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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年1月の記事一覧

引く人

引く人



 岩田は引き際がいい。よすぎるほどで、これは諦めるのが早すぎる。あともう少し粘っておれば引かなくても済む場合もあるが、引かなければいけない状態が、もう嫌なのだ。何かケチが付いたような感じがし、さっさと引いてしまう。
 当然会社を辞め倒している。「そんなことでやっていけるのかね、君」などと仕事中説教されると、やっていけないかもしれないと思うのだろう。やっていけないことはやってはいけない。単純明快

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雪だるま

雪だるま



「寒いですなあ」
「冬ですからね」
「大寒波ですよ」
「冬ですからね。夏には来ないでしょ。来て欲しいですがね」
「こういう日は早く帰って何もせず過ごしたいです」
「いつも早い目に帰られているじゃないですか」
「そうですなあ。それに早く帰っても、結局は何もしていませんなあ」
「雪だるまは作りましたか」
「え」
「雪だるまです」
「そうですなあ。珍しく積もっていて、子供が小さなのを作っていたのを見

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環状都市

環状都市



「丸井町へ行かれましたか」
「丸井町」
「丸い町です」
「そのままですねえ。で、何があるのですか」
「特に変わったことはありませんが、丸いだけです」
「丸いとは?」
「町の真ん中がありましてね。そこから同心円状に道が重なってあるのです」
「ちょとイメージがわきませんが」
「道が丸いのです」
「カーブですね」
「だから輪のような道が、何本もあるのです」
「土星の輪のような」
「そうです。その輪が

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緑郷崎奇譚

緑郷崎奇譚



 リョクゴウザキ。リョクゴウ崎。その地名のようなものを何処で聞いたのか忘れたし、また聞いたことも、見たこともないのかもしれない。しかし高橋はリョクゴウ崎という言葉がたまに頭に浮かぶ。今では緑郷崎と勝手に漢字を当てている。おそらくリョクゴウザキに近い言葉を知っていたのだろう。何かの本とかで。しかし、その名ではなく、間違って記憶したのかもしれない。ただ、地名であることは何となく覚えている。
 地図

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汁を出す

汁を出す



 一つのことが終わると、一つのことが始まる。遭うは別れのはじめという言葉もある。終わりよければすべてよしというのもある。確かに終わればそれで終わってしまうわけではなく、その次がある。これは常に何かに向かっているということだろうか。その向かい先が終わりであっても。
 これは終わらせたいというのが目的なら、終わりは早く来る方がいい。当然終わりにしたくない、終わらせたくないこともある。また始めがなか

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のんのんさん

のんのんさん



 山道の枝道をのんきそうな顔をした人が下ってくる。小林はその枝道は知っているが、行き止まりになるため、ハイキングの道としてはふさわしくないので、入り込んだことはない。笹が狭い道をさらに狭くし、割れ目程度に細くなりながら上へと続いている。
 のんきそうな顔。これは小林の主観。何かいいことがあっての笑顔ではなく、初期値がそんな顔の人に見えた。笑顔とのんきさとを結びつけたのは小林の経験から来ているこ

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社運を賭ける

社運を賭ける



 何をやっているのかよく分からない部署、庶務課がある。この会社では雑用係と呼ばれているが、庶務課課長は部長待遇。元々は営業部長で、この社のメイン部署。営業部の下に複数の営業課がある。だからそこの営業部長というのは幹部であり、実力者。それが格下げされて、庶務課長になった。庶務課の上の部はこの社にはない。
 高橋営業部長が庶務課長に落とされたのは営業不振のためだといわれているが、待遇は部長。それは

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天狗の棒術

天狗の棒術



 まだ日の出前。しかしうっすらと明るい。雪明かりではなく、明けていくためだろう。少年は裏山を少し入った所にある道場へ通っている。山道が途中で膨らみ、ちょっとした広場になっている。少年はそれを道場と呼んでいる。確かに道にできた膨らんだ場所なので、道場かもしれないが、そうではなく、剣の道を究める武道の道場。ただ、そんな建物はない。
 少年はこの寒い中、敢えて道場へ通う。寒稽古というやつだ。
 木刀

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来る者は拒まず

来る者は拒まず



「来る者は拒み、去る者は追う」
「何処かで聞いたことがありますが、それは、来る者は拒まず、去る者は追わずじゃないですか」
「来るものを拒まず、では人が増えます。しかしどうなんでしょう」
「何が」
「必要な人達でしょうか。または気に入った人ばかりじゃないでしょ。嫌な人も入っています」
「それを拒まない腹の大きな人です。包容力や寛容力があるのです」
「来る者ではなく、この人に来てもらいたいという人

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妖怪ポスター

妖怪ポスター



 その先のことは分からないまま高橋は来てしまった。その地に何かあると聞いたからだ、そういった噂は当てにならない。
 その噂とは竹田の町には何かがある……という程度。何かがあるとだけで何があるのかは分からないし、何もなくはないだろう。どの町にも何かがある。特徴があろうとなかろうと、何かがあることには変わりはない。
 この何かとは、高橋が求めているもので、高橋が欲しいものがそこにあるという意味。高

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憩いの家

憩いの家



 疋田が引っ越したということで、高村は見に行った。そこは郊外の町だが駅から少し外れた旧市街のようなところにある。鉄道が通ってから、メインは駅前になり、昔の街道が走っていた通りは寂れた。そのさらに外れ、そこはもう場末なのだが、古い民家が多い。歴史的景観とかのレベルではなく、少し古い程度で、時代劇風ではない。
 空き屋が多い。その一軒を疋田が借りているようだが、汚い家で、しかも小さい。だが敷地だけ

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命枯れるまで

命枯れるまで



 堀田は命枯れるまで生涯現役で仕事をやろうと思っていたのだが、もの凄く早い目にやめてしまった。
 まだ体力的にも問題はなかったが、若い頃のような精気や力強さがなくなりかけていた。まだまだ続けることも当然可能だが、身を削ってまでやるようなことではなかった。それだけの見返りがあるのだが、マイナス効果かもしれないし、堀田にとり、最大の見返りは収入だった。それをやり続けないと食べていけない。
 しかし

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昔へ帰る人

昔へ帰る人



 山間を走る国道が急に細くなってきたが、石黒は気付いていないようだ。いや分かっているのだが、あまり見ていないのだろう。国道を徒歩で故郷まで帰ることにしたのは反省の時間を持ちたいため。結構時間はかかるが、そこは昔の大きな街道でもあるので、次の町は宿場町。そんなものはもうないはずだがビジネスホテル程度はあるだろう。昔の人が歩いた道だ。
 IT関連の会社を辞め、国へ帰るのだが、これは上手く行かなかっ

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フェチ

フェチ



「今年も一つ年を重ねましたなあ」
「いや、まだ新年始まったばかり、数日重ねただけですよ」
「いや、去年の分」
「しかし、一年ぐらいでは年は感じないでしょ」
「それもそうですが」
「三年前との差も、分かりにくい。これは健康状態を言っているだけで、他の因子を外した感想ですがね」
「じゃ、何年ほど」
「一気に年をとるわけじゃなく、徐々に来ています。ガクンとある日きついことになることもありますが、大概

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