不思議夜話9
第九夜
気味の悪い夢を見た。
僕はカウチソファーに横になって、テレビで海外の刑事もののドラマを見ていたはずなのだが、退屈したのかいつの間にか眠っていたようだ。目覚めつつある意識の中で、点けっぱなしのテレビが気になった。どうやら番組はCMになっており、掃除機の吸引力がどうのこうのと喚いている。台所付近で母親の気配がして、裏庭から採ってきた家庭菜園の大根が思うほど大きくないと呟いていた。どれくらい眠っていたのだろうか。余り昼寝が長いと夜に眠れなくなって困るような気がして、ぼちぼち起きなくちゃと身体を起こした。
そのはずだった。
居眠りの姿勢が悪く、少し仰け反ったような姿勢で寝ていたのか、起きようとしても身体が上がらない。痛みや痺れが有るわけではなく、力が入らないのだ。再び試してみるが、身体はうんともすんとも反応しない。ゴロリと転ぶことくらいはできるだろうとやってみたが、これも無理だった。テレビは次の番組に替わり戦争モノのようで、セリフは少なくやたらと爆発音がしている。少々耳に辛いので、台所でまだブツブツと独り言を言っている母親を呼ぶことにした。が、声を掛けたはずなのだが返事がない。判然とはしないまでも母親が何か喋っていることは判っているのに、こちらの声は届かないようだ。いや、こっちの声が出ていないのかもしれない。もう一度呼びかける。反応がない。少々焦りが出てきて、自分は病気かなにかで、身体が脳の司令に反応しなくなってしまったのかと心配になってきた。
少し意識も判然としなくなってきたので、慌てて大声を出そうとして、ふと自分が目覚めつつある事に気づいた。何ださっきのは。「起きる夢」を見ていたのだ。テレビの音もちゃんと聞こえる。どうやら今は台所用品のCMのようで、やたらと高い声の販売員のセリフが耳につく。二階から下りてきた妹がリビングを横切る気配を感じた。
「靖子、テレビ止めてよ。」
と声を出した。はずだった。が、妹は冷蔵庫を開ける音とともに、
「お母さん、私のアイスどこ?」
と言っている。いやいや、いくら思春期の多感な女子高生でも、アニキのお願いを無視はないだろうと改めて声を掛けたが、今度は母親とテニス部の合宿費の事でペチャクチャと話している。仕方がないと身体を起こそうとしたが、先程の夢同様全く力が入らない。大声で呼び掛けてみるが、これも反応がない。今度は夢ではないのだと焦る自身に言い聞かせて、改めて試すが全く身体は動かない。鼓動が高鳴り汗が滲む。本当に病気になったのかも知れないと、無理やり転げようとしてもがき、目覚めつつある自分に気づいた。
何だ、また夢の中だったのか。少々気味悪く感じてきたが、妹の靖子はとうの昔に嫁に行って、去年二人目を生んだはずだ。一姫二太郎などと喜んでいたっけ。母親にもなって、いくら夏場で家の中でも短パンにランニング姿でうろつきはすまい。それに二人の子供の声も聞こえなかった。そう言えば、最近残業続きで疲れているので、こんな夢を見るのかもしれない。明日は月曜日で会議があったっけ。まだ準備してなかったなぁ。あの資料はどこまで出来ていたかな。ちくしょう、開け放たれたリビングの扇風機の首振り音が喧しいじゃないか。ちっとも考えられない。首筋を汗の滴がスーッと落ちる。誰かエアコンでも入れれば良いのにと思った。相変わらずテレビの音が煩い。バラエティ番組だろうか大きな笑い声がした。ゆっくりと重い目を開けると中庭に向いた縁側でサツキの剪定をする父親がぼんやりと見えた。歳なんだからさ、こんな暑い最中にそんな事をすると身体に障るのにと声を掛けようとしてふと気づいた。さて、父親はこの間亡くなったのでは無かったかしら。病床で荒い呼吸をする父親の姿、医師の言葉に泣き崩れる母親、葬儀の時に見た喪服の妹や読経する僧侶の声がスライドショーの様に頭を巡る。あれ、おかしい。何処だここは。慌てて跳ね起きた。
遠い彼方から「よっちゃん、よっちゃん!」と呼ぶ声が聞こえて、それが段々大きくなってきた。誰かが身体を揺する。ぼやけた頭が徐々にはっきりして目を開けた。
「イヤだよぉ、あんた、随分うなされてたよ。それに、こんなところで居眠りしてると風邪を引くよ。」
と母親が心配そうに覗き込んでいた。
喉がカラカラで酷く疲れた気がした。大きく伸びをしてカウチソファーから身を起こした。相変わらずテレビでは刑事モノのドラマをやっており、中学校から帰ったばかりらしい、妹の靖子がジュースを片手にそれを見ていた。
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