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不思議夜話2

第二夜

不思議な夢を見た。
自分は教師か学生か何かで、”学校”へ出かけようと思うのだが、外出着の着替えが見つからなくって苛立っている。夢の中の季節は秋冬のように記憶しているが、タンスの中には半袖のシャツしか入っていない。衣類そのものは沢山見当たるのだが、必要なものがない。靴下すら見当たらず、無駄に消費される時間に少しづつ焦りが出てきた。
「着ていくものが無いじゃないか。」
と誰に言うでもなくつぶやいたが、家人は一向に慌てる様子もなく、乱雑にタンスの中身を引っ掻き回す自分をぼんやりと見詰めている。少しぐらい手伝ってくれればいいのにと思いながら、苛立つ気持ちで隣室のドアを開けた。電灯を就けていない所為か、薄ぼんやりしている。
ふと気が付くと自分は戸外に出ていて、誰とは釈然としないながら知人らしき者と二人だけ並んで立っている。知人の表情は、相変わらずはっきりしないが、随分懐かしく近しい気分がした。改めて自分を見廻すと、やけに古めかしい「外套」を羽織っている。何十年も前に亡父が着ていた外套に似ている。何だ、着ていく服はあったんだと安堵しながら周りを見ると、どうやら路面電車の駅のようだった。知人が、
「そんな格好でどこまで行くんだね。」
と言うので、
「学校だが、可笑しいかね。」
と答えた。知人は、それには応じず、
「電車が来たようだ。」
と右の方へ顎をシャクった。
一車両だけの路面電車が近づいてきた。随分古い車両のようで、黒い車体の額に当たるところに大きなライトが付いており、やけに眩しかった。扉の方へ歩こうとすると、知人は袖を捕まえて、右手で上を指した。
そこは車両の最後尾で、屋根のところに丁度馬車の御者席のようなものが、くっついていた。知人が、ゆっくりとそれへ向けて登るので、渋々ついていくことにした。座りながら
「ここは随分視界がいいだろう。」
と言うので、辺りを見回したが、霧か靄かが垂れ込めて車両の先頭の方もはっきりしない。
「そうかね。」
と答えると、知人はニヤリとして、目の前にある手綱をとった。
シュウと音がしてゆっくりと電車が走り出す。頬に当たる風が生暖かくどんよりとしている。少し呼吸が苦しくなってきたので、
「一体何処へ行くのかね。」
と尋ねると、
「うん、まあ。」
と生煮えな答えが戻ってきた。埒が明かないので再び尋ねると、相変わらずそれには答えず、
「色々と世話になった。」
と言うので、
「改まってなんだ。お互いにだ。」
と応じた。
暫く沈黙があって、ふと横を見ると知人の姿はなく、いつの間にか電車も消えて一人ぽつねんと霧の中に立っていた。
息苦しさは相変わらずなので、誰かを呼ぼうとして目が覚めた。目の前には白いシーツが薄暗がりの中でぼんやりと迫っていた。どうやら頭まで布団を被って寝入っていたようだ。一人身を起こして暫く障子を開けていると、しんとした夜空を照らしていた満月が張り出してきた雲に隠れた。
その様子をぼんやり眺めていると、不意に涙が溢れてきた。

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