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二人のとても小さくて大きな王




二人のとても小さくて大きな王

その奇妙な頭骨はとても古い王族の墓と思われる遺跡のそばに無造作に転がっていた。

所謂長頭骨とされるものでありこれも当初は乳幼児の頭蓋を変形させたものと考えられたが大後頭坑が二つ並んでいた事からシャム双生児のような奇形のものと判断された。

だが当時はそれ以上の事がわからなかったので錬金術師である私にまで研究の依頼が入ったのだ。

私は生贄に供される山羊を用意しその皮で頭蓋をうつし取り特別な容器を拵えた。

それに色々な事物を入れる事でなんらかの情報を引き出せると考えたのだ。

方法はさほど難しくない。

精密な計りで容器に入れるものを測定して入れた後に重量が変わっていないかを調べて行くのだ。

何千ものあらゆる事物をいれてみて反応があったのは鳥の羽だった。

それを入れた時だけ入れた量よりも軽くなるのだ。

それは容器との親和性を示すものであり容器そのものが意思を持ってその事物を受け入れているという証左になるのだ。

だが

私に分かったのはそこまでだった。


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二人は生まれた時から一人で異形の存在だった。
一つの頭から二つの身体がはえてきたような身体で出産に立ち会った神官達を驚かせた。
出自が王家の末裔でもありその異形さゆえから何かの宿命を持って生まれてきた特別な存在とされすぐに親からも引き離された。

神官達の手によってとても大切に育てられたのだ。

とは言っても今から5000年近くも前の事でもし病気とかになっても食事療法かシャーマンによる祈祷しかなく異形として産まれてきた二人が生き延びられる可能性はそう高いものではなかった。

まだその時代においては統一国家というものは存在せずそれなりの規模を持ったコロニーが郡立し相互に交流をもちながらもそれなりの抗争もありその生存の為の境界線もそんなに明確なものではなかった。

その環境下において可能な限りの保護を受ける事で二人はゆっくりと成長していきその過程の中で様々な事がわかり始めた。

二人は一つの頭蓋のなかに二つの脳を有したが口や目や鼻や耳は顔を持つ一人に集約されていて後頭部に押し込められたように存在する脳とそれが持つ意思は外の世界をほぼ共有する出来ない状況で育っていた。
顔を持つ一人は高い知能と感性を備えたが後頭部にある意識は感性のみが発達しやがてそれは後頭部に目と耳が合わさったような小さな感覚機関を作り出しそれにより更に独自な発達を遂げるようになっていた。
だが問題は栄養の補給と分配であり脳の中で通じている血管のお陰で後頭部の脳もある程度の栄養は補給出来たが身体の発育にまではとても追いつくものではなく1年も経たないうちに後頭部が占有していた身体は乾涸びて頭部から神官達により取り外すされて木乃伊として保存された。
それから何年か経つうちに後頭部の脳は独自に発達した感覚機関により外部のシャーマンと意思疎通がある程度だが出来るようになっていた。
それでも当初は言葉という体系を持たないものであり色であったり皮膚感や感情そのものであったので後頭部の意思を把握出来るとはとても言えないものだった。
それでもその意思が女性であるらしい事は理解されるようになった。
それを変化させたのは顔を持つ脳であり彼は後頭部にありもう一つの身体があった事も理解していてどうにかして彼女の意思を理解し伝えようとしたのだ。
それにはとても長い年月を必要としたがだがそれにより二人は小さいが大きな王として民の尊敬を集めた。
後頭部に棲む彼女は人心を理解できたのだ。
でもそれはその人達の感情の波のようなものだったがそれでも現実に治世を担当する彼からすればなにものにも変え難い貴重な情報だった。
自分が作り出した施策を発表する前にその施策の骨子を彼女が人々の意識に広範に働きかけるだけで反応としての感情が簡単にわかるのだ。
つまり仮想意識のようなものに働きかけるだけで容易にその結果を知る事ができるのだから議政者にとってこれほど都合の良い事はなかった。
他国との争いも他国の王や要人の望むことが簡単に知れたしそれにより不要な争いも避ける事ができた。
彼らの小国は長く繁栄し民も概ね幸福だったと言えるだろう。
でも二人はそのためにずっと王制に縛られ少なくとも幸福がどう言うものかさえ理解する事は出来なかった。
ある時彼女は後頭部にある知覚機関で鳥を認識した。
それはいつも上手く食べられなくて手元や床に落ちた穀物や果物を食べに来た鳥だった。
それまで白い影のようにしか認識出来ず他の事物とさして変わらない存在だった鳥をその時初めて命として認識できたのだ。

それにその意識はとても曖昧ではあったが意思を有していてそれは自由に空を舞う事に特化していた。

彼女は毎日毎日意識を尖らせてやがでその鳥の中に入る事が出来る様になった。

でも全ての鳥に入れるわけではなく初めて彼女をつついたその鳥だけだったが。

それでも彼女にはそれで充分だった。

彼女の意思は鳥に受け入れられ彼女の鳥の中で鳥と一緒に空を舞うようになったのだ。

それで彼女はそれまでみることが出来なかったあらゆるものをみた。

それは全てが美しくもなく辛く悲しいもののほうが多かったがそれでも彼女はそれを慈しみ愛するようになったのだ。

彼女の変化を一番理解できたのはやはり彼だった。

そもそもが同じ細胞から生まれて出来る限りのことを共有しようとした彼にとってそれは当然の事だった。

それでも彼は鳥に入る事は出来なかった。

それは彼にはあらかじめ用意された感覚器官がありそれに頼って生きてきた帰結だったのかもしれない。

彼女の異変に気がついた時にはもう手遅れだった。

元々言語で繋がっていたわけではない。
あくまでも感覚であり言語化できない感情のうねりのようなものなのだ。

それを読み解きながら彼女とのコミュニケーションをとっていたのだ。

それがだんだんと間を置く様になり弱くなっていたのを治世が順調でありそれで反応が弱くなったと思っていたのだ。

それの大きな起因は彼女と心を通じていた鳥が現れなくなった事だろう。

死んだのか何処か遠くへ渡って行ってしまったのか。

彼女の脳は彼にとって言わば寄生虫のような存在ではあったがそれまで生きると言うことに固執していた脳がそれまでのように栄養を吸収しなくなったのだ。

いや正確には鳥の中に入らなくなった事で脳が退化し始めたと言った方がいいかもしれない。

彼女の脳はそこまでして生きることに疲れてしまったのだ。

彼女の死期は近づいていて彼は気が気ではなかったがどうする事も出来なかった。

その薄れていく意識のなかでも彼女が固執したのは鳥の中にいた記憶だった。

やがてそれは羽というものに集約されていきもう力を失った脳にはその羽と言う事物しか存在していなかった。

彼女にはそれが全てであり生まれてからずっと出る事が叶わなかった頭蓋という牢獄から逃れ得る唯一の事物だったのかもしれない。

やがて彼女はこの世界から消え去りそれで漸く永く自分を閉じ込めていた頭蓋から解放されたのだ。

心がすっと軽くなるのを感じてそれで漸く彼は彼女の死を悟り自らも彼女を追いかけるように命を潰えさせてしまった。

彼等の亡骸は木乃伊として深い土の下に埋められて大きな石で封印された。

二人の小さな大きな王を失った小国はやがて近隣の国から攻め込まれ分断されそらから随分後に大きな一つの国となったが彼等の事はその小国の民たちによって永く伝えられたのだ。


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