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Specialty coffee 誕生前夜



1.1980年代 ICO クオータ制度の崩壊

1)ICO クオータ制度

 1980年代はコーヒーの価格を安定させるため、ICO(国際コーヒー連盟)はコーヒー生産各国にコーヒー輸出量を割当て、コーヒーの流通量をコントロールしていた。コーヒー価格(ニューヨークコーヒー先物取引所の価格)が設定価格の上限(USC140/LB)を上回れば輸出量の制限を解除し、逆に下限(USC100/LB)を下回れば更に輸出量を削減すると言う制度であった。

 この制度は1975年のブラジルの大霜害によるコーヒー価格暴騰の後の急落をうけ、1976年に導入された。以後、コーヒー価格の安定のため機能してきたが、1985年にブラジルでの大旱魃をうけ、1986年にコーヒー相場は再び暴騰し、その結果、クオータ制度は停止された。

2)クオータ制度の崩壊と生産国在庫の放出

 この時、それまで生産国に蓄積していた余剰コーヒーの在庫は一気に輸出され、供給過剰となり相場は急落した。その後、クオータ制度は再導入されたが、生産国の余剰コーヒーはICO協定に加入していていない東欧諸国経由で輸出が継続され、もはや輸出量の制限は意味がなくなり、1989年にクオータ制度は廃止された。

 しかし、輸出が増えたからと言って消費が増えるわけではなく、行き場を失ったコーヒーはNY先物市場に現渡しされ(注1)、1990年代半ばにはNY先物市場の倉庫に当時の米国での1年分の消費量に相当する17百万袋(1袋60kg)以上のコーヒーが蓄積していた。これらのコーヒーは保管期間が10年を超えるものも多かった。先物市場に現渡しされたコーヒーは期間が長くなるほど、割引率が高くなり、これらのコーヒーは大変な割引価格で引き取る事が可能であった。もちろん、在庫期間が長くなればなるほど、乾燥し、味はボケて普通には消費できないような品質になっていた(注2)。

2.1990年代 米国におけるコーヒー在庫の消費


 普通では消費に適さない品質のコーヒーでも価格が安ければそれなりに需要はある。1990年代に入ると2つの新しい消費スタイルが米国で始まった。

1)西海岸での変化

 一つは西海岸で広まったエスプレッソコーヒーである。エスプレッソはアフリカを植民地支配していたフランス、イタリア、スペインでアフリカで生産されるロブスタコーヒーを消費するために生まれた飲み方である。低品質のコーヒーを深煎りし、苦味を活かしてのむ方法である。従い。アラビカ種の消費が中心である、ラテン系以外の欧州や米国では馴染みのない飲み方だった。しかし、古い在庫の味の無いコーヒーを飲むには適した方法であった。

 その流れが、米国西海岸で、逆に上品質なアラビカコーヒーを使ったエスプレッソコーヒーの誕生に繋がり、スターバックス、タリーズコーヒー、シアトルベストコーヒーの新興カフェチェーンが新しいコーヒーの消費スタイルを西海岸から全米にそして世界へと広めていった。

2)東海岸での新しい流行

 一方、東海岸ではグルメコーヒーが誕生した。グルメコーヒーとは味の薄れたコーヒーを消費するため、アーモンドやピスタッチョなどのナッツの香りを添加し、全く新しいコーヒーの味を創った。

 しかし、やはりコーヒーとは別物と感じられたのであろうか、グルメコーヒーの流行は長続きはしなかった。

3)スペシャルティーコーヒーの誕生

 米国では東西で全く異なる新しいコーヒー消費の形態が生まれた。グルメコーヒーは短命に終わったが、新しいコーヒーを求める消費者の傾向はスターバックスの東海岸への進出の背中を押したかもしれない。スターバックスのコーヒー=スペシャルティーコーヒーではない。概念としては全く別物だが、スターバックスコーヒーは2000年代のスペシャルティーコーヒーの発展に大きく寄与している事は間違いない。

3.2000年代 スペシアルティーコーヒーの誕生

 私のスペシアルティーコーヒーの定義は差別化された特別なコーヒーである。産地、農園、栽培地高度、樹種、味等において差別化されたコーヒーである。

1)コーヒーの均一化

 最近ではコーヒー専門店に行くと産地、品種の他に特定の農園の名前がついたコーヒーが目につき、差別化が当たり前になってきたが、20世紀、つまり1990年代までは均一化が主流であった。つまり、同じ国の同じ地域で生産されたコーヒーはすべて均一に扱われていた。一昔前まで日本では政府により米の買い付け価格が定められ、全ての米が均一の価格で取引されていた。コシヒカリも無名の米も同じ価格で扱われていたのだ。このような状況では農家の皆さんが味を追求するより量を追求するのは当然のことだった。

 当時のアラビカコーヒーの格付けは
Colombian mild(コロムビア、タンザニア、ケニア)>Other mild(中米他)>Unwashed arabica(ブラジル、エチオピア)となっており、価格差はColombian MildとOther mildでUSC2/LB(2%以下の価格差)と大きくは無かった。

 また、川中のコーヒーの取引で、中米コーヒーの買付は特定の国のコーヒーを指定せず、オムニバスコーヒーとして中米6カ国のどの国のコーヒーを供給するかはサプライヤーに選択権があるという取引が主流であった。国を乗り越えて、中米と言う大枠での均一化を前提とした取引だったのだ。まさに均一化の極みだった。

2)均一化の弊害と差別化の始まり

 価格が均一であれば、生産者は量の拡大を目指すと述べたが、実際に起こったことは新しい樹種の開発であった。短期間で成長し、低木で同じ栽培面積では2倍の収穫量が望める新種が生まれれば生産者は皆、樹種を変更したいと思う。しかし、それを実行するためには植替えの費用が必要であり、また新しい樹が成長するまでの期間は収入がなくなり、よほどの資力がないと難しい。従い、ウオッシュドアラビカの生産国で樹種を変更できたのは政府の大きな援助があった、コスタリカ、コロンビアのみで他の生産国では指を加えて見ているしか方法は無かった。しかし、これが逆に後のコーヒーの差別化にとって大きなアドバンテージになったのだ。

 コメもそうだが、生産性と味は比例せず、反比例の関係がある。コスタリカ、コロンビアは飛躍的に生産量が伸び、豊かになった。しかし、その反面消費者はかつては中米諸国のコーヒーよりは格上とされていたコロンビアコーヒーの味の変化に幻滅し、その評価が下がった。逆に、コロンビアと同じような高地(海抜1200m以上)で、伝統樹種が残されている農園で生産されるグァテマラコーヒーの評価が上がったのだ。他の中米産地でも全体の評価は高くなくても特定の農園のコーヒーが評価されるようになった。

3)スペシアルティーコーヒーの誕生

 コーヒーの品質を単純に均一的に評価する商業上の慣習が壊れるきっかけを作ったのはやはり米国西海岸で生まれたスターバックスをはじめとする高品質のアラビカコーヒーを原料とするシアトル系カフェの買付だった。

 スターバックスは農園から直接コーヒーを買い付けした。コーヒーの品質だけでなく、コーヒー生産の持続的発展も重視していた。そのためにコーヒーを買付けする農園の選考にはコーヒーの品質だけでなく、農園主の社会的な貢献を重視した。そのため、彼らはコーヒー先進国とも言えるコスタリカを中心に買い付けを始めた。この時点では必ずしもコーヒーの味にはこだわりが無かったようだ。徐々にコーヒーの味の評価を重視するにつれ、グァテマラ始め他の中米、コロンビアへと産地を拡大していった。彼らは買い付けをする農園をコーヒーの品質とともに社会的貢献(労働者に支払う報酬、有機農法、精製工程の評価等)を厳しく審査した。その対価として当時としては破格の価格をオファーしたのだ。

 かくして、コーヒーの品質の差別化に伴う、価格面での差別化も始まり、スペシアルティーコーヒーの誕生の準備が整ったのだ。

4)インターネットオークションとスペシアルティーコーヒーの普及

 その流れを引き継ぎ、2,000年以降はインターネットオークションが各生産国で始まった。これは、農園単位でコーヒーを出品し、格付けされ、インターネットオークションで世界中の焙煎業者・消費者により価格付けを競い、購入される様になった。そしてこのオークションで評価された農園のコーヒーは一般的な取引でも高額で売れるようになった。かくしてスペシアルティーコーヒーが誕生したのである。

 今、人気のあるGeisha coffeeは2010年以降パナマのインターネットオークションに出品され、大人気となったコーヒーである。このgeishaと言う品種はそれまで知られていなかったが、それ以来人気を呼び各国で生産される様になった。

 グァテマラではEl Injertoという農園がインターネットオークションの1番札の常連になり、日本でもすっかりその農園のコーヒーはスペシアルティーコーヒーとして定着した。コロンビアのHuilaコーヒーもオークションの定番になっている。

 しかし、有名になり、需要が増えると品質が落ちる傾向がある。そうなれば、スペシアルティーコーヒーの普及にも影響が出るだろう。差別化されたコーヒーは本来、収穫量が限定されているものだ。そのことをしっかりと認識した上でコーヒー輸入者・焙煎業者には慎重に拡販をお願いしたい。

注1)NYコーヒー先物市場への現渡し
 NYの先物市場はコーヒーの売買価格を決めるのに利用される。コーヒー生産者・輸出業者はコストを考えて採算に乗る価格で先物市場に売る。実際に現物の売りが決まればNY先物市場で買戻す。この時、最初に売った価格より買い戻す時に価格が下がっていれば、現物の売りでは損が出るが、先物取引では利益が出てる。逆の場合は現物の売買で利益が出るが、先物市場での売買では損が出る。それでも最初の売り価格(採算にあった価格)は保証される。つまり、採算価格のヘッジ機能がある。
 しかし、先物市場で売ったものの、現物で買い手が無く、売れなかった場合は、先物市場で買い戻しをせず、現物を先物市場に渡し、売買を完了させる。これが現渡しである。

注2)コーヒーの賞味期限と消費期限
 焙煎コーヒーの賞味期限はメーカーにより決められている。しかし、消費期限は定められていない。恐らく、賞味期限が過ぎると味が劣化し、誰も飲まなくなるので、消費期限は意味がないのであろう。
 一方、生豆の場合は特に消費期限も賞味期限の規定されていない。NYで10年以上の在庫になっていたコーヒーがあったように消費期限は砂糖や塩のように無期限である。賞味期限については聞いた事がない。
 では実際はどうなのか。コーヒー生豆にも賞味期限がある。そしてこの期限がコーヒーの味を左右する大きな問題である。この点に関しては後日の投稿にて説明してみたいと思っている。

以上


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