ダイヤモンドスマイルは救い

関西ジャニーズJr.のユニット、なにわ男子のオリジナル曲に「ダイヤモンドスマイル」がある。
サウンドも歌詞もキラキラしている、ザ・アイドルな楽曲である。勿論、歌詞はポジティブなものである。

コンプレックスの塊で、陰キャな側面も卑屈な側面も持っている私は、時々、キラキラした曲が聞けなくなる。
そんな時でも、ダイヤモンドスマイルは何故か聞けることがある。

ダイヤモンドスマイルのサビに、「キラいな自分」という歌詞が出てくる。
私は、よく耳にするポジティブ系楽曲における「キラいな自分」が、良くはないものだと、嫌いな自分はいつか好きな自分になるべきなのだと
、描かれているように思える。
嫌いな自分をいつか好きになれたらいい、嫌いな自分をいつか変えたい、なんて言われると、「キラいな自分」は無くすべきもので変わるべきものなのだと言われている気がする。
君が自分を嫌いでも僕は好きだよなんて言われても、だからなんだ、あなたが好きでも自分は嫌いなんだ、という気になる。
「キラいな自分」を持っている自分自身を否定されている気になってしまう時がある。
しんどい時に、そんな歌詞を聞くと、余計にしんどくなってしまう。
ダイヤモンドスマイルは違った。

「キラいな自分 好きな自分 素直に言えたらいいね」
これが、ダイヤモンドスマイルにおいて「キラいな自分」が出てくる文脈である。ここでは、「キラいな自分」が否定されない。こんな自分が嫌いだと言っていいのだと、そう言われている。「キラいな自分」を肯定してくれている。
「「私なんて」ってセリフ君には似合わない」という歌詞もあるが、あくまで「台詞が似合わない」と言っているだけで、「「私なんて」と言う
私自身」否定しうる歌詞ではない。

ダイヤモンドスマイルでは、嫌いな自分を嫌いな自分として肯定してくれる。
それに少しだけ救われた自分がいる。

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