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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年7月の記事一覧

焼き物

焼き物



「同じようなことをしているのだがね、そっくりそのまま同じようなことをするのは難しい。意外とね」
「師匠のやっておられることはどれも同じように見えますが」
「そう見せるように調整してるだけでね。やっている本人にしてみれば、違っていることがすぐに分かる。だからさっと誤魔化す」
「だからですか。同じように見えるのは」
「誤魔化しきれないで、違うことになっている場合もありますよ」
「いや、それでもどれ

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猛暑日のモサ

猛暑日のモサ



「この暑いのにお出かけですか」
「はい」
「暑いのに、じっとしておればよろしいのに」「日課ですので」
「何の」
「日々の」
「日々」
「はい、毎日やることです」
「それでどこへお出かけなのですか」
「はあ」
「行き先が決まっていないのですか」
「はい」
「じゃ、用がないのなら、この暑いのに外に出る必要はないでしょ」
「日課ですので」
「何の日課ですか」
「ちょっとした」
「散歩ですか」
「はい

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夜のもの

夜のもの



 夜な夜な現れる夜のもの。そういうものと遭遇しないため、夜中出掛ける人は少ない。夜逃げでもするのならその時間帯だが、夜中に用事のある人は極めて少なかった。ただ現代では夜でも働いている人はいる。
 夜のものが出るのは暗いため。明るいよりも暗い方がよく、人通りが絶えた夜中が都合がいい職種。これは夜盗だろうか。しかしこれは職とは言えない。履歴書に書けないし、キャリアも誇れない。
 その夜のものとして

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飛び出した猛将

飛び出した猛将



 大きな戦いがあり、その火蓋が切られた。戦場は中央部で始まったため、真っ向勝負となったが、まだ最前線でに数は少なく、全軍入り乱れての戦いではない。
「始まりましたなあ」
 左翼を任されていた武将は前方から騎馬武者が来るのを発見する。
「あれは」
「さあ」
 一騎武者。抜け駆けで突撃してくるかもしれない。手柄目当ての猪武者。
「それにしてはゆっくりです。しかも手勢も連れず」
 いくら猪武者でも供

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草団子

草団子



 鎌倉幕府が揺らぎだした時代、これまでの秩序も同時にぐらつきだしていた。下克上、戦国時代は、このあたりから既に始まっている。
 山間部にある草加郷。そこの豪族が兵を挙げ、京の都を目指した。草深い村里でもそれなりに都の情報は届く。
 動乱のどさくさで一旗一旗揚げようという感じだ。文字通り旗を揚げた。誰に味方し、どの陣営につくのかも決めないまま。
 草加郷の兵は五百。田畑などもう放置しての出兵。別

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墓穴

墓穴



「夏がゆくのう」
「はい、ゆきます」
「ゆかぬうちに何とかしたいものだが、どうであろう」
「この暑い盛りに決着を付けると」
「そうじゃ、どうせ暑い。だから暑苦しいことは暑いうちにさっとやってしまうに限る」
「しかし、坂上佐渡を追い落とす方法はありませんが」
「坂上が災いの元。元凶。根こそぎ抜くべし」
「しかし、方法がありません」
「配下に集合を掛けよ」
「はい、まずは作戦からですね」
 屋敷に

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夏慰寄年

夏慰寄年



「夏休みの宿題をやろうとしておるのだが、何かないかね」
「宿題なので、決まったものがあるでしょ」
「それが決まっておらん」
「宿題でしょ」
「そうだ。宿したもの」
「宿命のようなものでしょ」
「そんな大袈裟なものじゃない。学校から出ている夏休みの宿題のようなもの。しなくても死にはせんし、生きてはいける。そのレベルの宿題をやりたいのだが、何かないかね」
「さあ」
「本当にやらなければいけない宿題

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麻利央沢

麻利央沢



「麻利央沢へ行きなさるのか」
「はい」
「この暑いのに」
「はい」
「麻利央沢はこの上流にあるのじゃが、川は流れておらん。押尾山にできた亀裂のようなものでな。右と左に泣き別れ」
「地質学的に、凄いところですね」
「神話では山の取り合いをして両方の麓の村から引っ張り合いをしたので割けたんだ」
「それでどちらの村のものになったのですか」
「西押尾山と、東押尾山。だから半分こした」
「押したのではな

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土用

土用



「今日は」
「はい」
「暑いですなあ」
「どなたでしょうか」
「土用です」
 戸を開けると、ドジョウのような小男が立っている。
「はあ」
「このへんを回っています」
「土用といえば、ウナギを食べる日でしょ」
「いや、土用というのは夏だけに限ったことじゃありませんがね」
「ウナギの蒲焼きのセールスですか」
「いや、私が土用です」
「あなたが土用」
「そうです」
「暑苦しそうですねえ」
「私が来ま

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ベンチ

ベンチ



「もうこのへんでいいだろう」
 古田は木陰があり、ベンチがある公園を見付けたので、そこで終わることにした。つまり、それ以上先へ進まないと、ここを目的にすると。
 炎天下、散歩などしている人間はいない。一番暑い時間だ。古田はこの時間、いつもなら昼寝をしている。しかし何を思ったのか、散歩に出た。しかも家からもうかなり遠くまで来ている。徒歩距離で行ける近所なのだが、いつもは車で、細い路地などに入り込

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劇画時代

劇画時代



 ドンドンとドアを叩く音。所謂ノック音。しかし、ドアにガタがあるのか、ドアそのものが緩んでいるのかドンドンではなく、ドアドアと響きが鈍い。中のベニヤが張りをなくし、高い音が出せなくなっているのだろう。
「はい」
 宮崎は股火鉢ではないが、扇風機を跨いでいるところだった。
「わし」
 声で高岡だと分かった。
「開いてます」
「ああ」
 汗びっしょりの高岡が入ってきた。顔は真っ青、怖いものを見たの

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搦め手から

搦め手から



「これでお願いします」
「飾り櫛ですね」
「いいですか」
「そのお召し物も」
「え」
「それでは目立ちます。そちらに幕がありますので、お着替えを。野良着を用意しましたので、それに着替えてください。お召し物はそのまま置いていってください」
「はい、よろしくお願いします」
「もう少し集まれば、道案内します」
「はい」
 落城寸前。落ち行く人が城の裏から出てくる。逃げ出すためだ。城の裏側は山。ここか

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流罪

流罪



「岩田さんはどうしているかな」
「岩田さん?」
「知らないのかい」
「はい」
「うちの幹部だ」
「聞いたことがありませんが」
「事情があってね、遠ざけていた」
「そうですか」
「様子を見てきてくれないかな、戻したいので」
「以前、何かあったのですね」
「もう。ほとぼりが冷めたはず。いつまでも遠ざけるわけにはいかん。重要な働きをした人だからね。恩人でもある」
「はい、分かりました」
 部下は居場

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開かずの踏切

開かずの踏切



 日常というのはちょっとしたことで変わるが、ほんの僅かならすぐに日常のレールに戻れる。そしてもうそんなことがあったことさえ忘れる。ただ、同じことが二度あると、それが二度目だということを思い出すこともある。一度あったこととして。
 吉岡はいつものように自転車で走っていた。よく晴れた日曜日、それまでの長雨が嘘のよう。雨で涼しかったのだが、急に暑くなった。
 そしていつもの踏切に近付いたとき、キンカ

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