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タワマンの耐震性能の変遷史

前回の記事で、
タワマンの時刻歴応答解析の「目標値」である「設計クライテリア」は
タワマンが建てられ始めた1970年代から現在の2024年に至るまで、
L2で層間変形角:1/100以下, 層塑性率:2以下で変わってないが、
「条件」である「設計用入力地震動」は何回か変更があると言いました。

設計用入力地震動とはタワマンの耐震性能評価時に使う地震波のことですが、詳細については以下の記事を参照してください。

ではどういう変更があったのか、変遷史を見てみましょう。
図で纏めると以下のようになります。

図:タワマンの耐震性能の変遷史

基準0(1986年6月以前)

現在のタワマンなら設計用入力地震動を、
L1は25kine(カイン:速度単位)、L2は50kineで基準化して
性能評価を行うのが普通ですが、
タワマンが建てられ始めた1970年代では
設計用入力地震動の策定が設計者任せになっていて、地震波の出典がばらばらで基準化の強さも揃ってなく
L1は100~250gal(ガル:加速度単位。100gal=10kine)、
L2は250~450galで基準化してました。
この時代の性能評価資料を見ると、対象の地震波の選択もばらばらで、L1やL2のどちらかは結果記載がなかったりするし、地震波による変位だけ記載して層間変形角は記載されてない場合があるので、そういう場合は「変位/基準階階高」の式で層間変形角を概算で調べる必要があります。

設計用入力地震動を現在と比較してみると以下のようになります。

■現在(2024年)の首都圏タワマンの設計用入力地震動
・強さ:L1は25kine、L2は50kine、L3(任意)は75kineの速度で基準化
・地震波の種類:
①(必須)観測波の標準3波 x L1用とL2用 = 6波
②(必須)告示波 x L1用とL2用 = 6波
③(KA1区域は必須)基整促波1波
④(任意)サイト波1~3波くらい

■基準0(1986年6月以前)の首都圏タワマンの設計用入力地震動
・強さ:L1は100~250gal、L2は250~450galの加速度で基準化
・地震波の種類:
①(必須)観測波1~4波 x L1用とL2用
②(任意)サイト波1波くらい

首都圏タワマン設計用入力地震動の現在(2024年)と基準0(1986年6月以前)の比較


基準1(1986年6月)

超高層建物では加速度ではなく速度の強さが建物への影響が大きく、応答値のばらつきも少ないということで、1986年6月に日本建築センターから以下のガイドラインて提示され、基準0時代の課題が解決されます。

・L1は25kine、L2は50kineで基準化を行う。
・設計用入力地震動としてよく使われる観測波の最大加速度・最大速度の提示

「高層建築物の動的解析用地震動について」の概要

このガイドライン提示は建築基準法の改正とは何の関係もないので、
基準0時代と基準1時代の性能評価資料を見比べてみないと、なかなか変化に気づきにくいことですが、
L2の設計用入力地震動の強さだけ比較しても、10%から2倍まで違うので、
基準0と基準1では大きな性能差がある可能性があり
ます。が、基準0時代の首都圏タワマンは20棟前後しかないので、対象の物件数は少なめです。
今後公開する2004年以前竣工の耐震性能一覧には、L1は25kine、L2は50kineではない物件に関してはどういう強さの地震波を使っているか、備考に明記する予定です。

基準2(1995年1月)

基準2は首都圏タワマンではなく、関西タワマンに関わる変更です。
首都圏タワマンは基準1時代から、L1は25kine、L2は50kineで性能評価をするようになりましたが、
関西タワマンは長い間大地震が起きてなかった油断があったと思いますが、
地震地域係数は首都圏と同じく1.0だったにもかかわらず
基準0時代から、首都圏タワマンより小さい地震波を使っていて、基準1時代になっても首都圏の80%、つまりL1は20kine、L2は40kineで性能評価をしてる例が多くありました。
そして1995年1月17日、阪神大震災が発生し、超高層建物であるタワマンは初めて大震災の洗礼を受けることになります。
あの震災で倒壊した関西タワマンは一つもなく、補修することで今でも継続して使用されてます。
ただ、鉄骨造タワマンなのでRC造タワマンとは毛色は違いますが、「芦屋浜シーサイドタウン 芦屋浜高層住宅」の多棟型タワマンに関しては、一部の棟において、柱に脆性破綻が発生した初めての事例として話題になりました。

今後公開する2004年以前竣工の耐震性能一覧には、1970年代に竣工した、阪神大震災で震度6~7の地域にある関西タワマンも、性能比較参考用として
3棟ほど記載する予定です。
タワマンの耐震性能は時代・物件・地域によっていろんなものがありますが、首都圏タワマンより小さい地震波を使って性能評価してた、1970年代に竣工した関西タワマンでも、阪神大震災の震度6~7で補修可能な範囲だったので、直下型地震でタワマンが倒壊する可能性は低いと思ってます。
まあ、こう油断したら隙を突かれるのが世の常ですが・・・

さて、阪神大震災の惨状を見ると、「こりゃあかんわ」と思うのは当然で、
基準2も基準1と同じく建築基準法の改正とは何の関係もないことですが、
超高層建物の設計用入力地震動に関しては、地震地域係数を考慮して基準化するように、内々的に設計方針が統一されます。
そして、物件が位置する地域に実際に起こる可能性がある地震に対する模擬地震動であるサイト波が重要視されることになります。

因みに古くからある地震地域係数ですが、1.0より小さい地域で、
2016年の熊本地震や2024年の能登半島地震といった、想定外の大地震が続いていて、半ば破綻してる状況ですので、全国一律統一させるといった話が出ています。
静岡県は南海トラフ地震に備えて、2017年10月から地震地域係数を1.0→1.2に割増にしました。

基準3(2000年6月)

2000年6月の建築基準法改定で、
表層地盤増幅率を考慮していて、かつ、どんな高さの建物も一定の強さで揺らす地震波である、告示波が設計用入力地震動に追加されます。

以前の設計用入力地震動の記事でも言いましたが、
首都圏タワマンに関しては基準4で言及する、南海トラフ地震を想定して作成された長周期地震動である基整促波は告示波より小さいと想定されてますので、基準3で設計された首都圏タワマンは最新の耐震性能目標を満たしていると見なすことができます。

さて、2003年以後竣工の耐震性能一覧の記事で、
「地盤種別(台地・埋立地)と基礎種別(直接基礎・杭基礎)はタワマンの耐震性能と因果関係は特に見られません。」と言いましたが、
これは基準3以後基準で設計されたタワマンのことであり、
基準3以前基準で設計されたタワマンは、表層地盤増幅率をどこまで考慮しているか分からないので、地盤種別や基礎種別により、耐震性能の差が出る可能性があります。
耐震性能実数値は今後公開する2004年以前竣工の耐震性能一覧に記載しますが、2000年6月以後に設計された、2002~2004年竣工あたりの首都圏タワマンは告示波を設計用入力地震動として取り入れ始めた物件がちらほらありますが、これらの物件の中には告示波を入れたとたん、L2層間変形角:1/100以下を満たしていない物件があります。

耐震性能目標ぎりぎりで設計された物件は、
今後の法改正で同様のことが起こる可能性があるので、十分な余裕度を持って設計してる物件であることが大事
です。

後、2000年6月から観測波は標準3波と呼ばれる、EL Centro波、Taft波、Hachinohe波が主に使用されるようになりました。
基準3以前の時代ではHachinohe波の代わりに、1956年の東京湾北部地震(Tokyo 101)の観測波を採用している例がありました。
Tokyo 101は継続時間は11秒くらい、かつ他の観測波と比べて小さい地震動ですが、Hachinohe波は他の観測波と比べて同等以上の地震動ですので、
これも耐震性能の改善に繋がります。

基準4(2016年6月)

2016年6月、国土交通省からの通知により、
南海トラフ地震を想定して作成された長周期地震動である、
基整促波が設計用入力地震動に追加されます。
法律で規定されてるものではないですが、国土交通省が定める「時刻歴応答解析建築物性能評価業務方法書」によって、検討が義務付けられています。
詳細は以前の設計用入力地震動の記事を参照して頂きたいですが、
首都圏では「KA1」と呼ばれる特定区域が、検討必須となっています。

基準5(20xx年x月?)

今後、首都圏タワマンの設計用入力地震動として追加させる可能性が高い地震波としては、海溝型地震である「相模トラフ地震」があります。
1923年の関東大震災がこれに当たります。

2003年以後竣工の耐震性能一覧に記載したサイト波として、「関東地震」が一番多かったですが、これが相模トラフ地震を想定した地震波となります。
あの一覧上では関東地震は告示波より、応答が小さい場合が殆どでしたが、
サイト波というのは基準となるガイドラインがないので、国の発表では告示波より大きくなる可能性もゼロではありません。


この記事ではタワマンの耐震性能の変遷史の流れを確認しました。
タワマンの耐震性能を語る上で、設計用入力地震動の存在は欠かすことができなく、設計用入力地震動は震災と並走してきたと言えます。
今後発生するであろう震災により、設計用入力地震動も変更される可能性は十分あるので、これらの変更にも耐えうる十分な余裕度を持つ物件を選ぶことが大事であることを忘れないでください。

次は「1971年~2004年竣工の首都圏タワマンの耐震性能一覧」について語ります。
2003年以後竣工の耐震性能一覧のデータ件数は190棟でしたが、
それに近いデータ件数になる予定です。

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