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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年10月の記事一覧

壇空と護菩天

壇空と護菩天



 壇空という山伏か祈祷師か修験者か行者か何かよく分からない術者がいる。一見したところ修験者、背中に箱のようなものを背負っている。この箱だけでも重いだろうが、意外と軽い。桐のためだろう。漆塗りで、濡れても何とかなる。ペンキを塗っているようなもの。
 元は僧侶。小さな寺の息子だが、親子揃って人徳がない。そのためか、檀家が減り続け、いなくなった。それで寺を捨て、山野に入った。昔は里で都合が悪くなると

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慣れ疲れ

慣れ疲れ



 思っているものよりも、思わぬものとの遭遇の方がインパクトが強い。これは悪いことなら災難だが、いいことなら新鮮。
 思ってもいなかったことなどそれほど多くはない。それなりに知っていたりする。既知だが詳しくは知らないし、また興味はあっても近付かなかったりする。
 情報としては知っているがタイミングが合わないのか、相性が悪いのか、無視していたようなもの。だから思っているものの外にいる。内に入り込ま

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軽海樹海

軽海樹海



「軽海峰はこの先ですか。真っ直ぐでいいですか」
 山道の分かれ道。どちらが本道なのかは幅で分かるのだが、武田はそこで休憩している人に聞いてみた。これは挨拶のようなものだろう。
「そうです。真っ直ぐです。右はジャングルですから、入らない方がいいですよ」
「ジャングル」
「密林です」
「樹海のような」
「それほど広くはない斜面や沢ですがね、迷いますから行かない方がいい」
 武田は気付かなかったのだ

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里帰り

里帰り



 引っ越して間もない佐々木は、その町をあまり知らない。しかし毎日のように散歩に出ているので、長く住んでいる人よりも詳しいかもしれない。近所の人も外から来た人で、地元の人ではない。そしてあまり見かけないので、近所をうろつく用事などないのだろう。たまに歩いている人もいるが、これも決まったコース。健康目的の年寄りが多いが、これも外から来た人。古老ではない。
 昔からの人がいる一帯がある。そこは古い家

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二者択一

二者択一



 二択。候補などが二つある場合だ。二社でもいいし、二者でもいい。二股の道の場合もそうだ。これは絶対に二つしかないのでどちらかを選ぶしかない。
 複数のものから選ぶときは二択ではない。五択も十択もあるだろう。しかし、数が多いと、選択も困難になる。
 二股のように選択肢が他にない場合は別として、他にもあるが、良さそうなのは一つ。しかし、これを選んでいいものかどうかと、少し考えることがある。それに近

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辻説法

辻説法



 観光の寺だが、その裏側はひっそりとしている。裏に回り込んでも境内の裏は山で、道路もなく、山道が続いているだけ。つまり一番奥まった山裾にあるので、山に囲まれているようなもの。
 ただ境内を囲んでいる土塀に沿って横から奥へと続いている路はある。結局行き止まりだが、小屋があったり祠があったりする。奥まってはいるが背から村に回り込むことができるので、抜け道といえば抜け道。しかし外には出られない。村に

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幽霊の手先

幽霊の手先



「山田君、急ぎの仕事が入ったので、すぐにやってもらえますか」
「じゃ、メンバーを集めます」
「簡単でいいから三人ほどでいいでしょ」
「十人いないと」
「三人でお願いします。それと素早く」
「はあ」
「急ぎの仕事なので、大至急お願いします」
「しかし、その人数では」
「できれば今日中にお願いします」
「三日ほどかかるのですがね」
「今日中にお願いします」
「そうなると、かなり簡潔なものになります

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羊羹先生

羊羹先生



 羊羹先生。名前を聞いただけでも甘い甘い、甘露甘露の先生だが。本当の名は陽勘。甘さとは全く関係はないが、全てに甘い人なので、いつの間にか羊羹さん、または羊羹先生と呼ばれるようになった。
 考えの甘さ、詰めの甘さ。いろいろと甘い先生だが、人に対しても甘い。こういう優しそうな人ほど自分に対しては辛いのかもしれないが、そうでもなさそうで、自分に対しても甘い。
 そんな甘いことではいけないのではないか

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名家の家宝

名家の家宝



 瀬尾家は名家だがそれを隠している。そんなことが問われる時代ではないので、敢えて言う必要もないが、あまり言いたくもはない。今も繁栄している名家ならいいのだが、かなり落ちた。元の木阿弥に戻ったわけではないが、それよりは上等だ。
 瀬尾家は小さな豪族で、数十の兵が動員できる程度。何処にでもいるような小勢力以下のその他だろう。
 ところがその国に現れた有力者が、瞬く間に一国を統一した。瀬尾家はその武

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夢の中の出来事

夢の中の出来事



「見た夢は忘れたのですが、そのときは覚えていました」
「夢の内容は?」
「忘れました」
「ほう、じゃ、何も語れないではありませんか」
「しかし、どんな感じの夢だったのかは覚えています。古い友達と言いますか、仲間でしょうなあ。もう何十年も前の話になります。何かトラブルでもあったのでしょうねえ。私が起こしたものではなく、その友達の一人でしょうか。私達はその友人を追いかけています。追求しているのでし

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水回り

水回り



「雨ですなあ」
「水を差されました」
「おや、何処かお出掛けで」
「野暮用でね」
「じゃ、聞くのは野暮ってことですな」
「そういうことです」
「いいところですか」
「聞いているじゃないですか」
「そうでした」
「じゃ、言いましょうか」
「はい、いったい何処へ」
「ホームセンターです」
「ああ、ただの買い物でしたか」
「だから野暮用です」
「なるほど」
「何を買いに行くかを聞きたいですか」
「は

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援軍

援軍



 戦国時代、領地を取り合っていた頃、そんな無茶ができるのは、中央に押さえの政権がなかったためだろう。
 黒川城主は気に入らないことがある。非常に戦闘的な人で、周辺の村々を取っていた。隣接勢力の領土だが、いつの間にか隣国の半分ほどを奪っていた。
 そこまでは順調。しかし、最近気に入らないことがある。それは隣国は弱いのだが、同盟国があり、それが駆けつけてくる。これが気に入らない。
 その同盟軍は大

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行楽苦楽

行楽苦楽



「おやっ、山田さん。歩き方がおかしいですが、怪我でもされたのですか。いや足の怪我とは限らない。腰を痛めたとか、他の病とかで」
「いやいや、昨日は行楽日和でしたので出掛けました。これがいけない」
「どちらへ」
「ちょいとした街歩きですよ。若い頃よく行った街がありましてねえ。それを懐かしんで見に行ったわけではないのですが、その近くで軽い用事がありまして。早く済んだので、そこへ寄ってみたのです。これ

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西へ三里の神様

西へ三里の神様



 倉橋は子供の頃の言い伝えを思い出した。故郷の話などをやっているテレビを見ていたのがきっかけ。しかし、そのことはこれまで何度も思い出している。
 たとえば初詣で神社へ行ったときなど。これは毎回ではないが、一人で参拝するときに多くある。つまり他に考えるようなことがないときに入り込む。ただしきっかけは必要。
 村から西へ三里のところに神が住む神社があると。普通の神社には神様がいるのだが、見た人はい

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