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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年11月の記事一覧

ある人脈

ある人脈



「水谷道太郎に近付きたいと」
「はい」
「何者か、知っておりますか」
「偉い人でしょ」
「知る人ぞ知る存在です。彼のことを知っておられるだけでも大したものです」
「いえいえ、たまに名前を聞くので」
「何か用件でも」
「お近づきになりたいと思いまして」
「それは無理でしょ」
「近付けませんか」
「近付けます」
「じゃ、いけるじゃないですか」
「会うことは簡単かもしれませんが、それだけです」
「で

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よくよく

よくよく



「欲をかいちゃいけませんが、欲がないとやることがなくなりなすよ。元気もなくなる。目標もなくなり、目的もしっかりしない。何をやるべきかも曖昧」
「じゃ、欲深くてもいいのですね」
「神々の深き欲望だよ」
「はあ?」
「しかし、欲をかきすぎるとよくない。それだけハイパワーになり、鋭利になり、強くなりますがね。これは切れすぎる刀のようなもの。逆に自分を切ってしまうこともあります。誤ってね」
「では、ど

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割り橋

割り橋



 支店と言っているが出店のようなものではなく、支社だろう。規模は大きく、またここがこの組織の発祥の地。本社は元々、ここにあった。
 そこに新しい支店長がやってきた。早速全員を集め、挨拶が行われた。これはしなくてもいいのだが、この宝田の流儀だろう。
「何事においても慎重に、成功よりもミスをおこさないこと。ミスの少なさが成功をもたらす。そのため、私は割り箸を叩いて渡る、を信条としております」
 ざ

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第一印象

第一印象



 第一印象で決めるか、論理的に詰めて決めるのかで、高田は迷っていた。そのものの選択で迷っていたのではなく、選択の仕方で迷っていた。これは選択基準を何処に置くかの話。人それぞれ流儀があるが、そんな大層なものではなく、流派をなすほどのものではない。
 高田は第一印象で選ぶ方だが、それだけでは危ないので、論理的なフォローもする。そのとき、第一印象でよかったものが、意外と駄目だということが分かったりす

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キリギリスの蟻

キリギリスの蟻



 蟻とキリギリスの話で、夏場遊んでいたキリギリスが困る初冬。例に従い蟻にすがる。そういう法則でもあるのだろう。
 夏場、猛暑の中でも働いていた田中の家はアパートで、しかもこの辺りでは一番安い。キリギリスの吉川は少し離れた町に住んでいるが、そちらの方が安い。だから田中よりもいいところに住んでいることになるが、それは最下位争い。低いレベルでの比較だ。
「田中君、いるかな」
「来たな吉川君。この季節

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我忘れ

我忘れ



 朝、目覚めた吉田は、今日は何をする日だったのかと先ず考えた。こういう日は何かある日で、今日しなければいけない、何かがあるとき。いつもなら単に目が覚め、何時だろうとか、もう少し寝ていたいなどが最初にくる。そのため、特に考えるようなことはしないし、考えることは起きようとすることぐらい。
 昨日の延長、昨日の続きがすぐに始まるわけではない。一度寝てしまうと、繋ぎ目なく始まるというようなことにはなら

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天ヶ峰神楽

天ヶ峰神楽



 天ヶ峰。それは何処にでもあるような山の名かもしれない。
 この地方での天ヶ峰は高天原伝説と絡んでいる。そこから神々が降臨したというものだが、これは後付けで、そういう必要があったのだろう。世の中の動きで、いかようにも変わる。
 実際にはこの辺りでは一番高い峰なので、天高きところの山という意味だろう。また里から見ると雨が分かる。霧が掛かるためだ。それで天気予測ができたりする。天ヶ峰ではなく、雨ヶ

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昼寝

昼寝



「最近忙しくてねえ」
「忙しいのに、よく遊びに来たねえ」
「忙しついでだ」
「でも忙しくていいじゃないか」
「忙しいだけで儲かっていない」
「商売をやってるわけじゃないだろ」
「いろいろと先のことを考えて、動いている。下準備のようなもの。いずれも有為なこと」
「いい調子じゃないか」
「それで、昼寝ができなくなった」
「昼寝なんてしてるの」
「ああ、体調を崩したとき、よく昼寝をした。その癖が残っ

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閉じられた井戸

閉じられた井戸



「寒くなってきましたねえ」
「もう冬ですよ」
「秋から冬は釣瓶落とし」
「最近釣瓶なんて使いませんし、井戸もないですがね」
「あるんです」
「使っていますか」
「使っていません」
「どんな井戸ですか」
「水道がまだ来ていなかった時代の井戸ですよ」
「古井戸じゃなく」
「共同井戸ですがね。四軒か五軒の」
「長屋のような」
「普通の家にも井戸があった時代です。水道時代手前の最後の井戸です」
「その

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橋を渡る

橋を渡る



「次は何処へ行きますか」
「見るものがないねえ」
 山が深い。高い山ではないのだが、街から離れているため、深く見えるのだろう。
 夕食も終わり、浴衣に褞袍を羽織り、下駄を履いた宿泊客がそぞろ歩きを楽しんでいるのだが、見るべきものがない。川沿いのちょっとした膨らみ程度の場所。温泉として古くからあるが修験者の宿として使われていた。だから里の人間がわざわざここまで湯に浸かるに来ることは希。
 しかし

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ある調子

ある調子



「誰がこんなことをしたのかね」
「あ、僕です」
「余計なことを」
「あ、はい」
「元に戻しなさい」
「分かりました」
 田村は調子が良いときは注意せよという教訓を忘れていた。これは自分で発見した自己管理方法。今日は調子が良すぎて、積極的な仕事をしてしまったようだ。少し方法を変え、よりよくするためにやったことなのだが、裏目に出た。おかげで元に戻すのに時間がかかり、帰りが遅くなった。
 地下鉄を降

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きつね坂

きつね坂



 きつね坂。その名を聞いただけで、もう何があるのか分かりそうなものだが、ついつい欺されてしまう。分かっていても欺される。分かっているのなら欺されないはずだが、欺されてしまうのは、欺されてみたいという気が少しはあるのかもしれない。欺されるとろくなことにはならない。そのため、敢えて欺されようと思う人などいないのだが。
 柴田がきつね坂に差し掛かったのは、用事があるため。まあ道を行くときは何らかの用

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ゾンビ記憶

ゾンビ記憶



 人に歴史あり。そのため歴史秘話もあるし、歴史から抹殺したこともある。しかし個人の歴史。世間に対して示すのは履歴。これは歴史的出来事ではなく、職歴だろうか。当然学歴が分かりやすい。卒業してからの職業が「がたろう」では分かりにくい。河川埋没物清掃員。まあドブさらいをする人だが、この話は落語「代書屋」で有名。
 自分のことなのに知らない歴史がある。それは実際にあったことで、体験したことなのに。その

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余暇の過ごし方

余暇の過ごし方



「最近忙しそうですね」
「いろいろと慌ただしくてね」
「それは結構なことで、景気がいいのですね」
「景気も何も、私は仕事をしていませんから。そのため、物価が下がるとありがたいです。景気がよくなります」
「いやいや、物価が下がりすぎると危ないでしょ」
「そうですか。まあ下がった分、余ったお金で何か買ってしまいますから、同じことですがね」
「じゃ、最近どうして忙しいのですか」
「やることがないので

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