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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年9月の記事一覧

馬子にも衣装

馬子にも衣装



「僕は着るものに凝っていましてねえ。まあ、凝り固まるほどのものでではないのですが、不本意な服装はしません。たとえばジャージとかで外には出ません」
「じゃ、紳士服を着て」
「それは広すぎる分け方です。婦人物ではないという意味での紳士物でしょ」
「じゃ、どのような服装がよろしいのですか」
「見れば分かるでしょ」
「きっちりとした身なりですねえ」
「もう年ですから、昔ほどではありませんが」
「どう見

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何か

何か



 昨日と様子が違う。柴田が朝、目覚めたときの第一印象がそれ。これが一番に来るのかと思いながら、何が違うのかと考えてみた。朝からよく頭が回り、回転するものだ。きっと目覚めがよかったのだろう。いつもなら目覚めたときはまだもう少し眠っていたいというのが第一印象。しかし、印象でも何でもない。生理的なことだ。
 夏が終わり秋になり、空気が入れ替わったのではないかと思ったのだが、それほど変わらない。相変わ

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逃水

逃水



 ピンチはチャンスだというが、ほとんどの人はピンチだけで終わり、それがチャンスに昇華することはない。しかし確率的にはある。
 ピンチをチャンスと考え、どのようにそれを活かすのかとなると、ほとんどの人はピンチにならないような安全策を考える方向へ向かう。それでもいいのだが新たな何かとというものはそこからは生まれにくい。誰も思い付かなかったようなこととか、場合によっては今後のスタンダードになるような

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忌み通り

忌み通り



 水の流れのように、自然に生まれた通い道がある。道は自然に生まれないので、通り方だろう。コース取り。
 武田は一日二回そこを通る。往復で合計四回そこを通っている。何故そのコース取りになったのかが自然の流れに似ているのだが、近道でもあり、通りやすいため。目的地は家から斜め向こうにある。路は碁盤の目のようにあるのだが、東西南北。ところが目的地は南東。だから一本の道がない。そのため、カクカクと回りな

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コスモス

コスモス



「コスモスが咲いていましたよ」
「おお、それは秋らしくていい。曼珠沙華も突然咲き出すでしょう」
「彼岸花ですね」
「この二つが咲けばもう立派な秋」
「あとは」
「松茸」
「それは流石に見かけません」
「キノコは見かけるでしょ」
「はいはい、道端とか、庭とかに、いきなり出てます」
「しかし、スーパーとかへ行けば松茸は見られますよ。夏頃から既に売られていますがね。だから、季節物としてはちょと合わな

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謎が解けた

謎が解けた



 世の中の秘密が分かり、また宇宙の秘密が分かり、生命の謎が解明しても、家賃三万五千円を払わないといけないという事実は解決しない。この時代、安い物件だが、そんなところにしか住めないという状況も解決しない。
 滝田はコミュニケーションの極意を会得しても、やはり家賃三万五千円は払わないといけない。家主と素晴らしい人間関係を築けても、家賃は待ってくれない。
「どうですか滝田先生、最近」
「ここ最近いろ

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十一墓村

十一墓村



 南北朝時代から続く祭りだが、村内だけの密かな祭りで、余所者が来るのを嫌っている。村の祭りはそんなもので、見世物ではないためだ。また素朴な祭りなので、観光には適さない。
 十一祭りと言い、十一様を祭っている。これは一人の神様ではない。十一人。神なので一人とか二人の数え方はおかしいのだが、十一人纏めて十一人様と呼んでいる。当然祟り神。
 鎌倉幕府末期の戦いで鎌倉方が不利になり、ある戦いで敗れた。

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歴史は繰り返さない

歴史は繰り返さない



 歴史は繰り返されるという言い方があるのなら、歴史は繰り返されないという言い方も当然ある。どちらが名文句になるのかといえば、歴史は繰り返されるだろう。しかし本当は繰り返されるようなことはあり得ない。歴史は一回限り。具体物が違うし、人も時代も違うし、そっくりそのままの舞台や役者が揃っているわけではないので、不可能だし、また繰り返せないだろう。芝居でも繰り返し繰り返しやっていても違いがあるので、同

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表現者達

表現者達



 いろいろなことをやっている人が集まる場所があり、誰でも自由に出入りできる。
 竹中は情報誌でそれを知り、そちらへ行く用事があるので、それが終わった後、寄ってみた。
 若い人から年配の人までいるが、若い人が多い。主催しているのは中年男で、髪の毛を後ろで括っている。バンダナはしていない。
 会場となっているのは画廊のようで、参加した人達の絵やオブジェなどがあり、また映像作品もあるのかスクリーンが

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二百十日の神様

二百十日の神様



 夏が終わった頃、その村里で祭りがある。まだ秋の収穫前。稲穂はまだ黄金色ではない。
 ただその祭、奇習というわけではないが、風の神様を鎮める祭り。似たような行事は他にもあり、風祭りと言われている。立春から数えて二百十日。台風と関係しているようだが、実際には厄払いの行事。虫送りが疫病と関係するように。風祭りは災害と関係する。台風に限らず、地震などの自然災害だろうか。
 この村での風祭りは変わって

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オシロ様

オシロ様



「お待ちしています。どうぞ」
 秘書課の部屋の奥に社長室がある。これは別室と言われ、正式な社長室ではない。この会社、会長はいない。
 秘書室と社長室までの通路というのはない。オフィス内をじぐざぐに横切るようにして突き当たりの壁まで行く。そこにドアがある。決して社長室のドアではなく、掃除用具でも入れている物置のような狭いドア。
 平の三村は社長室などに入ったことがない。ましてや別室など、その存在

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地道に生きる

地道に生きる



 暑くて何ともならない夏が終わったのか、涼しい風が吹き出した。これで何ともならなくはなくなったのだが、三島はやることがない。だから何ともならなくてもよかったのだが、何とかしたいという気持ちが発生した。これは頭がクールダウンし、冷静に物事を考えられるようになったため、もう部屋も頭も冷ますクーラーはいらない。
 三島は何かをしたいと思うようになったのだが、これといったネタがない。それよりも片付けな

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説得の神様

説得の神様



「話し合って相手の意見を少しでも変えたいのですが」
「それは無理でしょ」
「話し合いで解決しませんか」
「対決になるでしょ」
「はあ」
「意見といいましても、根の深いものがあります。当然もの凄く浅い根もね。また根だけではなく、それが何処に生えているか、そういった環境も含まれているのですよ」
「それが何か」
「その人にとって、それが最善策なので、変更しようがなく、ある意見を言い続けることもあるの

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避暑地の別荘

避暑地の別荘



 高原と言うほど原っぱが拡がっているような場所ではないが、標高がそこそこあるためか、昔から別荘地として知られている。冬ではなく、夏の避暑地。
 それらしい別荘が建ち並んでいるのだが、その奥に特別な避暑地がある。そこは一件一件ポツリポツリと建っている。
 避暑地だけあって別荘とは関係のない観光客も来る。ただ夏場だけ。
 そこで土産物などを売っている店があり、その主人は土地の人。農家のある村はもう

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