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不思議夜話7

第七夜

スリリングな夢を見た。
自分は高層ビルの入り口付近で昇りのエレベーターを待っていた。昔から高速エレベーターは嫌いで、特に下り始めた時のファッとした、お尻がこそばゆくなる瞬間は最悪だ。先程から、何度も昇り下りを繰り返しているのか、不快な思いだけが募っていく。ようやく到着したエレベーターに乗ると、先客に女がいて、フロアーを表すボタンを押した。ゆっくりと扉が閉まると、突然猛烈な勢いで上昇する。そうだよなぁ、この気分が嫌なんだよ。それにこの空間は閉所恐怖症気味の自分には心臓が破裂しそうになるくらい不快だ。ひとりブツブツと呟いていると、その女がやおら、
「始まるわよ。」
と叫んで、室内を取り巻いている手すりをしっかりと掴んで身構えた。何が始まるのか見当もつかないので、ぼんやり立ち尽くしていると、希望階に到着したのか、上昇スピードが緩んだ。その途端、薄暗かった室内に強烈な外光が差し込み、エレベーターが横移動を始めた。
ものすごい遠心力でビルから放り出される。喉の奥で「アッ」と叫ぶが声にならない。透明の床壁を通して、眼下に小さなビル群が広がる。道路を走る車が人が米粒のようだ。思わず足がすくむ。そうだ、今思い出したが、これが一番嫌なのだ。ここのエレベーターは部屋の作りが透明で、到着直前に一度ビル外に延びた半径20メートル程のレールの上へ飛び出すのだ。それも相当なスピードで。一体全体何のためにこんな仕掛けがしてあるんだろうと恨み節が口をついて出る。いや、だめだ。自分は高所恐怖症でもある。目を瞑って、奥歯を噛み締めて手すりに掴まっていた。
やっとエレベーターが止まったので、ゆっくり目を開けると、女の姿はなく、自分はどうやらビルの屋上にひとりポツンと立っていた。どういった用事でここまで来たのか思い出せなくて困っていると、男がひとり近づいてきて、下りのエレベーターはどこかと聞く。よく判らないと答えると、子供を待たせているので早く向こうのデパートの屋上まで行かないといけないと焦りだした。仕方がないので、手分けして探し始めると、柱の向こうで先程の女が「こっち、こっち」と手招きしているのが見えた。近づくとエレベーターを探していた男もそこにいた。
そこでまた嫌なことを思い出した。エレベーターに乗ると、またビルの外へ飛び出して、胃が飛び出すほどの恐怖を味わうではないか。その上今度は下りだ。より一層不快な気持ちになる。そんな嫌な時間をまた味合わなければならないなんて、自分はなんてついてないんだろうと思った。
「ここから階段で降りられませんか。」
「さぁ、階段なんて見たことないです。」
女性がキッパリと答えた。
「まあ、腹を決めることですな。なぁに、慣れてしまえば結構楽しい。遊園地みたいなもんですよ。」
他人事だと思ってか、男が笑った。
仕方がないので、扉の開いたエレベーターに乗り込む。先ほどとは違って、天井からつり革が下がっており、これを握っておれば大丈夫だと男が言い聞かせるように呟いた。意を決して、右手でつり革を持つと、ゆっくりと横へ滑り出した。透明な箱は昇りと同様、ビルの外壁からグインという感じで飛び出した。鼓動が早くなり、つり革を持つ手の爪が手のひらに痛い。慌てて目を瞑る。奥歯を噛みしめる。あっ、下がった。いや、この下りが大嫌いなんだと血の気が引く中で喚いていた。
耐えきれなくなって、左手であがくと、ボタンのようなものが有ったので必死になってそれを押した。エレベーターが少し唸り声を上げて止まった。残りの二人が大変なことをしてしまったと言わんばかりの表情を自分に向けてきた。そして、女のほうが、そのボタンを決して離してはいけないという。このエレベーターの下りは通常自由落下した上で自動ブレーキが効き安全に止まるのだそうだ。私がボタンを押したために、途中で非常ブレーキが掛かり、一度このボタンを押すと、ブレーキが手動に切り替えられてしまうとのこと。一体どうすれば良いのかと聞くと、今度は男の方が「少し離して、すぐ押し直してみろ」と言う。言われたとおりにやってみると、離した瞬間、全体がガクンと下り、すぐ押し直すとブレーキが効いて止まった。どうやら取り返しのつかないことを仕出かしたようだ。男の話では、これを続けて地階まで行くしか無いと言う。ただ、失敗すると止まらなくなって、地階に衝突し木っ端微塵になると脅した。そこまで話すと「それでは、」と言って二人が反対の壁向かう。よく見るとエレベーターの扉が開いており、そこから降りるので後は宜しくと言った。
「いや、いや、助けてくださいよ。」
「でも、君がその手を話すと、エレベーターは落ちるよ。そうしたら僕たちも外へ出られなくなって君と同じく木っ端微塵だ。」
「いや、例えばベルトをロープか何かにつないで、思いっきり引っ張ってもらうという訳にはいきませんか。」
「それでも良いが、タイミングが少し外れると、落ちるエレベーターとフロアの扉口に挟まれて君は助からないよ。」
「体を思い切り伸ばしてもだめかなぁ。」
「ベルトを持ってやるから、伸ばしてごらん。」
という訳で、左手をボタンに置いて、思い切り腕と体を伸ばすが、ようやく片方の足が、扉口に引っ掛かる程度にしか届かない。この指を離すと落ちる。かと言ってこの距離を引っ張ってもらっても、脱出がうまく行かず、”身体切断”になってしまう。同じ考えがグルグルと頭の中を回るだけで決断ができない。
その時男が無理にベルトを引っ張り始めたので、慌てて「あっ、いや、そうじゃなくて、ちょっと待って。」と叫んで、体を捻ったところで目が覚めた。
ほっと胸を撫で下ろしたが、鼓動は高鳴り、額には汗が滲んでいた。

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