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浪漫か、リアルか。その分岐点。【J3リーグ第17節 FC大阪×SC相模原】

 『戸田和幸』

 配信で観戦する時代に突入した近年のサッカー界において、日本サッカーファンの”観戦力”をワンランク上げたといったも過言ではない解説者の一人だ。

 落ち着いた語り口と達観した戦術観、そして少しのユーモア。そして何より、ワールドカップへの出場や海外移籍という経験値に基づく説得力で人気を博した戦術家は今シーズンからSC相模原の監督に就任し、大きな注目を集めている。

かく言う僕も、中学2年時に2002年日韓ワールドカップの日本代表に熱狂した一人で、あの赤髪のファイターがこんなにもロジカルにサッカーを語るんだというギャップにやられ、戸田監督のファンになってしまった。これが、ギャップ萌えか。

 しかし、開幕してみると戸田監督率いるSC相模原は現在J3リーグ最下位。16試合を終えて、勝利は1試合のみ。今シーズンからJ3リーグはJFLへの降格が起こるレギュレーションになっており、予断を許さない状況になっている。

しかし順位表やスタッツだけでは、サッカーの全貌は見えない。ということで、7月9日(日)花園ラグビー場にて開催されたJ3第17節FC大阪×SC相模原の一戦を現地観戦した。

偉そうに書いていますが、FC大阪サポーターの方からファンクラブ招待チケットをいただいて入場しました。本当にありがとうございました。
もちろん地元クラブのFC大阪も大好きです。本当ですよ。

可変システムのボール保持スタイル

 まずは初期配置。強度と走力を活かしたクラシカルな4-4-2のFC大阪に対して、SC相模原はトップ下を置く4-2-3-1でスタート。

 序盤はお互いにボールが落ち着かない展開の中、早々に相模原にアクシデントが。この日1トップを任されていた191cmの栗原イブラヒム・ジュニアが開始10分で負傷交代。球際に激しいFC大阪の最終ラインと戦えるターゲットプレイヤーがピッチから居なくなったのは当初のプランを大きく狂わせたかもしれない。

この辺りからゲームが落ち着き始め、相模原のサッカーの輪郭が見え始める。ボール保持時は可変しながら押し込んで、最終的には3-2-5の様な形になるシステムだ。
 右WGデューク・カルロス、左SB橋本陸で横幅を取りハーフスペースを突くのが目的の配置だろう。

4-2-3-1の初期配置


3-2-5の可変配置

 1試合を通じて、ライン間とサイドの整理された配置により相手陣でボールを保持する所までは到達していた。このあたりは戸田監督の手腕が光っていたと言える。
 しかし、FC大阪の守備組織が整うと、コンビネーションを仕掛けても深さを取るまでには至らず、少しアバウトなクロスを放り込んだり、ポケットを突けてもシュートまでたどり着けない場面が多発。
 トップ下のMF佐相壱明がサイドに流れてボールに関わり、ボックス内に侵入できたシーンもあったが、最終ラインにトラブルを起こすまでの効果的な攻撃は構築できなかった。

 当然だが、ディフェンスの人数が揃ってしまうと崩すには共有された動き、ボックス侵入までのイメージ、それを具現化する技術面の質がどうしても求められる。その為、フィニッシュまで結び付けられずにボールロスト、そこからカウンターを受けるという弱点も露呈した。


ゴールキックからのビルドアップ

 最注目だったのはゴールキックの場面。
 おそらく下部カテゴリーでは珍しく、ゴールキーパーを含めたビルドアップに挑戦していた。ゴールキーパーと4バックでボールを動かしながら、サイドバックを出口にして前線にボールを差し込むイメージ。

 SC相模原の最終ラインからの繋ぎの意識はJ3カテゴリーではトップクラス。
 それは、CB山下諒時の【1試合平均プレー数 84.7】【1試合平均自陣パス数 62.9】(※共にリーグ1位)、この試合に出場はしていないがセンターバックで14試合にスタメン出場している加藤大育の【1試合平均自陣パス数 54.8】(※リーグ4位)という数字が表している。

 この試合では、主に右SB綿引康から若林・佐相に斜めのパスが入る所までは行くが、前線のプレーヤーの落とす・収めるのクオリティにムラがある事と、3人目のボールを受ける位置や距離が悪くボールが繋がらない場面が散見された。

相模原のGKビルドアップのイメージ。
右SBからのコース作りには成功していた。


繋ぐのか、蹴るのかは現代サッカーの大命題

 ここまで少し否定的な意見を書いたが、この試合のSC相模原は少なくとも「機能不全に陥っている」という印象では無かった。
 低い位置でも高い位置でも、選手が完全に孤立して(ハマってとも言い換えられる)ボールを失うような興醒めするシーンはあまり無く、チームとしての方向性は纏まっている証拠だと言える。
 テクニカルエリアの戸田監督も大きな身振りで、主に選手の立ち位置の修正を行っていた。

 しかし、とにかく決め手が無い。攻撃時はアイデアや不条理なフィジカルがあれば、ビルドアップ時には個人での局面打開力や精巧な技術があれば。つまり個のクオリティが欲しい。そうヤキモキしているサポーターも多いかもしれない。

 これにはある事情がある。SC相模原はJ3に降格した2022年開幕前に20人がチームを去って多くの選手が入れ替わり、降格初年度で最下位という屈辱を味わった。いわば今季のSC相模原はチームが転生し、ここからの上昇を目指している時期であり、今季も大卒ルーキーやJFLからの個人昇格組がスカッドの多くを占める。
 選手の経験の少なさ、チームとしての成熟度ではリーグでもかなり劣っていると言わざるを得ない。

 そんな、チームが完成されておらず発展途上の選手が多い状況で白羽の矢が立ったのが戸田監督という訳だ。

 確かに守備に枚数をかけてスピードのある選手でカウンターを仕掛ければ、今よりは勝ち点を積めるかもしれない。しかし、この状況下で戦術家・戸田和幸にチームを任せたのはクラブにはっきりとした意志があったからだろう。

 突出した個を持たずとも知性を持って勝利を目指す、という意志。リーグの折り返しが近くなり状況的には危機的でも、解任という選択肢を取らないのはそういった意志があるからと僕は感じた。

 このゲームのラスト。終了のホイッスルが鳴った瞬間、相模原の選手たちはピッチに崩れ落ちた。今季、圧倒的な点差で負けた様な試合は一度もない。こういった試合を繰り返しているのだろう。

 そうだ。彼らは間違いなく魅力的なサッカーを披露している。続けるべきだ。しかし、勝利の為に初志を曲げてシンプルなサッカーに舵を切るのも立派な決断だ。

 それを決めるのは日本中のサッカーファンの視線を浴びる新任監督。巻き返す時間はまだまだある。歯車が噛み合えば勝利は遠くないはず。

 ロマンか、リアルか。
 戸田和幸の後半戦の選択に注目が集まる。

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