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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年6月の記事一覧

脳裡に浮かぶもの

脳裡に浮かぶもの



「脳裏というのが大事でしてね」
「はい」
「これがかすめます。よぎります」
「はい」
「何かをしているとき、何かを考えているとき、ふと思うことがあるでしょ。何も思わないことも多いのですが、まったく関係のないことが浮かんだりします。これが曲者でしてね。脳裏とは、脳の裏と書きますが、表のことを考えているとき、裏で起動するのですね」
「はい」
「また、脳の裡とも書きます。タヌキですね。これで脳裡と読

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諸行無常

諸行無常



 気流というのがあるように、気持ちの流れもある。気分の流れだ。気流というのは周囲との関係で風の流れが決まったりする。これは自然現象だが、一定のパターンがあるはず。
 気分も個人単独で発生することもあるが、それは病とかだろう。発生源が体にある。ご気分は如何ですかと聞く場合、体調を聞くことになるが、これは病んでいる場合。また、病んでいないのに、急に気分が悪くなることがある。精神的な気分となると、病

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教堂

教堂



 村に教堂と呼ばれる建物がある。お堂の形をしていない。経堂はお経などを置いている場所だろう。それとは違う。お経もあるが普通の本もある。貴重な写本もある。
 村は農家と田んぼしかない場所ではなく、昔の村は結構いろいろなものがあった。その一つが教堂。お寺が一応管理しており、支所のようなもの。
 まあ、市役所の支所のようなものだろうが、その建物の二階がカルチャーセンターになっていることがあるように、

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老害

老害



「岩上さんが若月にすり寄っておるらしいですぞ」
 長老格の佐伯は顔をしかめた。
「若月といえば若手じゃないか。年を取ってからでは似合わん名だな」
「若月は若手のリーダーです。次世代を担うでしょう」
「岩上さんのような大長老がどうして若月などに」
「嫌われないようにでしょ」
「岩上さんといえば一番の老害。それが機嫌取りか」
「我々も誰か若手に唾をつけませんと、持って行かれます」
「若手で有力なの

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浦上の悪蔵

浦上の悪蔵



「浦上の悪蔵さんはおいででしょうか」
「そんな人、ここには下宿していないよ」
「ここにいらっしゃると聞いたのですが」
「聞き違いじゃないのかい」
「困ったことがあれば浦上の悪蔵さんを訪ねて行けと言われまして」
「確かにここは浦上だが、悪蔵なんて人はこの宿にはいないよ」
「それは困った」
「もしかして徳三郎さんのことじゃないのかい」
「違います。悪蔵さんです」
「何をしている人だね」
「さあ」

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ガリ版のエロ本

ガリ版のエロ本



「吉田君とは長い付き合いなのですが、まずはその縁から話さなければいけないのですが、その前に、なぜ吉田君についてここで今語るのかが問題です。これは是非ともあなたに聞いて頂きたいからです。これはあなたと仲良くなりたいからです。この話がそのため、役に立つでしょう」
「はい」
「その前に吉田君のキャラについて説明が必要でしょう。どういう人間なのかを知ることで、話の理解に役立ちますし、意外性もキャラを説

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日常が崩れる

日常が崩れる



 日常は自分とは関係のないことでも崩れる。天地異変がそうだろう。大昔に恨みをのんで亡くなった人の呪いや祟りではない。そういう人が自然現象さえ動かしていたと信じられていた時代もある。これは本当にそう信じていたのかは当時の人から聞いてみないと分からないが、異変が多いと原因を作りたい。原因が分かれば安心する。
 そして天地異変を起こすような祟り神は既にしっかりと祭られている。
 原因が自分にはない災

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黄糸神社

黄糸神社



 たどり着けない神社がある。自然が険しくて行けない場所ではない。今は住宅地となっている場所で、当然交通の便は普通。しかし参拝はできない。また、お参りするにしても、何が祭られている神社なのか分からないので、用はない。ただ、神社らしきものがあれば、参る人がいる。しかし表道からは見えないので、神社があることさえ気付かない。
 しかしプロは違う。こういうものを見て歩くのを専門にしている高橋という男は聡

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ないものがある

ないものがある



 あるはずがないものがある。逆にないはずのないものがある。あるものがあり、ないものがある。
 武田はないはずのものがあったので、少しあわてた。最初からないものと諦めており、また、ないものとしてやってきた。ないのだから仕方がない。なければなくても何とかなるもの。別のものでやるとか、それがなければできないことなら、そのことはしないとか。そしてないのだからそれ以上考える必要はなかった。
 あればいい

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世界

世界



 行く機会が減った場所は、もう自分の世界から消えてしまいそうになる。二度と行くようなこともなければ、世界から消えたも同然。ただ普段からその場所のことを考えたり思っていると別。実際には行っていないのだが、自分の世界の中ではまだ存在している。
 行ったり行かなかったりの場所。これは中途半端な場所で、消えたり顕れたりする。
 全くの新しい場所は世界に組み込まれるかどうかはまだ未定だが、実際にそこに立

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帝王切開

帝王切開



 何事にも寛容で、懐も広い人だが深さがない。こういう人が議長になっていた。ある団体の作戦会議室のようなものだが、そんな部屋があるわけではない。大事な取り決めなどがあった場合、集まるところ。
 その議長が大宇陀。しかし、寛容すぎるのか、物事を自分で決めるタイプではない。みんなの意見を広く聞く。ただ聞くだけで、それをとりまとめた上で自分の意見を言うわけではない。意見らしきものがあったとしても、言わ

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術中に填まる

術中に填まる



 浮世離れした暮らしぶりの村田だが、浮世にいる限り、浮世からは離れられない。この世は全て浮世。浮いているのだ。見るからに浮いた暮らしぶりの人もいれば、地に足を付けた地道な人もいるが、どちらもまた浮世。浮かれないようにしているのだが、完全ではない。浮世が入り込んでくる。
 世間から離れたところに暮らしていると、そこは世間から遠いだけに、そこまでやって来る人は地道な人ではなく、浮いた人が多い。つま

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無心

無心



「つい昨日のように思うのですが、あれから長い年月が立ったのですね」
「はい、あの頃はまだ若き青年。前途悠々とまではいきませんが、夢がありましたなあ。いや、夢が見られたのでしょう」
「あなたはその夢を果たされたはずです。私たちの中では最も世に出た人だ」
「それもこれも昔の話。今じゃただの凡人。平凡な人間です」
「そうは見えませんがな。まあ、あなたの良い時代を知っているので、そう思うのでしょうかね

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ポテトチップス

ポテトチップス



 梅雨時のじめじめした頃、下村は何かからっとしたことはないかと考えた。唐揚げを買って食べればいいのかもしれないが、それではない。しかし最初に思い付いたのは唐揚げ。これはコンビニで売っている。
 だが、一つだけ買うのは買いにくい。他にないかと考えるとポテトチップスがある。これもからっとしている。だが、そういうことではないので、そこから離れないといけない。
 からっとしたこと。晴れ晴れしいことだろ

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