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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年4月の記事一覧

取るに足らぬ

取るに足らぬ



「取るに足らぬ者です」
「それが自己紹介ですかな」
「つまらん人間です」
「そんな者がどうしてここに」
「はい」
「はいじゃないでしょ。忙しいのですから役立つ人材を探しています。あなたの相手にはなってられませんから、どうぞお引き取りを」
「面接に来たのですが」
「だから、募集要領をよく読まなかったのでしょ。取るに足らぬような人材など取りません」
「はい、しかし」
「何ですか」
「はい」
「時間

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心情

心情



 心情とはその人固有のものだが、共通した心情もある。それは動物にまで及んだりする。何がそうさせるのかは分からないが、基本的に持っているものだろう。
 これは文化に依存していないこともある。動物にもあるようなことなので。もしかすると虫や草木、岩や石や砂や土にまであるのかもしれないが、それは想像できない箇所。生物までなら何となく重ね合わせることで分かるが、岩になると、これは難しい。想像の手掛かりが

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恍惚市場

恍惚市場



 気が沈み、景気のいい話など聞く気も見る気もなくなくなる時期、吉岡は寂れた町へ行く癖がある。同調性が良いためだ。
 宝中の町がそうだが、町名や駅名は景気が良い。宝の中にいるような場所。しかしここの駅前はドーナツ化現象で寂れ、元あった繁華街は駅から少し離れていることと、何車線もあるような道路ができたため、駅と繁華街を分けてしまった。
 吉岡はテレビの別の話で、その町がチラリと映っていたので、ここ

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春爛漫

春爛漫



 春本番。草花が一斉に咲き誇り、百花絢爛。季候もよく春爛漫、気持ちも天性爛漫になる季節。夏を待たずに開放的になる。冬場閉ざしていた心も開き、蠢き始める。虫の蠢動だけではなく、人も動き出す。
「警戒すべきですなあ、この季節」
「陽気に誘われ、怪しい動きをする輩が出かねませんからね」
「既に出ておる」
「おお、どこに」
「わしらだ」
「ああ、そうでございますなあ」
「まあ、わしらは理性の押さえがあ

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白雲斉

白雲斉



「ペンパン草が生えておりますぞ」
「人は住んでいないのかもしれません」
「この里には空き屋は一つもなかったが、一戸あったか」
「そのようで」
「しかし、見付からなかった」
「空き屋ですかな」
「いや、人」
「もう出尽くしたのでしょう」
「この里は知恵者の産地で何人もいると聞いたのだが、もういない」
「既に取られたのでしょうなあ」
「引き返すか」
「少しお待ちを」
「どうした」
「空き屋ではない

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魔道の辻

魔道の辻



 幾筋もの道の中の一つを選んだのだが、これは失敗したのではないかと高峯は思った。そういう思いは始終で、別の道を選んでいても、やはり同じことを思っていただろう。思うだけ勝手だが、勝手すぎることもある。道が二股なら選択肢は二つ。あのとき別の道をと思うときも、一つ。それが幾筋もあるとこれは数が多い。どの筋がよかったのかとなると、選択肢が多すぎるので複数の想像をしないといけない。もしあのときを何筋分も

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矢倉塚

矢倉塚



 草加は子供の頃から同じ町に住んでいるのだが、すぐ近所に矢倉塚がある。当然知っている。幼い頃から家中の会話でヤグラヅカが出てくるため地名として知っているし、そのヤグラヅカの子供とも同級生で、よく知っている。
 しかし大きくなるに従い、家の前の路地から表通りへ、町内からより大きな町へと視点は移り、矢倉塚のことなど忘れていた。ヤグラヅカの同級生とも学校が違えば縁も切れ、通りで合うことも希。
 社会

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素人探偵

素人探偵



 春の明るい頃、竹中は暗い気持ちでいた。季節は明るくなっても気持ちは明るくならない。季節は巡るが竹中は冬のまま。冬眠するわけにはいかないので、寒い中、起きている。しかし寒さではなく、暗いのが問題。
 何か気が晴れ、明るくなるようなことをやろうとするのだが、それは明るい人で、暗い人は最初からその元気がない。つまり、明るい人が暗くなったとき、明るさを取り戻そうとするが、最初から暗い人は戻り先に最初

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貴種流転談

貴種流転談



「この罠が成功すれば敵を倒すことができる。これが最後の戦い」
「元々王子様がこの国の正統な後継者、元に戻せますねえ」
 国王に力がなく、その家来に乗っ取られ、王はただの操り人形。それだけ力のある家来がいたのだろう。この家来こそが王のようなもの。
 王子は幼い頃島に流されたのだが、正統性を訴える少数の家来に助けられた。艱難辛苦の末、反撃に出たのだが、その手が汚い。
 毒殺やだまし討ちを繰り返し、

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自分らしさ

自分らしさ



「無理をなさらず自分らしいやり方がよろしいかと」
「うむ」
「では、これにて」
「お待ちを」
「はい」
「それだけですか」
「左様で」
「それはちと難しい」
「簡単なことです。無理をせず、自分らしくやれば済むことです」
「そこが難しい」
「人は自分らしくないことをやりたがるものです」
「それは初耳ですが」
「自分のことを誇らしく思う人は少ないからでしょう」
「自分で自分を誇ると言うことは」

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静かなる鳩首

静かなる鳩首



 とある大名の筆頭家老なのだが、この人は凡庸。しかし筆頭家老職は世襲制なので、凡庸でも筆頭家老をやっている。もう何代になるのか分からないほど長くなった。
 筆頭家老がいるのだから、普通の家老もいる。五人ほどいるだろうか。だから筆頭家老が凡庸でも他の家老が何とかしてくれる。
 普通の家老の中に優れた人がいても、筆頭家老にはなれないが、筆頭家老を代行するような役職が与えられる。これは一代限り。
 

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桜が落ちる

桜が落ちる



「桜がねえ」
「もう花見のシーズンは終わりましたが」
「いや、まだ咲いておる」
「山桜でしょ」
「いや、街中だ」
「ソメイヨシノですか」
「おそらくそうだろう」
「既に葉が出てきて、花はないですよ」
「それがまだある。咲く花、散る花がね」
「ソメイヨシノに似た品種で、遅咲きの桜じゃないですか」
「違う。ずっと咲いておる。桜が咲く前から咲いておった」
「分かりました」
「分かったかね」
「絵でし

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黄龍が昇った

黄龍が昇った



 降りそうで降らない空模様。青空が濁り、厚い灰色がかり、紫もかかっている。異様な空の色。覆っているその色の上はきっと青空で、黄龍が昇っているかもしれない。しかし、人はそれを見ることはできないが、さらに上からなら見えるはず。高い山からなら、この覆っている紫の雲が下に見えるはず。だが、近くにそんな高い山はない。
「黄龍を見たと」
「はい」
 実際には見えたかしれない、見えたように思えた程度。下から

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簡単なこと

簡単なこと



 簡単なことほど難しいのは、簡単にはできないから。これは意識の問題。
 簡単すぎると、こんな簡単なことで良いのではないかと心配になる。大事なことだともっと手間取っても不思議ではない。それがいとも簡単にできるとなると、これは何か間違いを犯しているのでは、考えが足りないのではと詮索する。
 また簡単にやってしまうのはもったいないと思い、必要以上に時間を掛けたり手間を掛けたりする。実際には考える必要

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