますなあ」
「際に何か欲しいですなあ」
「というと、今年は大したことは何もなかったと」
「あったような気もしますが、忘れました」
「忘年会シーズンなので、忘れてもいい頃ですなあ」
「色々あったはずなのですが、やはり際の際で、何かもう一つ欲しいところです。そうでないと、このまま暮れてしまいます」
「それでいいんじゃないですか。平穏で」
「いや、何が凄いことがあって、来年を迎えたい。

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極月

極月



 年の最後の月。十二月を極月とも言うらしい。
「今年は極めましたか」
「ただのどん詰まりで、何も成果は上がりませんでしたよ。極めたのではなく、極まった」
「何でもいいから年が終わるのですから、何かを極めないと」
「極意というやつですか」
「そうです」
「別に年の瀬に極めなくてもいいでしょ。そういう極意はいつ極められるかどうかは分からないはずです」
「いやいや極月に極める。これがふさわしい」

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行く年来る年

行く年来る年



 年は行くもの。年末によく使われるが個人的な時でも使われる。これは年が行くと歳が行くとが重なりやすい。
 年は行き、年は来る。行く年来る年。これは行く人もあれば帰る人もあり戻る人もいる。これは場所や事象だろうか。
「今年も行きますなあ」
「何処へ」
「え」
「年が何処へ行くのです」
「来年へ」
「何が行くのでした」
「だから年だよ」
「でも今年が来年に行ったら、去年になり、その去年には誰がいる

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願骨堂

願骨堂



 里山散策はいいのだが、普通の里山をウロウロしていると、それは不審者、それ以前に余所者としてみられる。里と言えるほどのものなら、それなりに古い村。村は村人だけのためにある。
 樋口は里山にある喫茶店に入っている。どうも女性向きのようで、紅茶専門店のようだ。
 冬枯れで紅葉も終わった頃。見所は少ないが、散策する人が多い。このタイプの里山は観光地に多い。そのため余所者は歓迎されるが、それは店屋だけ

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ナスカへ

ナスカへ



「ナスカの地上絵はご存じか」
「はい、有名ですね。上空からでしか見えない絵が書かれています。誰が何のために、って話題になりました」
「その話題になるもっともっと前に私の父がナスカを訪ねたことがある」
「まだ国内では知られていない時期でしょ」
「いや、昔から知っている人がいる」
「そうなんですか」
「地上絵のあるところから少し離れた村がある。案内人がいないと、何処に絵があるのか分からないからね。

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年末の人

年末の人



 三村は年末なのに忙しくない。それが少し物足りない。慌ただしいのは嫌なのだが、この時期はそれが相場。いつもの年末らしくない。それは引退したため仕事がないため。
 年をとるに従いこんな忙しい仕事は辞めたいと思っていたのだが、思う思わないにかかわらず、あっさりと印籠を渡された。それでも本人がその気ならまだ続けられたのだが、そのまま何もしなかった。これは了解したとみられた。
 それは秋の終わり頃、淋

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死神風

死神風



 俄雨ではなく本格に降り出した。下田は自転車で帰るところ。
 傘はあるがまだ小降り。冬の雨は冷たい。それでペダルを強いめに踏み、いつもよりもスピードを上げる。四季を通して走っているコース。夏場はゆっくりだが冬場は少し早い。寒いためだろう。
 しかし、妙にペダルが軽すぎる。下り坂ではないし、追い風でもない。水銀灯で雨粒が見えるが真っ直ぐ下に落ちている。
 傘を差すタイミング逸したのは既に濡れてい

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引き寄せ効果

引き寄せ効果



 今日は何か良いことがあるのか。目覚めたとき高田はそんなことを思った。これは考えるほどのことではない。冬の寒い朝、わざわざ起きてまでやるようなことがあるのかと、つい怠けたことを考える。これは考えが足りない。しかし、高度な思考というのは寝起きにはない。一体の動物レベル。
 しかし動物と違い、すんなりとは起きない。なかなか起きてこない動物もいるが、何か良いことがあるのかとまでは考えないだろう。
 

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目的の喪失

目的の喪失



 さて、何処へ行くか。倉田は思案した。思い当たらない。その行き先は目的。路上で彷徨っているわけではない。目的とする行き先、これは場所ではないが、場所でもある。ただ、駅へ向かうとか、買い物に行くとかのそれではない。ただ、ある目的のため、駅へ向かったり買い物をするかもしれない。
 この前まで倉田には行き先があった。目的があった。それは長期でもあり、短期でもある。長い目の目的は大きな目標、生涯掛けて

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不思議話

不思議話



「それは何処にあるのですか」
「この世の何処にもありません」
「じゃ、存在しないじゃないですか」
「想像上のものですので」
「しかし、それが作動していると」
「影響しています」
「この世にはないのでしょ」
「はい」
「じゃ、あの世ですか」
「あの世は存在するかもしれませんよ。そしてあるものとして扱う場合もあるでしょ」
「葬儀とか」
「そうです。あの世はあるかないかは分からない」
「それで、その

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出遅れ

出遅れ



「出遅れましたなあ」
「遅いです」
「まだ間に合うが、どうする。急ぐか」
「急ぐのは苦手です。慌ただしいのは」
「急げば間に合いそうなんじゃが」
「差が付きすぎました。これじゃ不利だと思われます」
「じゃ、どうするのじゃ」
「ゆっくり行きましょう。どうせ最後尾、多少前に出てもしれてます」
「そうじゃのう。急いでも急がなくても最後尾。その地位は不動か」
「まあ、のんびりと行きましょう」
「よし、

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仲間食い

仲間食い



「式田さんを入れるのですか」
「参加したいと言ってます」
「はい」
「多い方がいいでしょ」
「そうですが」
「小さくても多く集まれば大きな勢力になります。一人でも多い方が好ましい」
「はい」
「何か不満そうですが」
「聞いてませんか? 式田さんの噂を」
「いや」
「仲間喰いです」
「え、どういうことかね」
「仲間を喰らって大きくなったのです」
「まさか人肉を」
「似たようなものです」
「詳しく

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神守

神守



 喜地家は神守の家柄だが、都も近く古くから拓けた場所とはいえ、田舎くさい山沿いにある。周囲には農家が点在している程度。晩秋の山里は柿が実り、干し柿の産地でもある。
 都があった盆地のためか、その端にも寺院がある。流石にここは遠いので、観光地化されていない。
 喜地家が祭っている神というのには建物がない。そのため、神社はない。
 神守とは神を守る人々だが、喜地家のそれは墓守に近い。つまり神様の墓

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