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不思議夜話

第一夜

嫌な夢を見た。
残念な事に、記憶に残る夢はたいていそういうものしかない。この度も後味の悪い陰鬱なものだった。嫌な記憶は「語り捨て」にして忘れてしまおうと思うが、なに分、”夢”の話なので荒唐無稽なところはお許し願いたい。

私は何かのテスト会場にいた。入学テストのような雰囲気だった。先ず解答用紙が配られ、「虫食い」状態になっている文章に書き込み、意味の通るものにするようだが、出題の仕方が変わっていた。バイキング料理の取皿のように、中を小分けに区切られた大振りの四角いプレートの上に、ビフテキや鳥のもも肉を焼いた様々な肉料理が無造作に並べられている。無造作と書いたが、その大きさ、配置には一定の”意味”がある様だった。横目で周りを見ると、熱心にプレートを見つめ、首を傾げたり唸ったりしている。やがて、ガテンがいったように頷き、解答用紙に書き込み始めた。
が、私には何が何なのかさっぱり判らない。肉の種類なのか、大きさなのか、はたまた配列、順序なのか全く糸口が掴めない。焦りは最高潮に達し、鼓動が早まるのを抑える事が出来なかった。
よく見ると、斜め前の席にこちらを向いた女が少しニヤけながら座っている。変な話だが、定かに記憶のある人物ではないのだが、互いに互いを”よく知っている”ようだった。試験の監督官なのか、動かぬ私の手元をぼんやりと眺めている。
「わからない?」
少し蔑むような眼差しで口を開いた。
「わかんないわよね。」
薄笑いがイライラと緊張を高める。
「じゃ、また来年受け直してもらわなきゃね。」
と言いながら私のプレートを取り上げると手元に引き寄せ、一番下のトンカツを持ち上げた。その下には、スクランブルエッグが盛ってあり、その上にケチャップで何か書いてある。慌てて覗き込んだ私を嘲笑うかのように、女の右手に握られたフォークが跡形も泣く混ぜ返した。
「何を!…。」
呆気に取られ、言葉にならない私を尻目に、女は踵を返すと、
「また来年!ハハハハ!」
と笑い声を上げながら立ち去った。その間周りの時間が止まっていた。
「大丈夫か?」
と声を掛けられ振り向くと、高校生の頃の友人が心配げに見つめていた。
「俺、問題を探してきてやるよ!」と言われて我に返ったものの、
「ああ…。」
と答えるのが精一杯だった。
どれくらい時が経ったろうか、大きな紙袋を手にその友人戻ってきた。申し訳なさそうに開けた紙袋には、”出題用紙”だった白いプレートと真空パックされた数種の肉片が雑然と放り込まれていた。
「すまん。これしかなかった。」
つまりは素材は手に入れたのだが、出題としての意図は再現できないということだろう。
寄る辺なく立ち上がると、周りの様子はすっかり違っていて、試験会場も友人も誰もいなくなっていた。そういえば、幼い頃学校へと通った道のようだ。あの角を曲がれば自宅があると思い出したら、次の瞬間、昔住んでいた自宅の玄関に立っていた。陰鬱な気持ちでドアを開ける。試験がうまく行かなかった事を家の者たちにどう告げるか逡巡していると、廊下の向こうから賑やかな女性の声がした。
当時の実家ではその廊下の左側が茶の間になっており、障子を開けると、卓袱台を挟んで、女房と母親が向かい合わせに座っていた。
「どうだった。」
と母親が聞くので、
「どうもこうも、女の試験官に邪魔をされて回答できなかった。」
と応えた。すると女房が、
「ああ、山〇さんね。」
と親しい友人を言い当てるように言った。
山〇という名字とさっきの女の印象が結びつかないので、困った顔をしていると、
「ほら、みっちゃんよ。山〇美智子さん。」
と母親が追い打ちをかけてきた。そういわれれば、そういう名前の人だったかも知れないという気になって来たが、面立ちがとんと浮かばない。焦れば焦るほど、動悸だけが高まる。
わっ、と声を上げそうになって目が覚めた。妙な夢を見たものだと思ったが、鼓動だけは速まったままで、夢の中を行き来していた。その中で「山〇美智子」という名前は存在感が有ったが、現の世界でも記憶がなかった。気味が悪いので、目覚まし代わりのスマートフォンを手に取ると早速検索をしてみた。
すると、それが夢の中の女性と一致するのかどうかは分からないが、昔一世を風靡したお笑い番組のアナウンサーであると出ていた。確かに当時、その女子アナはテレビに出ていたし、今改めて見ると記憶にもある。しかし、随分長い間見てはいない人だ。ますます混乱してきたが、所詮夢の話だと思い、静かに目を閉じると、今度は犬が遠くで二度吠えた。

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